秋雨 ― 2018年09月21日 06:14
秋雨
夜中に目覚めて、眠れない夜を過ごした。
最近、精神的にストレスが掛っているので、こういう睡眠パターンに陥っている。
昼間は、逆にうとうとしたりする。
あまり褒められた状況ではない。
おまけに、この雨だ。
先日のような土砂降りはないけど、しとしとした雨が、昨日の午後から間断なく降り続いている。
気が滅入るような雨だ。
気温は、15度台に落ち、暖房を入れようかという陽気になっている。
ついこの間まで、冷房ガンガンかけていたのにな。
あっという間に秋になった。
(秋雨)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E9%9B%A8
「日本において8月後半頃から10月頃にかけて(地域によって時期に差がある)降る長雨のこと。」
1か月くらいは、こんな天気が続くんだろう。
やれやれ・・・。
暑さからは解放されるが、自転車に乗れない日が続いたりすると、何となく気分的に落ち込む。
大井町まで電車で行くことを考えると、なおさら気が滅入るな。
まあいい。
秋晴れが続くようになるまでの辛抱だな。
「梅雨と違って、始まり・終わりが明確でないことが多く、梅雨入り・梅雨明けに相当する発表はない。また、東南アジアから東アジアまでの広範囲で起こる梅雨とは異なり、日本周辺にのみ見られる現象である。」
最近は、体育の日は10月10日じゃなくなったようだが、その頃になれば安定するのかもしれない。
前の東京オリンピックの開催時期は、確かそうやって決められていたような気がする。
(体育の日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%93%E8%82%B2%E3%81%AE%E6%97%A5
「1964年東京オリンピックの開会日が夏季オリンピック開催日としては異例に遅い10月10日となったのは、秋雨前線が去った後の東京地方の「晴れの特異日」だった事による、と言われることがあるが、10月10日は特異日ではない。」
特異日ではなかったかもしれないが、秋雨前線との関係はあったに違いない。
今度は、真夏(7月24日から)にやるようだが、何考えてんだか・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
早く秋雨が去って、カラッとした秋晴れの空が広がるといいな・・・。
昨日読んだVR関係の書評絡みで、意識の移植について色々調べたりした。
そもそも意識とは何かという話があるようだが、それはすっ飛ばして(そんなあ!)、神経の塊である脳の機能を丸ごと機械とか他の脳に持っていくという話もあるようだ。
人間でやるのは、倫理的な問題もあり、かなりややっこしいだろうが、シンプルな生物の神経系を模倣したりするなら、可能性はあるんじゃないのか。
ロシアでは、金持ちが永遠の生命を目指して、プロジェクトが進んでいるようだ。
(「意識をマシンに移植する」プロジェクト:ロシア)
https://wired.jp/2012/03/05/dmitry-itskov/
「最終目標は「永遠に人間の意識を保つホログラム・マシン」の開発だ。」
初期のインターネットの開発に関わったDARPAでは、兵士の脳とコンピューターとを繋ぐ研究が行われているという。
(米軍の新兵器は「サイボーグ兵士」、DARPAが開発中)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2016/01/darpa.php
「米軍がリアルに取り組む「脳とコンピューター」接続の大きな可能性」
我が国でも、大学の研究者が似たようなことを始めようとしている。
(『脳の意識 機械の意識』/渡辺正峰インタビュー)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/105654.html
「自身の目の黒いうちに「機械への意識の移植」に挑戦できることを期待しています。」
浮沈子的には、グロテスクな感じがして、肉体を離れた精神という二元論的ロジックに抵抗がある。
もちろん、そう単純な話ではなく、一気に研究が進むというわけでもなさそうだ。
