出来過ぎた偶然2017年08月13日 00:01

出来過ぎた偶然


(全日空機、機内気圧低下で緊急着陸 乗客「怖かった」)
http://www.asahi.com/articles/ASK8D6T1LK8DUTIL029.html?iref=comtop_8_05

「12日午後6時半ごろ、羽田発大阪行きの全日空37便(ボーイング777―200型、乗客262人、乗員11人)が、機内の気圧が急激に低下したとして、羽田空港に引き返し、20分後に緊急着陸」

「機内では緊急事態を告げるアラームが鳴り、頭上から酸素マスクが降りて来たという。」

選りにも選って、御巣鷹山の日に、しかも、時刻も近く、路線も同じ、異常が発生した地点も近い。

(日本航空123便墜落事故:地上との交信)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%88%AA%E7%A9%BA123%E4%BE%BF%E5%A2%9C%E8%90%BD%E4%BA%8B%E6%95%85#.E5.9C.B0.E4.B8.8A.E3.81.A8.E3.81.AE.E4.BA.A4.E4.BF.A1

「18時24分42秒:JAL123便が緊急救難信号「スコーク77 (7700)」の無線信号を発信、信号は所沢の東京航空交通管制部(以下 東京ACC) に受信された。」

(全日空機が羽田に緊急着陸 機内の気圧トラブルか)
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2017081201001626.html

「機内の気圧トラブルの可能性を示す表示が出たため、羽田空港に緊急着陸」

「伊豆大島の上空付近を飛行中、機内の気圧を一定に保つシステムにトラブルが発生した可能性を示す表示が出たため、機長の判断で客室の酸素マスクを出した。国交省によると、午後6時半ごろに緊急事態を宣言し、引き返した。」

「国土交通省や全日空が原因を調べている。」

今のところ、続報はない。

これで、原因不明とかになったら、ミステリーだな。

浮沈子は、日本航空の安全啓発センター見学に備えて、関係資料を読んで予習しているところだ(まだ、殆ど読んでませんが)。

(日本航空123便の御巣鷹山墜落事故に係る航空事故調査報告書についての解説)
http://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123.html

この事故については、既に32年の時間が経ち、多くの人々の記憶から消え去ろうとしている。

日本航空の社員でも、当時を知る方は6パーセントになったそうだ。

(日航機事故から32年、社員9割超が事故後入社 植木社長「風化させず安全運航に全力」)
http://www.aviationwire.jp/archives/126782

「事故以降に入社した社員が94%になり、当時事故を経験した社員はたった6%。」

関係者やご遺族にとっては重い一日だが、一般の人々はそうではない。

浮沈子も、たまに飛行機に乗るから関心があるというだけで、知人等が事故に巻き込まれたわけでもない。

事故報告書を読むのも、実は初めてだ。

そんな折も折、今回の緊急着陸が発生したわけで、当事者は肝を冷やしたことだろう。

ネットでは、123便との類似性に注目したコメントが相次いでいる。

まあ、そうだろうな。

偶然にしては出来過ぎている。

ウィキには、早速掲載されている。

「全日空37便緊急着陸事故:
ボーイング777、2017年8月12日、相模湾上空で与圧系統が故障し、羽田空港に緊急着陸」

「日付(8月12日)・路線(羽田 - 伊丹線)・ダイヤ(18時00分発)・当該便の1つ前のフライト(羽田 - 福岡線1往復)・トラブル発生までの時間(離陸から10分前後)・発生地点(相模湾上空)・トラブルの内容・急降下・客室用酸素マスクの使用」

「着陸に成功した点以外の事故の内容がJAL123便と酷似」

事実は、小説より奇なり・・・。

今日は、早く寝てしまうに限るな・・・。

(ANA、羽田発伊丹行きに与圧トラブルか 伊豆半島で引き返し緊急着陸:追加)
http://www.aviationwire.jp/archives/126844

