1本足りないタコ星人2017年05月19日 07:09

1本足りないタコ星人
1本足りないタコ星人


今日、封切りになるというSF映画。

(映画『メッセージ』ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督にインタビュー:「何らかの地球外生命体はいると思う」)
http://www.gizmodo.jp/2017/05/message-denis-villeneuve-interview.html

原作があるんだそうだが、読んではいない。

(あなたの人生の物語)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E

「ルイーズ・バンクス博士は人類とのファーストコンタクトを開始した放射相称の肉体を持つエイリアンとのコミュニケーションを取るために軍から協力を求められる。物語を通して彼女の娘の思い出が語られる。」

いろいろネットで調べると、ただのSF映画ではないことが分かる。

邦題のメッセージというのも、臭いタイトルだな。

コンタクトという映画があって、浮沈子は昔映画館で観たんだが、余りのつまらなさにがっかりした。

たぶん、今回もそういうことになるんだろう。

きっと観に行く。

手堅い俳優を選んでいる。

アカデミー賞クラスがゴロゴロいる。

演技で落胆することはなさそうだ。

CGで描かれた「ばかうけ」も、なかなかの迫力のようだ。

冒頭の引用記事の中で、監督が洒落たことを言っている。

「監督は宇宙人、地球外生命体は現実に存在するとお考えでしょうか?」

(中略)

「「いるかもしれない」という可能性こそが美しくありませんか?」

宇宙人どころか、地球外生命の存在を認めない浮沈子にも、ちょっと響く言葉だ。

そういう感性なら許してもいい。

その美しい可能性を映像を通して語る。

まあ、それを使って語りたいことが、限りある人生の目的だったりするというオチ(!)なんだろう。

日本では受けない映画だ。

SF使った浪花節(?)。

米国人は好きだからな、こういうの。

逐次実行型のプログラミング言語を勉強している最中の浮沈子にとって、物語の中に出てくる宇宙人の言語は魅力的に映る。

書く順番を間違えると実行できないなんて、とても高級言語とは言えない。

自然言語だって、倒置とかするじゃん!?。

そこんとこ、良きに計らってくれなくっちゃ・・・。

まあ、どうでもいいんですが。

身体的特徴が思考に影響を与えるというのは、ありそうな話だ。

この映画に出てくるタコ星人は、何喰って生きてるんだろうな。

んでもって、どこから排泄してるのか・・・。

まあいい。

あっちの方は、どうやるのか(子供は、分かんなくていいです!:やっぱ、交接腕とかあんのかな・・・)。

浮沈子的には、映画の主人公の人生の物語よりも、タコ星人の人生(つーのかあ?)の方が気になるんだがな・・・。

似てるかあ?2017年05月19日 21:16

似てるかあ?
似てるかあ?


メッセージを観てきた(ネタバレ注意!)。

うーん、B級SF映画のノリだな。

原作者の意図が伝わったかどうか。

未来が見えたとしても、それを受け入れて生きるというのが、映画が伝えているメッセージだと思うんだが、原作者は、それが言いたかったのかどうか。

浮沈子には良く分からない。

参考になるとすれば、このユーチューブか。

(町山智浩 映画「メッセージ message (原題:Arrival) 」 たまむすび:静止画出ます)
https://www.youtube.com/watch?v=NuHIbSw5BHY

浮沈子は、観て良かったと思ったが、思いっ切り外したと思う方もいるかも。

娘を難病で失ったことから、PTSDになってフラッシュバックのビジョンを見るようになった言語学者のおばちゃんが、宇宙人とコンタクトして過去のビジョンじゃなくて、未来のビジョンを見るようになっちゃったというのが、浮沈子の解釈だな。

実は、過去のビジョンだと思っていたのは、未来のビジョンだったというオチなのかな。

そこがSFだし、ご都合主義なところだ。

としたら、別に宇宙人が出てこなくても、いいような気がするんだがな。

原作を読んでいないので、そこは何とも言えない。

この辺りの筋立てで感じるのは、フライトプランという映画との類似性だ。

(フライトプラン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%B3

「離陸して約3時間後、仮眠から覚めたカイルは隣の席にいたはずのジュリアの姿がないことに気づく。誰も目撃者がおらず(ただ1人、ジュリアを見た旨を証言した目撃者がいたが、子供のため、証言能力なしと判断された)、乗務員総動員でジュリアの捜索にあたるが見つからない。仕舞いには搭乗記録にジュリアの名前が存在しないと告げられてしまう。」

