運用思想2014年07月23日 20:14

運用思想
運用思想


このブログでは、思い出したようにこの話を書く。

(運用思想の誤り)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2013/08/31/6966892

元々は、軍隊などを動かす際の用兵の概念として用いられていたようだが、現代では機械やコンピューターなどの設計を行う際の基本理念として使われることもあるようだ。

その意味では、設計思想という言葉が使われる。

(設計思想)
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%C0%DF%B7%D7%BB%D7%C1%DB

「建築物や機械を設計する際のコンセプト、基本概念。」

上記のページからもリンクしているしている戦艦大和は、大艦巨砲主義の運用思想に基づいて設計された。

思想なので、それ自体に優劣はない。

その思想の元に作られた何か具体的な創作物が、実際に使用された際に、時代や目的に合っているかどうか、経済性や所期の効果を発揮できたかどうかという点では、結果的に良いとか悪いとか評価することはできる。

運用思想が、明確になっていなければ、本来、何物も作り出すことは出来ないのだが、人間というのは見よう見まねが得意で、人様が考えて作り出したものの形だけを似せて作ることが出来る。

それは、明確な運用思想の元に作られたオリジナルの創作物と、形は似ているかもしれないし、機能も概ね似通ったものになるかもしれないが、実際の運用に供した時に、本質を誤ったために、決定的な違いが表面化することがある。

あまりいい例ではないかもしれないが、浮沈子が、なるほど、これがそうかと思ったのは、ビルの入り口によくある回転式のドアの設計についてであった。

(六本木回転ドア事故)
http://www.sozogaku.com/fkd/cf/CZ0200718.html

この事例の本質的な部分は、運用思想(この場合は設計思想)が伝達されなかったということに尽きる。

(小さな命を奪った、六本木ヒルズの回転ドア)
http://takumi296.hatenablog.com/entry/2013/03/26/042522

この記事の著者は、ドアの安全性について、10ジュールの法則という暗黙知があるという。

しかし、そんな法則はどこを探しても書いていない。

安全を確保するための背景となる知恵が、明文化されていないのだ。

この事故後に公表されたガイドラインにも、そんなことは一言も書かれていない。

(自動回転ドアの事故防止対策に関するガイドライン)
http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/07/070629_2/02.pdf

つまり、浮沈子に言わせれば、そんな法則など、ないも同然なのだ。

センサーや制動装置に頼り、なんとか重く速く動くドアを止めようという視点しかない。

ドアは人がぶつかるもので、回転ドアは挟まれるものだという基本的な常識が欠如している。

だから、設計思想としては、まず、軽く作り、ゆっくり動かして人体への衝撃を緩和させようというところから始まる。

制御装置は故障するし、センサーは作動しない事だってある。

それだけに依存して、どこまでも重くし、回転速度を上げていったことが事故の背景にある。

軽くゆっくりまわる回転ドアでは、高層ビルの出入り口に求められる機能を果たせないなら、採用しなければいいだけの話だ。

あるいは、小型のものを多数付けるなどの方法もある。

こんなことを書き始めたのは、リブリーザーのマニュアルを読み進むにつれ、明確な運用思想の伝達なしにこの器材が導入されれば、自動回転ドアと同じように、事故が多発するに違いないと確信したからだ。

インスピレーションが登場して間もない頃、やはり事故が多発して、保護ケースの色が黄色であったことから、「死の黄色い箱」と呼ばれていたという話を聞いたことがある。

これまで、軍用として使用されてきた器材を、運用思想なき製品のみの提供として民生市場に販売したツケがまわってきたのだろう。

メンテナンスに手間、隙、金がかかり、それらを怠っていい加減な潜水前の確認で潜れば、正に死への直行便である。

今回のレクリエーショナルへの導入に際して、メーカーやPADIは、その辺を十分に分かっていると思う。

このマニュアルのそこかしこにちりばめられた「This Happend」というコラムが、その証拠だ。

様々な事例を紹介しているが、それは、インストラクターの経験知を超えた、リブリーザーの運用思想に関わるものだからだ。

それを、伝えるためのコラムなのだと気付いた。

いわく、リブリーザーは故障する。

いわく、運用を誤れば死に至る。

いわく、緊急浮上を咎めてはいけない。

いわく、潜水前のチェックを省略してはならない。

いわく、・・・。

しかし、PADIの従来の教授法は、スキルを効率よく伝達することに重きが置かれ、なぜ、それが必要なのか、なぜ、他の方法ではなく、それが選択されているのか、別の似たような状況で同じ方法がベストなのか、他の方法は何なのか、それらの複数の方法を選択する時の判断基準は何なのか、それは、なぜなのか・・・、といった部分では大きな欠落がある。