「原因は調査中で、国土交通省航空局(JCAB)が航空事故につながりかねない「重大インシデント」に該当するかなどを調べている。」

(ダクト破損で気圧低下か:追加)
https://this.kiji.is/269373731539551739?c=110564226228225532

「主翼下の車輪格納スペースを通るダクトに破損が見つかった。」

「ダクトがつながった貨物室から破損部を通じて空気が漏れ、高度が上がるとともに客室の気圧も下がったとみられる。」

米国が恐れたこと2017年08月13日 11:49

米国が恐れたこと


32年前の話だし、当事者の中で他界した方もいるかも知れない。

公式の調査が行われていなかったとすれば、情報公開によって、後に事実が明らかになることもない。

「<隔壁修理ミスのいきさつ、背景>
 なんといっても、この点があきらかにされていないことが、最大の問題だと思います。国を超えての交渉になると思いますが、新たな調査を是非試みてほしいです。」

「当時の国家間の事情で、残念ながら米国関係者のうち当事者の事情聴取はできませんでした。ご遺族の関心が高いことは、よく理解できますが、ご了承下さい。」

(巣鷹山墜落事故に係る航空機事故調査報告書の解説が、事故から26年目に作られ、公表されたことを受けて)
http://8-12.moo.jp/sources/document/110729_article.pdf

この中には、こんな記述もある。

「ボーイング社から五名、アメリカの国家安全運輸委員会から二名、連邦航空局から二名と連邦航空局の日本駐在官一名の計十名の調査団が来日し、八月十
四日に御巣鷹山に入った。その後、ボーイング社は、墜落から二十六日後の九月六日にニューヨークタイムズ紙上で、「ボーイング七四七型機の設計自体には問題はない。事故機は、修理ミスが原因で墜落した」と発表しました。」

「日本の事故調査委員会は、このアメリカの主張に大きく引きずられる形で、事故原因を「修理ミスによる隔壁破壊説」の決着になったといえないか。」

この件については、見方によって表現は異なる。

ウィキのリンクから、こんな記事も読んだ。

(日航機墜落30年 空の安全、課題今も:2015年の記事)
https://archive.is/20160604170317/http://mainichi.jp/articles/20150813/ddm/003/040/063000c#selection-829.0-829.18

「次席航空事故調査官として調査に携わった藤原洋さん(87)は「ボーイング社のガードが堅く、これ以上は無理だろうということで報告書を公表した」と振り返る。」

「事故機は墜落事故の7年前、大阪(伊丹)空港でしりもち事故を起こした。この時のボーイング社による修理が、指示書通りでなかったことが調査の過程で判明した。事故調は86年3月、同社に聞き取りをするため委員を米国に派遣する。」

「派遣された事故調メンバーの一人、幸尾治朗さん(91)によると、同社は「修理の担当者はもういない」と協力を拒んだ。幸尾さんらは約1週間、現地に滞在したが、同社の態度は変わらなかった。」

「幸尾さんは「日本の警察の捜査をおそれて、担当者をかくまった」と推測している。」

浮沈子は、それはあり得ると考えている。

しかし、ボーイングを始め、米国当局などが懸念したのは、当時、世界中を飛び回っていた747の安全性に疑問が生じることではなかったのか。

(米元検事初証言、捜査協力促した 日航機墜落事故)
https://web.archive.org/web/20160812162705/http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016081101001667.html

「墜落につながる圧力隔壁の修理ミスを犯した機体メーカーのボーイングに対し、米司法省が日本の検察の捜査に協力するよう促していた」

個別修理のミスということになれば、その他の機体の安全性には波及しない。

B社としては、その方が都合がいいわけで、調査と捜査の違いも分からない東洋の野蛮な国からの任意調査なんて、突っぱねればどうにでもなると思ったに違いない。

実際の話、軍用輸送機を前提に設計された747は、頑丈な飛行機で、その後も機体自体の構造欠陥による墜落事故とかは聞かない。

(ボーイング747型機の機体損失事故)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0747%E5%9E%8B%E6%A9%9F%E3%81%AE%E6%A9%9F%E4%BD%93%E6%90%8D%E5%A4%B1%E4%BA%8B%E6%95%85