埋めなければならないパズルのピースは、想像以上に多いのではないか。
教育とか学習とか、そういう切り口もあるかも知れない。
怪しげな催眠学習とかより、もちっとマシなメソッドとして開発されれば、市場はデカいような気もする。
機械に意識を移すという話の一方で、生身の脳を機械に繋いで生かすという話もある。
かなり乱暴な話だが、原理的にできない話ではなさそうだ。
それで、意識を永遠に保存することが出来るかどうかは別の話だがな。
攻殻機動隊とかは、そういう話をモチーフにしている。
(攻殻機動隊)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BB%E6%AE%BB%E6%A9%9F%E5%8B%95%E9%9A%8A
「マイクロマシン技術(作中ではマイクロマシニングと表記されている)を使用して脳の神経ネットに素子(デバイス)を直接接続する電脳化技術や、義手・義足にロボット技術を付加した発展系であるサイボーグ(義体化)技術が発展、普及した。結果、多くの人間が電脳によってインターネットに直接アクセスできる時代が到来した。」
この中では、脳が駆動する義肢の拡張として、義体という概念が登場する。
また、そもそも、脳自体に様々なデバイスを埋め込んで、電脳化していたりする。
その究極のカタチとして、電脳だけで作られた存在が登場したりして、まあ、ワケワカになるわけだな。
つまり、機械だけで作られた脳によって操られる義体という存在が生まれることになる。
単純に考えれば、そりゃロボットに過ぎない(全部機械だからな)。
が、脳移植が可能になって、その義体部分を生身の脳に繋ぐ話になれば、かなりなややっこしさになる。
脳と電脳の違いとして、作中に登場するのがゴーストという、人間由来の意識(?)という概念だ。
「要約すると人間の肉体から生体組織を限りなく取り除く、あるいは機械で代行していった際に、自分が自分自身であるために最低限必要な物、又はその境界に存在する物こそゴーストであり、生命体の根源的な魂とも表現できる。」
なんかなあ、要約になってないような気もするんだがな。
「あらゆる生命・物理・複雑系現象に内在する霊的な属性、現象、構造の総称であり、包括的な概念である。作中においては主に人間が本来的に持つ自我や意識、霊性を指して用いている。」
こっちの方が、ピンと来る気がするんだがな。
クオリアとか、意識のハードプロブレムとか、そういう話も絡むんだろうが、結局、生体組織の機能として発現している何かであることは間違いないわけで、それを電気信号なり何なりで模倣したり、置き換えたりすることが可能かどうかということなんだろう。
そもそも、意識(自我でも霊性でもいいんですが)って、そんなに重要なものなんだろうか?。
人間に限らず、脳を発達させた動物たちは、おそらく自我のようなものを持っているに違いない。
それが、生存や種の存続にとって有利だから獲得された機能だとすると、この先、それが災いして滅亡することだってあり得る話だからな。
生き延びるために障害になりかねない機能は、退化していくかもしれないしな。
人類が築き上げた文明は、確かに地球上に溢れる人間たちを作り出すことに貢献してきたけど、一方で環境に過度に負荷をかけ、繁栄に水を差す結果を招きつつあるようだしな。
その生物的根源が意識の存在であるなら、それ自体が余計なお荷物になるかも知れない。
複雑な社会を築き、高度な文明を発展させてきた人類が、どこかで質的転換を余儀なくされ、意識そのものを捨て去る可能性は排除できないのではないか。
もっとナチュラル(原始的)な存在になり、かつてのような多産多死な状態に戻っていくかもしれない。
うーん、ちょっと想像できないけどな。
文明を築くには、清明な意識が必要だったが、そこから解脱するためには、何か破壊的な要素が必要な気もする。
危ない危ない・・・。
こういう、反文明的思想が、怪しげな宗教団体を生むんだろうな。
意識を持った機械的存在として生き延び、万能の義体を使って生活したとして、どこかで終止符を打たなければ、世界はそういう奴ら(!)で溢れてしまう。
