海の色が変わっていくことに対して、ペンギンとホッキョクグマは同意するか2019年02月08日 10:19

海の色が変わっていくことに対して、ペンギンとホッキョクグマは同意するか
海の色が変わっていくことに対して、ペンギンとホッキョクグマは同意するか


(気候変動が続くと海の色が将来的に変わってしまうかもしれない)
https://gigazine.net/news/20190206-climate-change-ocean-color/

「地球温暖化などの気候変動によって、今後100年で海の色が少しずつ変化していくかもしれない」

「海の色の変化には植物プランクトンの増減が関わっていて、生態系の変化の予兆と捉えることもできる」

リンクされている原論文も、自動翻訳して目を通したが、素人に分かる内容ではない(浮沈子にはさっぱり・・・)。

こんなややっこしい話を記事にしたCNNや、それを取り上げたギガジンには敬意を表する。

まあ、ネタ的にインパクトはありそうだし、浮沈子もタイトルに引っかかって読んだわけだが、もちろん、肉眼で見て分かる範囲の話ではない。

人工衛星からの分光観測のデータを解析して、ようやく分かる。

それをクロロフィル‐aの量と結び付けて、気候変動の指標の一つとして捉えようとするところが新しいんだろう。

まあ、この業界では、例によって、何でも地球温暖化と結び付ければ金が出る話なのかもしれない。

宇宙開発における地球外生命探査のようなもんか。

人寄せパンダとしての地球温暖化というわけだな(そうなのかあ?)。

まあいい。

で、浮沈子的に気になったのは、記事の最後に掲載されている写真だ。

(polar bear antarctica)
https://pixabay.com/photo-3277930/

もちろん、ペンギンは北極にはいないし、シロクマは南極にはいない(画像は、もちろん合成)。

昔は、北極圏にペンギンっぽいの(正確には別種)がいたらしいが、現在は人間が獲り尽くしてしまったらしい。

(オオウミガラス)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AA%E3%82%A6%E3%83%9F%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%82%B9

「1844年、最後の一羽が捕らえられて剥製にされ絶滅した。」

「本来はこの鳥が「ペンギン」だった。」

「後に南半球でオオウミガラスに似た鳥が次々と見つかり「南極ペンギン」と呼ばれたが、本家ペンギンであるオオウミガラスが絶滅した今となっては、それらが単に「ペンギン」と言われるようになっている。」

せっかくの記事に一点の曇りを与えてしまっているので、おせっかいにも、その点を指摘しておいた(ひょっとしたら、削除されてしまうかもしれません:既に差し替え済み)。

まあ、どうでもいいんですが。

最近ロタに行ってきたので、あのロタブルーと形容されるどこまでも透き通った青色が、貧栄養のたまものであることを、改めて認識する。

聞いた話だが、ロタ島に降った雨が、島の周囲の海底から湧出して、透視度を増加させているのではないかという(実際に、陸上ではスイミングホールとかあるしな)。

(スイミングホール)
http://guam-saipan.com/rota/swimming.html

「この穴場には真水が湧き出ていて、海水と混ざり合って天然のプールのようになっているのです。透明度がとても高くフィッシュウォッチングやシュノーケリングも楽しめます。」

浮沈子は行ったことはないけどな(大したことはないという話も)。

ギガジンの記事には、水の青に関するリンクも出ている。

(水の青)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E3%81%AE%E9%9D%92

「海や湖の青色は空の色の反射に加え、この水の吸収スペクトルに由来する本質的な色に起因する。」

「チャンドラセカール・ラマンは水分子自体の光の散乱によるものであると推測し、1922年に論文を発表している」

後にノーベル物理学賞を貰ったりしている。

ちなみに、白色矮星のチャンドラセカール限界で有名なスブラマニアン・チャンドラセカールは、甥にあたる。

「液体の水の色は、長いパイプに入れた純水に白色光源を当てることにより観察できる。このとき水はターコイズブルーを呈し、これは補色の関係にある赤色領域に弱い吸収帯が存在することに起因する。」