「日付:事故原因等
・1970年9月6日:テロによる機体爆破
・1973年7月23日:テロによる機体破壊
・1974年10月20日:航空機関士がパイロンバルブを開くのを忘れた
・1975年6月12日:滑走路上で11号タイヤ(右側メインギア)が故障
・1976年5月9日:落雷により主翼の中の燃料タンクが爆発
・1977年3月27日:濃霧のテネリフェ空港で747型機同士が衝突
・1978年1月1日:バンク角の状況認識不足からくる操縦ミス
・1980年11月19日:滑走路手前90メートル地点に着地
・1983年8月4日:着陸時にオーバーラン
・1983年9月1日:ソヴィエト空軍により撃墜
・1983年11月27日:ナビゲーションエラーにより山中に墜落
・1985年5月16日:清掃中の機内から出火
・1985年6月23日:手荷物の中に仕掛けた爆弾が爆発
・1985年8月12日:ボーイング社の修理ミス(123便事故)
・1985年12月2日:着陸した航空機が滑走を逸脱
・1987年11月28日:火災発生し操縦不能に陥り墜落
・1988年12月21日:前部貨物室に搭載されていた貨物が爆発
・1989年2月19日:着陸進入失敗?
・1990年5月7日:リバース制御の際に第1エンジンのパイロンの不具合
・1990年8月1日:多国籍軍の空爆
・1991年12月29日:第3、第4エンジンが脱落(構造欠陥)
・1992年10月4日:設計ミスによる金属疲労の結果、第3エンジンが脱落(構造欠陥)
・1993年11月4日:滑走路の末端で停止しきれず滑走路をオーバーラン
・1995年12月20日:離陸滑走中の航空機が左側に逸れる(原因?)
・1996年7月17日:電気ケーブルがショートし火花が燃料タンクに残留したガスに引火
・1996年11月12日:空中衝突
・1997年8月6日:パイロットミス
・1997年12月28日:晴天乱気流
・1998年8月5日:着陸失敗
・1998年10月5日:第3エンジンの故障
・1999年5月5日:(不明)
・1999年12月22日:姿勢指示器故障
・2000年10月31日:閉鎖中滑走路から離陸(車両と接触)
・2001年11月27日:滑走路700メートル手前に墜落
・2002年5月25日:機体スキン(外皮)の不完全な修理
・2004年10月14日:航空機の離陸重量の計算が間違っていた
・2008年5月25日:オーバーラン
・2008年7月7日:エンジンの1つが農家に落下
・2010年9月3日:積み荷のリチウムイオンバッテリーによる火災
・2011年7月28日:機内で火災
・2013年4月29日:貨物固定が外れた
・2017年1月16日:濃霧条件の中着陸に失敗」

結果的には正しかったんだろうが、当時の状況は、もっと生々しかったと推測される。

「米政府が米航空・防衛産業の中核企業ボーイングを擁護したとの見方も根強いが、キャンドラー氏は明確に否定した。」

米国政府は、司法省だけじゃないからな。

まあいい。

我が国の航空会社は、修理欠陥に気づかず、そのまま運航を続け、事故を起こしたことになる。

本当に気付いていなかったんだろうか?。

日本語のウィキにはないが、英語版に気になる記事があった。

「In the aftermath of the incident, Hiroo Tominaga, a JAL maintenance manager, killed himself to atone for the incident,while Susumu Tajima, an engineer who had inspected and cleared the aircraft as flight-worthy, committed suicide due to difficulties at work.」

関連の記事へのリンクは、いまでも生きている。

(ENGINEER WHO INSPECTED PLANE BEFORE CRASH COMMITS SUICIDE:1987年5月18日の記事)
http://www.apnewsarchive.com/1987/Engineer-Who-Inspected-Plane-Before-Crash-Commits-Suicide/id-9e547b614e03ed12439f2342f050cf11

「A Transport Ministry official, also speaking on condition of anonymity, said Tajima was one of three inspection engineers who gave the Boeing 747 jumbo jet a clean bill of health after repairs for a 1978 accident in which the plane scraped its tail on a runway while landing at Osaka Airport.」