あるいは、人類は、そうやって滅びていくのかもしれない。
どーせ、人間が作ったプログラムに依存しているわけだからな。
どこかに致命的なバグが存在し、ある日ある時、突然にエラーを吐くことになる。
神ならぬ身でありながら神の所業を行えば、どこかに綻びが出るのは当然ということだ。
文明の果ての滅亡というやつか。
人類の最後に相応しい気もするが、なーに、その人類だって自然の成り行きで生きているだけだからな(そうなのかあ?)。
きっとどこかで軌道修正して、それなりの生活を続けていくことになるに違いない。
意識を機械に移して、現世利益を得ようという発想自体が、浮沈子には健全とは思えないな。
生物的死と乖離した意識としての存在を、どう捉えるのか。
それは、単なる機械とどう違うのか。
人間の尊厳は、どこにあるのか。
魂(ゴーストでもいいんですが)とは、いったい何なのか・・・。
空が明るくなってきて、妄想に耽るお時間がおしまいに近くなってきたので、この辺にしよう。
夜中に書いたラブレターは、夜明けとともに破られる運命にあるからな。
脳は肉体の一部であり、その脳の機能としての意識は絶対のものではなく、それだけを切り出して存続させるという話には、容認できない毒があるような気がする。
全てはどこかでつながっていて、生命だけじゃなく、太陽系の在り方とか、天の川銀河の在り方とか、その先の宇宙全体の在り方と密接不可分に違いない。
意識は、生命がその活動と共に生み出す光のようなもので、その活動の終わりとともに消えてしまうもののような気がする。
それを取り出して、瓶詰にして眺めることは不可能だろう。
虹を追いかけるような感じか。
実体のない幻(ゴースト)だな。
物理的存在に依拠しているわけで、それを構成する要素全てを構築しなければ生まれ得ないものに違いない。
それは、まるまる一人の人間を作り出すことになる。
ああ、我々には、その機能が生まれつき備わっているからな。
脳を機械に移植することに励むより、そっちの方に励む方が手っ取り早いような気もするしな(えーと、子供は分かんなくていいです!)。
夜中に目覚めて、眠れない夜を過ごした。
最近、精神的にストレスが掛っているので、こういう睡眠パターンに陥っている。
昼間は、逆にうとうとしたりする。
あまり褒められた状況ではない。
おまけに、この雨だ。
先日のような土砂降りはないけど、しとしとした雨が、昨日の午後から間断なく降り続いている。
気が滅入るような雨だ。
気温は、15度台に落ち、暖房を入れようかという陽気になっている。
ついこの間まで、冷房ガンガンかけていたのにな。
あっという間に秋になった。
(秋雨)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E9%9B%A8
「日本において8月後半頃から10月頃にかけて(地域によって時期に差がある)降る長雨のこと。」
1か月くらいは、こんな天気が続くんだろう。
やれやれ・・・。
暑さからは解放されるが、自転車に乗れない日が続いたりすると、何となく気分的に落ち込む。
大井町まで電車で行くことを考えると、なおさら気が滅入るな。
まあいい。
秋晴れが続くようになるまでの辛抱だな。
「梅雨と違って、始まり・終わりが明確でないことが多く、梅雨入り・梅雨明けに相当する発表はない。また、東南アジアから東アジアまでの広範囲で起こる梅雨とは異なり、日本周辺にのみ見られる現象である。」
最近は、体育の日は10月10日じゃなくなったようだが、その頃になれば安定するのかもしれない。
前の東京オリンピックの開催時期は、確かそうやって決められていたような気がする。
(体育の日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%93%E8%82%B2%E3%81%AE%E6%97%A5
「1964年東京オリンピックの開会日が夏季オリンピック開催日としては異例に遅い10月10日となったのは、秋雨前線が去った後の東京地方の「晴れの特異日」だった事による、と言われることがあるが、10月10日は特異日ではない。」
特異日ではなかったかもしれないが、秋雨前線との関係はあったに違いない。
