OSバージョンアップ2017年05月07日 11:33

OSバージョンアップ
OSバージョンアップ


通知は来なかったんだが、待ちきれなくなって、ゲートウェイのOSをクリエイターズアップデートに上げた。

それ程手間はかからなかったが、折角作った環境が崩れるのは痛い。

デスクトップのアイコンの字が読めないので125パーセントに上げたら、あらゆるアプリに影響が出て、再調整が必要になっている。

なぜ、デスクトップとかの字だけ、デカくできなくしたのか。

不可解だ。

まあいい。

M社の方針に従って、下々は生きていかざるを得ないのだ。

これからは、半年に一度、今度はどんな苦行に耐えなければならなくなるのかと、びくびくしながら生きていくことになるんだろう。

それがいやなら、自分でOSを書くか、CUI(CLI?)ベースの世界で生きるしかない。

7インチのケイアンは、Cドライブの容量が足りなくて、とうとうアップグレードできなくなった。

16Gしかない(といっても、十分巨大ですが)ので、8Gも空けられるわけがないのだ。

事実上、文鎮化することになるわけで、なんとかハッキングして、ネイティブのリナックスを起動させたいもんだな。

さて、アップデートしたのは、もちろんVRとか3Dお絵かきをしたいわけではなく、BUWの新機能(というか、バグフィックス)を確認したかったからだ。

(bash on Windowsでコピー&ペースト)
http://qiita.com/onelittlenightmusic/items/8c62b6ff6dd557dcacd3

「「簡易編集モード」をon」

「コピー:
カーソルでドラッグすると範囲指定になります。
指定した状態で、右クリックでコピーとなります。」

「ペースト:
ウィンドウ内で右クリックすると、クリップボードからコピーします。」

知らなかっただけで、従来から出来てたわけだ。

まあ、おもわずホイールボタンを押してしまうのはご愛敬だがな。

半角/全角キーで日本語入力を切り替えることが出来るようになり、浮沈子の日常的には十分な機能を備えることになった。

もう、この快適さからは逃れられそうもない。

一方、コマンドプロンプトはスタートボタンの右クリックから消えた。

これからは、パワーシェルの時代だろう。

テキストベースの世界は、表層は大きくは変わらないが、中身はどんどん変わっていく。

弄っている対象は、最早、平文のテキストではない。

まあいい。

それが技術の向上というものだし、コンピューターの進化というものだ。

昨日、秋葉原に一人で行ったついでに、本を1冊買ってきた。

(Unix考古学 Truth of the Legend 単行本 – 2016/4/28)
https://www.amazon.co.jp/Unix%E8%80%83%E5%8F%A4%E5%AD%A6-Truth-Legend-%E8%97%A4%E7%94%B0-%E6%98%AD%E4%BA%BA/dp/4048930508

「内容紹介:
情報化社会の成立とともに進化を続けてきたUnix。その歴史は数々の伝説に彩られている。Unixを支えた多くの天才的技術者は何を目指し、今日の技術基盤はどのように確立したのか。その真実が明かされる。」

読み始めたばかりだが、Whirlwind(つむじ風)というMITのプロジェクトの存在が明かされている(つーか、浮沈子が知らなかっただけ?)。

バッチ処理のような、一方通行ではなく、対話的コンピューター操作を実装しようとする試みだ。

(ケン・トンプソンの誕生日(1943))
https://www.wizforest.com/diary/160204.html

一部は、この記事でも読める。

UNIX誕生前夜には、コンピューターを巡る様々な取り組みがあった。

商業的に成功したコンピューターだけが身の回りにあるが、それは、まあ、結果論に過ぎない。

そして、コンピューターは、今も、この瞬間も変化し続けている。

MS-DOSが動くIBM-PC互換機と、その後継だけがコンピューターじゃあない。

ああ、マックもあるけどな。

多様な可能性を追求し、時代の変化と技術の進歩の中で、その姿を変え続けている。

この、永遠に未完成であることを運命づけられたコンピューターという機械は、ある意味では究極の機械だ。

それだけでは何事をもなし得ないが、あらゆることを可能にする。

その可能性を引き出すことが出来るかどうかは、ソフトウェアにかかっている。

機械としての実装は、ソフトウェアと対を成して進化し続けている。

より高速になり、より大規模になり、通信し、連携し、何かを動かし続ける。

動物の脳が、進化の形跡を残して、拡張し続けるように、コンピューターの中にもそういった痕跡が残っていくんだろう。

動くこと、他の生物を捕食することによって、生存能力を高めてきた動物は、必然的に脳の肥大化を招く。

高度な社会化を遂げた人間のような動物は、まるでネットワーク化されたコンピューターのような感じだ(ああ、例えが逆か・・・)。

ニューラレイスでコンピューターと一体となった人間の脳が、物理的肥大化を止めることが出来るかどうかは分からない。

コンピューターの進化が、人間の進化を超えるのは、時間の問題だな。

妄想は果てしなく広がり、読書は遅々として進まない・・・。