「Tajima had been undergoing questioning by police since March 10 regarding the plane crash, the official added.」

警察の調書が残されているかどうかは知らない。

事故調査報告書が公表されたのは、1987年6月19日だ。

その前の自殺ということになる。

辛かったろうな・・・。

事故翌月には、別の方の自殺も報じられている。

(J.A.L. Official Dies, Apparently a Suicide:1985年9月22日の記事)
http://www.nytimes.com/1985/09/22/world/jal-official-dies-apparently-a-suicide.html

「A J.A.L. spokesman said Mr. Tominaga had been assigned since Sept. 1 to assist the relatives of the victims. Before taking up the assignment Mr. Tominaga had coordinated maintenance on J.A.L. planes at Tokyo's Haneda airport.」

事故の核心である整備の当事者を遺族の対応に充てるというのは、傍からはずいぶん残酷なことをしたようにも見える。

事の是非は別にしても、修理担当者を決して表に出さなかったB社との差は歴然だ。

浮沈子は、夕べほとんど眠れずに、今日もフィットネスをサボることに決めた。

少し、頭を冷やして、大人しくしていよう。

この事故では、米国籍の乗客も6名亡くなっている。

「乗客の国籍の最終集計:
国籍:乗客:乗員:合計
・日本:488:15:503
・中国:1:0:1
・西ドイツ:1:0:1
・イタリア:2:0:2
・インド:3:0:3
・イギリス(香港):4:0:4
・韓国:3:0:3
・イギリス:1:0:1
・アメリカ合衆国:6:0:6
合計:509:15:524」

そうか、当時は香港返還前だったわけだ(1997年7月1日返還)。

遠い遠い記憶の中に、今にも埋没しそうなわけだな・・・。

もう一つの修理ミス2017年08月13日 23:05

もう一つの修理ミス


ボーイング747の機体損失事故(前回記事参照)を眺めていて、筆が止まった(=キーボードが打てなくなった)。

(チャイナエアライン611便空中分解事故)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3611%E4%BE%BF%E7%A9%BA%E4%B8%AD%E5%88%86%E8%A7%A3%E4%BA%8B%E6%95%85

「2002年5月25日に中正国際空港(現台湾桃園国際空港)から香港国際空港へ向かっていたチャイナエアラインのボーイング747-200B(機体記号B-18255)が台湾海峡上空を巡航中に空中分解し海上に墜落した航空事故である。」

「事故原因は機体スキン(外皮)の不完全な修理のために起きた金属疲労により破壊が生じたというものであった。」

ちょっと愕然とする。

機体後部隔壁の修理ミスにより、尾翼が吹っ飛んでオイル系統も、補助エンジンももぎ取られて墜落した日本航空123便の教訓は生かされることはなかったのだ。

「午後3時7分(以下、現地時間香港も同一)に離陸した。」

「しかし午後3時28分、レーダーに映っていた611便の機影は大きく4つに分かれ、突然消失した(この時機体が空中分解したものと見られる)。」

「午後3時31分頃、611便は台湾の西方約50kmにある澎湖諸島の北東約18Km付近の台湾海峡の海域に墜落した。」

それって、どこよ!?。

(澎湖諸島)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BE%8E%E6%B9%96%E8%AB%B8%E5%B3%B6

台湾の西、ちょっと離れた程度だ。

「事故機は1980年2月7日に台北発香港啓徳空港行き009便(Dynasty 009)として、香港啓徳空港に着陸する際、機体後部を地上に接触するしりもち事故を起こしていた。」

「5月に本格的な修理が行われた。その際に、ボーイング社の構造修理マニュアルに従わない不完全な方法で修理が行われ、整備記録には構造修理マニュアルに従った修理が行われたと記載されていた。」

これって、犯罪じゃないのかあ?。

「本来であれば大きく損傷している場合は損傷箇所の交換が必要だったが、整備士は表面を磨いた後、「ダブラープレート」と呼ばれるアルミ合金の継ぎ板を損傷部分に被せただけであった。」