まあ、こっちはちゃんと実在しているんだがな。

タコ星人は、ちょっと予想と違って、白い煙の向こうにいて、余り実在感はない。

「ばかうけ」自体も、霧のように消えてしまう。

インデペンデンスデイのように、中国、ロシア、スーダンが、「ばかうけ」相手にドンパチやるのを期待してたんだがな。

そういう展開にはならない。

その辺りは、ネタバレさせる価値もないのでここでは書かない。

ご都合主義的筋立てで、拍子抜けした。

もう一つ、拍子抜けだったのがこの話。

(カンガルーって、どんな意味ですか?アボリジニー)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q149243754

「最近のアボリジニー言語の専門家の説では、オーストラリアの東北端のファークイーンズランドに住むアボリジニーであるグーグイミッディル(Guugu Yimidhirr)人の言葉で、東部灰色カンガルーを gangurru といい、これが語源だろうというのが最有力説です。」

いや、浮沈子は、俗説も知らなかったので、映画を見ているときは、そうなんだ!、と感心してしまったんだがな。

この話は、最大のネタばれかもしれない。

つーか、米軍の大佐って、やっぱ、こういう風に描かれちゃうんだろうな。

まあ、理論物理学者もいっしょくただから、どうでもいいんですが。

多分、今年の売れない映画ワースト10(ベスト10?)に入ることは間違いない。

日本向けの映画じゃない。

今日は、初日ということもあり、平日の午後(14時45分の回)にも拘らず、7割程度の入りだった。

間違いなく、「ばかうけ」効果だ!。

浮沈子なんて、帰ってきてから、近所のコンビニで、早速本物のばかうけを1袋買ってしまった。

これこそ、相乗効果というものだ。

宣伝戦略、恐るべし。

しかしなあ、こうして比べてみると、あまり似ているとは言えないような気がするんだがな。

立体的には、片面が平らになってるしな。

オリジナルの造形であることは、その形状からも間違いない。

浮沈子的には、オススメとは言い難い映画だ。

短編SF小説を2時間の映画に仕立てた結果、間延びした印象もある。

SFをネタにした、中年のラブストーリーのような気もする。

理論物理学者の「えっ?、結婚してたのかあ?」というセリフで、過去のビジョンだと思っていたのが、実は未来のビジョンだったということが分かる仕掛けなんだろうが、そこが徹底していない。

未来の記憶を持ちつつ、今を生きることの葛藤とか、映像化するには難しいテーマを、もっと掘り下げて欲しかったな。

そうすると、宇宙人とかいうワケワカの存在は不要になるかもしれない。

未来の夫である理論物理学者は、余りいいところがない。

主人公の脇役に徹している。

一瞬、リブリーザーの蛇腹ホースの一部が映るシーンがあって、コネクターの形状からインスピレーションシリーズのような気がしたんだが、DVD(ブルーレイ?)が出てみないと分からないな。

二度見する映画じゃない。

北海道に出たとかいいながら、消えるシーンでは新宿の高層ビル群が映ってたりする。

他にも、突っ込みどころはあるんだろうが、そういうことを気にしながら見る映画じゃない。

主人公の深い悩み、生きる覚悟のようなものを共有しながら、未来を見ることが出来ない凡人の生きる糧を得るのがよろしい。

まあ、あれだな、不治の病を得たりして、余命いくばくもなくなったり、そういう身内を抱えたりしたら、未来が見える状況の中で生きるということが、現実の意味を持ってくるんだろう。

或いは、自らの老いを受け入れるとか。

そう、日常の中では未来のことは分からないふりをしているが、一人一人の未来なんて、殆ど代わり映えせずに見えているものなのだ。

そういうことを、この映画を見て気付かされる人もいるかもしれない。

タコ足宇宙人が、3000年後に世話になりに来ると言っていたが、続編でも作るつもりなんだろうか?。

んでもって、やっぱ、人間を餌にして生き延びることになっちゃうのかな・・・。