そんなことをいっていたら、とても短期間でのスキルの伝達なんてできっこないからだ(商売にならない・・・)。

だが、それと同じことをリブリーザーでやったら、死体の山を築くことになる。

コラムでお茶を濁そうとしても、それで済むほど、ことは簡単ではなかろう。

で、PADIは、その運用思想を伝達する手間隙掛ける代わりに、何をやったか。

カウンターラングからマニュアルインフレーターを取っ払い、プレパッケージされたソフノダイブを使用し(または、有資格者がパッキングしたソフノライムを使用し)、オープンサーキットに切り替える際にBOVを備えたマウスピースを付けた「タイプR」という器材のカテゴリーを作り出した。

形の上では、危険は物理的に回避され、一見安全に運用できるように見える。

しかし、リブリーザーの実体は何も変わっていない。

タイプT用のカウンターラング自体を別途入手することは、さほど困難ではないかもしれないし、プレパッキングされたソフノダイブの中身を入れ替えて使おうという輩が現れるのは時間の問題だし(良い子は真似しないでね)、BOVは、それ自体が故障率を高めることに貢献している。

ハードウェアで安全を確保することには、限界があるのだ。

もしも、本気で器材の性能を落として安全を確保しようとするのなら、酸素シリンダーの容量を1リッターにし、ソフノダイブの容量を3分の1にして、連続使用時間が1時間のモデルを作ればよかったのかもしれない。

そうすれば、本体は極めて小型軽量になり、ディリュエントはサイドマウントにして、10リッターのシリンダーを携行するというコンフィギュレーションもありかもしれないな。

しかし、そんなことをしても、リブリーザーの本質は何も変わらないのだ。

循環する呼吸ガスを吸う。

方法はともかく、必要な酸素を加え、不要な二酸化炭素を除去する。

そこには、何の違いもない。

そして、そこにこそ、ダイバーを死へと誘う原理的なリスクが潜んでいる。

リブリーザーのリスクは、リブリーザーであることをやめない限り、消えてなくなることはないのだ。

ベイルアウトのための十分なディリュエントガスをシリンダーに残しておくことは、リブリーザーダイバーの嗜みである。

それは、まるで自動回転ドアにおける10ジュールの法則のように、浮沈子には思える。

センサーは壊れ、制御機構は働かず、構造的な特徴のために、危険は常に内在する・・・。

ベイルアウト可能なガスを常に確保する、その範囲で潜るという暗黙の了解。

どこにも書かれておらず、運用思想として伝承されるだけの情報だ。

もちろん、マニュアルにはディリュエントを残しておくように書いてはあるが、じゃあ、具体的に、RMVがなんぼで、浮上にかかる時間がどうで、安全停止がこうだからという話は一切ない。

運用思想なく浮上潜行を繰り返してディリュエントを失っていくダイバーは、どこかの時点でこの一線を越える。

コンピューター殿は、何らかの警告を出すのかもしれないが、それを知覚して適切な対応をとるのはダイバー自身である。

そもそも、コンピューター殿は、オフボードのベイルアウト用シリンダーを持ち込んでいるかどうかなんて分かりはしない。

モニターしているオンボードのディリュエントだけでは、ベイルアウトガスの総量など把握できるわけがない。

ベイルアウトガスの話だけではない。

呼吸抵抗の増大で、肺の換気が十分に出来ず、返らぬ人となったダイバーのエピソードは、水深300mの話で、せいぜい18mまでしか行けない(とされている)基礎コースの受講者にとっては雲の上(水の底)の話である。