今度は、真夏(7月24日から)にやるようだが、何考えてんだか・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
早く秋雨が去って、カラッとした秋晴れの空が広がるといいな・・・。
昨日読んだVR関係の書評絡みで、意識の移植について色々調べたりした。
そもそも意識とは何かという話があるようだが、それはすっ飛ばして(そんなあ!)、神経の塊である脳の機能を丸ごと機械とか他の脳に持っていくという話もあるようだ。
人間でやるのは、倫理的な問題もあり、かなりややっこしいだろうが、シンプルな生物の神経系を模倣したりするなら、可能性はあるんじゃないのか。
ロシアでは、金持ちが永遠の生命を目指して、プロジェクトが進んでいるようだ。
(「意識をマシンに移植する」プロジェクト:ロシア)
https://wired.jp/2012/03/05/dmitry-itskov/
「最終目標は「永遠に人間の意識を保つホログラム・マシン」の開発だ。」
初期のインターネットの開発に関わったDARPAでは、兵士の脳とコンピューターとを繋ぐ研究が行われているという。
(米軍の新兵器は「サイボーグ兵士」、DARPAが開発中)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/technology/2016/01/darpa.php
「米軍がリアルに取り組む「脳とコンピューター」接続の大きな可能性」
我が国でも、大学の研究者が似たようなことを始めようとしている。
(『脳の意識 機械の意識』/渡辺正峰インタビュー)
http://www.chuko.co.jp/shinsho/portal/105654.html
「自身の目の黒いうちに「機械への意識の移植」に挑戦できることを期待しています。」
浮沈子的には、グロテスクな感じがして、肉体を離れた精神という二元論的ロジックに抵抗がある。
もちろん、そう単純な話ではなく、一気に研究が進むというわけでもなさそうだ。
埋めなければならないパズルのピースは、想像以上に多いのではないか。
教育とか学習とか、そういう切り口もあるかも知れない。
怪しげな催眠学習とかより、もちっとマシなメソッドとして開発されれば、市場はデカいような気もする。
機械に意識を移すという話の一方で、生身の脳を機械に繋いで生かすという話もある。
かなり乱暴な話だが、原理的にできない話ではなさそうだ。
それで、意識を永遠に保存することが出来るかどうかは別の話だがな。
攻殻機動隊とかは、そういう話をモチーフにしている。
(攻殻機動隊)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BB%E6%AE%BB%E6%A9%9F%E5%8B%95%E9%9A%8A
「マイクロマシン技術(作中ではマイクロマシニングと表記されている)を使用して脳の神経ネットに素子(デバイス)を直接接続する電脳化技術や、義手・義足にロボット技術を付加した発展系であるサイボーグ(義体化)技術が発展、普及した。結果、多くの人間が電脳によってインターネットに直接アクセスできる時代が到来した。」
この中では、脳が駆動する義肢の拡張として、義体という概念が登場する。
また、そもそも、脳自体に様々なデバイスを埋め込んで、電脳化していたりする。
その究極のカタチとして、電脳だけで作られた存在が登場したりして、まあ、ワケワカになるわけだな。
つまり、機械だけで作られた脳によって操られる義体という存在が生まれることになる。
単純に考えれば、そりゃロボットに過ぎない(全部機械だからな)。
が、脳移植が可能になって、その義体部分を生身の脳に繋ぐ話になれば、かなりなややっこしさになる。
脳と電脳の違いとして、作中に登場するのがゴーストという、人間由来の意識(?)という概念だ。
「要約すると人間の肉体から生体組織を限りなく取り除く、あるいは機械で代行していった際に、自分が自分自身であるために最低限必要な物、又はその境界に存在する物こそゴーストであり、生命体の根源的な魂とも表現できる。」
なんかなあ、要約になってないような気もするんだがな。