「可視領域には 760nm(赤色)を中心にやや強い吸収帯、660nm(赤橙色)、605nm(橙色)を中心に弱い吸収帯が存在する。」

つーことは、純粋な水の色というのは、やや緑っぽく見えるということで、ロタの水中がどこまでも青いのは、他の影響があるからかもしれない。

一方、同じ貧栄養でも黒潮などは、青黒色といわれている(水面からの観察ですが)。

一週間もその水に浸かって、身も心も青に染まった浮沈子は、クソ寒い日本に戻って震えあがっているけどな。

ちなみに、明日は東京地方でも雪になるという。

やれやれ・・・。

パリの思い出と児童虐待の認識の差2019年02月08日 14:07

パリの思い出と児童虐待の認識の差


このところ、ニュースを見る度に胸が痛む。

児童虐待の話ばかり報道される。

そんな中、こんな記事が出た。

(国連 日本の虐待状況に懸念 政府に対応強化を勧告)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190208-00000013-ann-int

「勧告では虐待への対応について、加害者に対する厳しい刑罰や子どもが虐待被害を訴えやすいシステムが必要だと指摘しました。」

数年前、ルマン(24時間自動車レース)を観戦するためにパリを訪れた際、公園で一人泣いている子供を見つけたガイドさんが、辺りをきょろきょろして心配そうにしているのを見て怪訝に思った。

フランスでは、この状況は児童虐待に当たり、当局に見つかれば親は罰を受けるというのだ(ホントかあ?)。

ガイドさんが周りを気にしていたのは、親を探していたのではなく、警官がいないかを気にしていたんだと・・・。

幸い、子供は、親とはぐれたのではなく、何か買ってもらえなかったことが不満で泣いていたようだったけどな(うーん、ここんとこは万国共通か)。

国連からの指摘ということもあり、メディアに取り上げられているようだが、国連だって取り組み始めたのは最近だ。

(児童の権利に関する条約)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%90%E7%AB%A5%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%88%A9%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E6%9D%A1%E7%B4%84

「1989年11月20日に国連総会で採択。1990年9月2日に発効」

こんなもんが作られるということは、それだけ世界的に子どもの権利が侵害されてきたという背景がある。

浮沈子が経験したパリの事件(!)にしたって、罰則をもって取り締まらなければならないような事態があったという歴史を踏まえた話だ。

ちなみに2018年6月時点では、米国は批准していない(たぶん今も)。

子供は成長し、多くの場合、やがては大人になり、親になる者もいる。

人類が、次の世代を強固なものにするためには、子供たちのことを真剣に考えるべきであることに反対する者などいるはずがない。

一方、世界の中には多様な歴史的背景と価値観を持つ多くの人々がいるのも事実だ。

その最大公約数を求めることは困難を極める。

しかし、それこそ、大人がやるべきことだろう。

強固な制度と、それを実施する態勢に守られて育った子供たちは、自らの子供たちをもまた、しっかりと育てるに違いない。

翻って考えれば、加害者(場合によっては親)に罰を与えよという国連の勧告は、親の世代が如何にそうでない養育を受けてきたかを象徴してもいる。

親は、自分が受けてきた養育のマネをして子育てをしがちだからな(そうなのかあ?)。

その、世代を超えた連鎖を断ち切るには、強権をもって介入するしかないだろう。

それは、文化的伝統的背景をないがしろにするということとは別の話に違いない。

浮沈子は、幸か不幸か子育ての経験はない。

文字通り他人事の世界ではあるが、そうやってテキトーに育てられて大人になった世代に面倒を見てもらうことを考えると、心安らかではいられなくなる。

何事も、自分中心に考えちまうしな。

どう育てられても、長男で初孫というのは救いようがないのかもな・・・。