そんなことは、自分達には関係ないことと認識してしまうかもしれない。

このテキストは、PADIのそんな悩みが透けて見えるような書き方になっている。

浮沈子には、そう思えて仕方ない。

空気を入れたシングルタンクでのダイビングだって、背景には明確な運用思想がある。

予備の呼吸源はバディシステムに依存し、無減圧限界を遵守、最大水深40mまでとしてガス昏睡を避ける。

いつでも水面に緊急浮上することが出来るオープンウォーター環境に限って、ダイビングする。

BCやオクトパスを標準装備する近代的なレジャーダイビングだ。

このスタンダードを策定し、世界中にスクーバダイビングを普及させた功績は大きい。

もちろん、PADIだけではなく、他の指導団体も、概ねこの基準で運用している。

まあ、スキルを細切れにして売っているとか、ろくにマスタリーしていなくても認定しちゃうとか、細かい違いはあるとしてもだ。

シンプルな器材、シンプルな運用、シンプルなトレーニングで、即、顧客として囲い込むビジネスモデルを提案し、産業としてのダイビングを広めたわけだ。

そこにある運用思想とは、ビジネスとしてのダイビングはどうあるべきかという、明確なものだ。

余計なことは教えなくていいし、教えた範囲に留まることさえ徹底すれば、責任を追及されることはない。

リスクを最小化し、収益を最大化する。

オープンサーキットのシングルタンクでは、物理的に運用範囲が限られるという規制も掛かっている。

長時間の潜水や、大深度潜水が、機器の制約によって出来ないようになっているわけだ。

この辺りに、タイプRに繋がる発想があるのかもしれない。

そんな運用思想をわざわざ顧客に伝えなくても、商売は出来る。

器材の構成によって規制されているんだから、余程の無茶をしなければ重大な事故には繋がらない。

予備の器材と運用のノウハウだけでいい。

背景にある様々な要素は、むしろ明らかにしないでおいた方が商売はやりやすいのだ。

しかし、シングルタンクのオープンサーキットですら(だから?)、毎年多くの事故者を出し続けている(もちろん、世界中で)。

具体的な統計を見たことはないが、毎年何百人という死者・行方不明者を出しているに違いない。

その背後にある、何千件もの障害・傷病の発生については、全く情報がない。

それは、一般には知らせない方がいいのだ。

商売だから。

保険会社と指導団体との契約だけでいいのだ。

浮沈子は、別にそれが悪いといっているわけではない。

商売とはそういうものだし、例えば自動車の販売店が、年間の事故統計を説明しないでクルマを売っているからといって、何の問題もないだろう。

原則禁止の自動車運転に対して、国家が免許を与えてそのスキルを保証しているという違いがあるとしてもだ。

そういったレクリエーショナルダイビングの世界に、掃き溜めの鶴(?)のように舞い降りたリブリーザーは、マニュアルインフレーターを捥がれた形で、運用思想なき運用を始めたわけだ。

物理的に危険因子を排除し、最低限のスキル(BOVでのベイルアウト)を与えて商売の道具にしている。

それで大丈夫なんだろうか。

大丈夫なんだろうな。

ダイバー自身が行うことの出来るメンテナンスは、メーカー修理が高いから行うのではなく、交換部品はワーニングでダイビングが中断されてしまうから交換期間を遵守するのでもない。

完璧に整備された状態でなければ使用してはならないという、明確な運用思想の元に設計製造された器材だからである。

ソフノライムを規定時間を越えて使用したり、プレパッケージされたソフノダイブを詰め替えて使ってはならないというのは、そうしなければ命に関わる事態が簡単に発生し、水中では取り返しの付かない状況になるからだ。

実際にどの程度の持続性があるかとか、メーカーが指定する制限を越えて使えたから、その運用でいいのだという話ではない。

規定時間を、あるいは酸素の消費量に関連付けられた交換のタイミングを厳密に守ることを前提に運用される器材だからだ。

ハッキリと書いておこう。

リブリーザーは特殊な潜水器であって、相当なトレーニングと運用のノウハウがなければ使ってはならない器材である。

タンクのバルブを開けて、減圧されたガスを吸えばいいというオープンサーキットとは、全く異なる。

マウスピースを咥える前に、自分が吸おうとしているガスが何であるかを確認しなければ、最初の一呼吸で意識を失う可能性がある危険な道具だ。

コンピューター任せにして素人が直ぐに使えるようになったとはしゃぐ前に、メーカーのマニュアルに、モニターに何も表示されていない時の対応が明記されていることの意味を考えるべきだろう。