「機体はそのまま使われ与圧によってゆっくりと亀裂が広がっていった。」

「亀裂が機体後部を一周し脱落した後、爆発的な減圧が発生したため主翼や機首が分裂しバラバラになった後、海面に激突した。」

不適切なメーカーの修理によって、またもや225人の命が失われた(訂正:追加参照)。

22年余りも、その状態で飛び続けたことになる。

これって、あまりにも長過ぎる。

「飛航安全委員會とNTSBは2002年12月25日、機体後部の残骸から金属疲労の痕跡を発見したと発表した。」

「しかしプレートをかぶせていたことにより外部の目視点検では亀裂が広がっていることがわからなかった。」

やれやれ・・・。

123便の事故と同じ過ちが繰り返されたことは、ちょっとショックだな。

B社は、少なくとも2度の整備不良を起こしている(訂正:追加参照)。

航空機メーカーとしては問題だな(訂正:追加参照)。

しかも、この事故では整備記録の改ざんまで行っていて、悪質性が高い。

123便はどうだったんだろうか?。

運行会社は、メーカーの修理の瑕疵を知り得るんだろうか?(訂正:追加参照)。

また、その修理が適切であったことを、どうやって確認するんだろうか?(訂正:追加参照)。

ダブラープレートを取り付けるような修理では、損傷部分が正しく修理されたかどうかを事後確認することは困難だからな(訂正:追加参照)。

ウィキの記事では、B社がこの後、どういう対応をしたかは記されていない(訂正:追加参照)。

浮沈子は、今日は羽田空港に下見に行ってきた。

巨大なB社の航空機が、ひっきりなしに離陸していた。

きっと、正しい修理が行われ、きっと、正しい点検も行われているんだろう。

その後、787のバッテリー問題については、ニュースとかにはなっていないようだ。

あの時も、バッテリーを隔離するケースの穴を塞いだまま、修理を完了するというチョンボがあったけどな。

(0.8ミリの穴)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2013/06/02/6833126

「改修時の米ボーイング社の作業ミスで、容器側面の穴(直径0・8ミリ)二つがテープでふさがれていたことが原因とみられる。」

「さらにキャリアは、例によって修理はB社任せにして、修理後の点検は行っていないということ。」

メーカーと航空会社との間で何かがあっても、一般の乗客の知るところではない。

最終的に責任を負っているのは、運航会社だ。

日本航空123便は、そこに問題があって落ちた。

日本航空は、修理ミスを知らなかったということになっている。

浮沈子は、当然疑っている。

だが、それを確認することは出来ない。

(委託先監督責任)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2013/06/05/6836541

「我々のような、乗客(金を払ってくれる荷物?)には、選択の余地はないんだろうか。規制当局は、毅然としてメーカーの指導監督を行い、揺るぎない安全が確保されているという「麗しい伝説」を信じるしかないのか。」

まあ、それを信じることが出来なければ、空気より重い乗り物に乗ることなんて出来っこないけどな・・・。

<追加>

本稿でとり上げたチャイナエアラインの修理について、2020年5月13日にコメントを頂きました。

「ずいぶん古い記事に今更かも知れませんが、611便の墜落原因になった尻もち事故の修理は、航空機メーカーのB社ではなく、運行会社のチャイナエアラインが行っています。マニュアルに従わなかったのは、チャイナエアライン側です。そして、チャイナエアラインの書類には、B社のマニュアル通りに修理したと記載されていたそうです。」(FNDの民)

ウィキの記事には、以下の記述があります。

「整備士は表面を磨いた後、損傷部分にアルミ合金製の継ぎ板(ダブラープレート)を前後に2枚、リベットで張り付けて補強しただけ」

ボーイング社によるメーカー修理と思い込んでしまっていました。

古い記事にも拘らず、丁寧なご指摘に感謝申し上げます。

本稿の該当箇所には、注を付けて訂正させていただきました。

今後とも、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いいたします。