降る雨や ― 2015年11月26日 09:46
降る雨や
(降る雪や 明治は 遠くなりにけり)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110953006
中村草田男(なかむら くさたお)の句である。
「中村は、昭和になって母校の小学校を尋ねた際に作った句だそうです。」
「明治生まれの草田男は、昭和の時代を目の当たりにして、雪が降るという季節の節目に立ち、さらに生まれた時代を振り返って、遠くになったものだな、と言う感慨を句にしたものと思います。」
(中村草田男)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E8%8D%89%E7%94%B0%E7%94%B7
「高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索。石田波郷、加藤楸邨らとともに人間探求派と呼ばれた。」
さほどの名句とはいえないが、時代の節目、変容をしみじみと噛みしめるようなことに出会った時、ふと脳裏に浮かんでくる。
2つのニュースに接して、そんな感慨を新たにする。
(蛍光灯、実質製造禁止へ 20年度めど、LEDに置換)
http://www.asahi.com/articles/ASHCT5JHKHCTULFA021.html?iref=comtop_6_04
「政府は、エネルギーを多く消費する白熱灯と蛍光灯について、国内での製造と国外からの輸入を、2020年度をめどに実質的に禁止する方針を固めた。省エネ性能が高い発光ダイオード(LED)への置き換えを促す狙いだ。」
(日本映画界の伝説的女優 原節子さん死去)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151125/k10010319561000.html
「昭和30年代に突然引退して日本映画界の伝説的な存在と言われた元女優の原節子さんが、9月5日に神奈川県内の病院で肺炎のため亡くなっていたことが分かりました。95歳でした。」
「昭和12年には、日本とドイツの合作映画「新しき土」でヒロインに抜擢(ばってき)され、日本人離れした顔だちと清潔感あふれる演技で人気スターとなりました。」
まあ、たまたまニュースが重なっただけで、しかも、蛍光灯は昭和の時代とは直接の関係はないけどな。
(蛍光灯)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%8D%E5%85%89%E7%81%AF
「1926年: ドイツの発明家エトムント・ゲルマーのグループは、管内の圧力を上げ、蛍光粉末で覆うことで、放たれた紫外線を均一な白い光に変換することを提案した。この発見によってゲルマーは一般に蛍光灯の発明者と認められた。」
関係ないこともないか・・・(1926年は、昭和元年)。
まあいい。
浮沈子は、原節子については、ほぼ、完璧に知らない。
もちろん、出演作を観たこともない。
歴史上の女優だとばかり思っていた。
大女優でありながら、50年近く引退生活を送っていたというのも驚きだな。
亡くなって2か月後のマスコミ報道というのが、それを象徴している。
一つの時代の象徴が逝ったという感慨を持った方もいるようだ。
蛍光灯は、2020年以降は、文字通り消えてなくなる運命にある。
しかし、「蛍光灯」という単語が、別の意味で比喩的につかわれていることを考えると、何とも言えない。
(反応の遅い人の例えとして「蛍光灯」っていう)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q103249140
「反応の遅い人の例えとして「蛍光灯」っていうのがありますよね。」
点灯まで、しばらく時間がかかるところから言われてきたんだろうが、今後は死語になるだろうな。
昭和が終わって27年。
元号制度というのは、人間の尺度(天皇の在位期間)で測る時間の区切りであるわけだから、その区切りが時代の出来事に重なることで、ある種の感慨を呼び起こすということはあるだろう。
今朝は雨、気温は5度台まで下がり、今期一番の冷え込みとなった。
降る雨や 昭和は遠く なりにけり(浮沈子)
おそまつ・・・。
(降る雪や 明治は 遠くなりにけり)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110953006
中村草田男(なかむら くさたお)の句である。
「中村は、昭和になって母校の小学校を尋ねた際に作った句だそうです。」
「明治生まれの草田男は、昭和の時代を目の当たりにして、雪が降るという季節の節目に立ち、さらに生まれた時代を振り返って、遠くになったものだな、と言う感慨を句にしたものと思います。」
(中村草田男)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E8%8D%89%E7%94%B0%E7%94%B7
「高浜虚子に師事、「ホトトギス」で客観写生を学びつつ、ニーチェなどの西洋思想から影響を受け、生活や人間性に根ざした句を模索。石田波郷、加藤楸邨らとともに人間探求派と呼ばれた。」
さほどの名句とはいえないが、時代の節目、変容をしみじみと噛みしめるようなことに出会った時、ふと脳裏に浮かんでくる。
2つのニュースに接して、そんな感慨を新たにする。
(蛍光灯、実質製造禁止へ 20年度めど、LEDに置換)
http://www.asahi.com/articles/ASHCT5JHKHCTULFA021.html?iref=comtop_6_04
「政府は、エネルギーを多く消費する白熱灯と蛍光灯について、国内での製造と国外からの輸入を、2020年度をめどに実質的に禁止する方針を固めた。省エネ性能が高い発光ダイオード(LED)への置き換えを促す狙いだ。」
(日本映画界の伝説的女優 原節子さん死去)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151125/k10010319561000.html
「昭和30年代に突然引退して日本映画界の伝説的な存在と言われた元女優の原節子さんが、9月5日に神奈川県内の病院で肺炎のため亡くなっていたことが分かりました。95歳でした。」
「昭和12年には、日本とドイツの合作映画「新しき土」でヒロインに抜擢(ばってき)され、日本人離れした顔だちと清潔感あふれる演技で人気スターとなりました。」
まあ、たまたまニュースが重なっただけで、しかも、蛍光灯は昭和の時代とは直接の関係はないけどな。
(蛍光灯)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%8D%E5%85%89%E7%81%AF
「1926年: ドイツの発明家エトムント・ゲルマーのグループは、管内の圧力を上げ、蛍光粉末で覆うことで、放たれた紫外線を均一な白い光に変換することを提案した。この発見によってゲルマーは一般に蛍光灯の発明者と認められた。」
関係ないこともないか・・・(1926年は、昭和元年)。
まあいい。
浮沈子は、原節子については、ほぼ、完璧に知らない。
もちろん、出演作を観たこともない。
歴史上の女優だとばかり思っていた。
大女優でありながら、50年近く引退生活を送っていたというのも驚きだな。
亡くなって2か月後のマスコミ報道というのが、それを象徴している。
一つの時代の象徴が逝ったという感慨を持った方もいるようだ。
蛍光灯は、2020年以降は、文字通り消えてなくなる運命にある。
しかし、「蛍光灯」という単語が、別の意味で比喩的につかわれていることを考えると、何とも言えない。
(反応の遅い人の例えとして「蛍光灯」っていう)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q103249140
「反応の遅い人の例えとして「蛍光灯」っていうのがありますよね。」
点灯まで、しばらく時間がかかるところから言われてきたんだろうが、今後は死語になるだろうな。
昭和が終わって27年。
元号制度というのは、人間の尺度(天皇の在位期間)で測る時間の区切りであるわけだから、その区切りが時代の出来事に重なることで、ある種の感慨を呼び起こすということはあるだろう。
今朝は雨、気温は5度台まで下がり、今期一番の冷え込みとなった。
降る雨や 昭和は遠く なりにけり(浮沈子)
おそまつ・・・。
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