まあ、運よくちゃんと動いている時のスキルというのは、せいぜい中性浮力と格闘するくらいなもんだ。

難しいことは何もない。

だからといって、リブリーザーが簡単に使えるというわけでないことを、もう一度肝に銘じておくべきだろう。

この器材は、使い手を選ぶ器材だ。

メーカーや指導団体の定めたあらゆる基準を厳守し、器材の特性を身体に叩き込んで、なお、臆病と思われるほどの慎重さでダイビングする者だけが使用を許されるべきだ。

選ばれる基準は明快だ。

ダイビングのベテランであるかどうかとか、テクニカルダイバーだからという基準ではない。

この器材の運用思想を理解し、その範囲に留まり、しかもその機能をフルに生かして潜れるダイバーであることが基準である。

そういう浮沈子は、ハッキリ言って失格だな。

ノーモキシックトライミックスのサーティフィケートは、未だに下りない・・・。

タイプRだって、たぶん呼吸回路内をフラッシングしてSCR運用することは可能だ。

無論、そんなことをしなくても、テック40CCRに進んで、でまともなカウンターラングでまともなフラッシングをするに限る。

それがリブリーザーの運用思想に則った使用方法だし、そもそもがそういう使用を可能にする設計を施された器材のはずだ。

18mまでオフボードを持たせなかったり、あろうことか、バディのディリュエントシリンダーからオープンサーキットでガスを抜き取ったり、カウンターラングからマニュアルインフレーターを取っ払ったり。

それぞれ、言い訳はいくらでもあるだろうが、そんなにまでして商売がしたいか、この器材を売りたいのかと、浮沈子は正直に思う。

なぜ、フルスペックの仕様で時間を掛けてスキルを教えないのか。

水中における酸素の危険性を、マニュアル操作が可能な仕掛けにして、徹底的に伝えないのか。

なぜ18mまでであれ、ディリュエントの消費に影響されないオフボードのベイルアウトガスを持たせないのか。

なぜ、リブリーザーが原理的に持つ呼吸ガスの危険性と、正面から向き合おうとしないのか。

商売になると判断したのだろう。

この器材を大々的に導入して、半世紀以上も続いてきたオープンサーキットでの変わり映えのしないダイビングに、新風を吹き込み、ビジネスチャンスを広げられると踏んだわけだ。

2000年から導入されたテックレック(:PADI語、世間ではテクニカルダイビングという)の流れにも乗っている。

メーカーも、調子に乗って、こんどこそ普及させようと様々な機種を投入してきた。

タイプR専用に開発された機器まで現れる始末である(特に、SCRはMODの関係で、タイプRにならざるを得ない)。

それはそれでいい。

そこに伝承される明確な運用思想があり、器材がそれに則って設計・製造され、使用者がそれに誠実に従って運用することが徹底される限り、事故は起きない。

殺人潜水器の汚名を着ることもない。

PADI(日本法人)は、未だに日本語のマニュアルを出さない。

英語版が出たのは、2012年の2月である(2年半も経ったのかあ)。

(TecRecニュース)
http://www.padi.co.jp/visitors/program/tecrecnews.asp

タイプRの器材で正式に登録されているのはポセイドン(マーク6、セブン)とホリスのエクスプローラーだけだ。

インスピシリーズも、そのうち上がってくるだろう(PADI本部では、リストアップされている)。

(PADI Unit Register)
http://tecrec.files.wordpress.com/2013/01/131205_padi_unitregister_padi-pros.pdf

同じ発想に立てば、他のタイプTの器材もタイプRに改造することは容易い。

その方向に進んでいくんだろうか。

それとも、ここで立ち止まって、考え直すんだろうか。

我が国では、CCRは夜明け前である。

何でもいいが、事故だけは起こって欲しくないな。

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