「あらゆる生命・物理・複雑系現象に内在する霊的な属性、現象、構造の総称であり、包括的な概念である。作中においては主に人間が本来的に持つ自我や意識、霊性を指して用いている。」
こっちの方が、ピンと来る気がするんだがな。
クオリアとか、意識のハードプロブレムとか、そういう話も絡むんだろうが、結局、生体組織の機能として発現している何かであることは間違いないわけで、それを電気信号なり何なりで模倣したり、置き換えたりすることが可能かどうかということなんだろう。
そもそも、意識(自我でも霊性でもいいんですが)って、そんなに重要なものなんだろうか?。
人間に限らず、脳を発達させた動物たちは、おそらく自我のようなものを持っているに違いない。
それが、生存や種の存続にとって有利だから獲得された機能だとすると、この先、それが災いして滅亡することだってあり得る話だからな。
生き延びるために障害になりかねない機能は、退化していくかもしれないしな。
人類が築き上げた文明は、確かに地球上に溢れる人間たちを作り出すことに貢献してきたけど、一方で環境に過度に負荷をかけ、繁栄に水を差す結果を招きつつあるようだしな。
その生物的根源が意識の存在であるなら、それ自体が余計なお荷物になるかも知れない。
複雑な社会を築き、高度な文明を発展させてきた人類が、どこかで質的転換を余儀なくされ、意識そのものを捨て去る可能性は排除できないのではないか。
もっとナチュラル(原始的)な存在になり、かつてのような多産多死な状態に戻っていくかもしれない。
うーん、ちょっと想像できないけどな。
文明を築くには、清明な意識が必要だったが、そこから解脱するためには、何か破壊的な要素が必要な気もする。
危ない危ない・・・。
こういう、反文明的思想が、怪しげな宗教団体を生むんだろうな。
意識を持った機械的存在として生き延び、万能の義体を使って生活したとして、どこかで終止符を打たなければ、世界はそういう奴ら(!)で溢れてしまう。
あるいは、人類は、そうやって滅びていくのかもしれない。
どーせ、人間が作ったプログラムに依存しているわけだからな。
どこかに致命的なバグが存在し、ある日ある時、突然にエラーを吐くことになる。
神ならぬ身でありながら神の所業を行えば、どこかに綻びが出るのは当然ということだ。
文明の果ての滅亡というやつか。
人類の最後に相応しい気もするが、なーに、その人類だって自然の成り行きで生きているだけだからな(そうなのかあ?)。
きっとどこかで軌道修正して、それなりの生活を続けていくことになるに違いない。
意識を機械に移して、現世利益を得ようという発想自体が、浮沈子には健全とは思えないな。
生物的死と乖離した意識としての存在を、どう捉えるのか。
それは、単なる機械とどう違うのか。
人間の尊厳は、どこにあるのか。
魂(ゴーストでもいいんですが)とは、いったい何なのか・・・。
空が明るくなってきて、妄想に耽るお時間がおしまいに近くなってきたので、この辺にしよう。
夜中に書いたラブレターは、夜明けとともに破られる運命にあるからな。
脳は肉体の一部であり、その脳の機能としての意識は絶対のものではなく、それだけを切り出して存続させるという話には、容認できない毒があるような気がする。
全てはどこかでつながっていて、生命だけじゃなく、太陽系の在り方とか、天の川銀河の在り方とか、その先の宇宙全体の在り方と密接不可分に違いない。
意識は、生命がその活動と共に生み出す光のようなもので、その活動の終わりとともに消えてしまうもののような気がする。
それを取り出して、瓶詰にして眺めることは不可能だろう。
虹を追いかけるような感じか。
実体のない幻(ゴースト)だな。
物理的存在に依拠しているわけで、それを構成する要素全てを構築しなければ生まれ得ないものに違いない。
それは、まるまる一人の人間を作り出すことになる。
ああ、我々には、その機能が生まれつき備わっているからな。
脳を機械に移植することに励むより、そっちの方に励む方が手っ取り早いような気もするしな(えーと、子供は分かんなくていいです!)。
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