🐼水泳ネタ:バタフライは首を長くして掻く2021年09月29日 18:50

水泳ネタ:バタフライは首を長くして掻く


半世紀近く前、清少納言だったかが自慢高慢鼻高々にえらっそうに書いていたのを、古文か何かの授業で読んでムカついたのを覚えている。

(香炉峰の雪は簾を撥げて看る)
https://kotobank.jp/word/%E9%A6%99%E7%82%89%E5%B3%B0%E3%81%AE%E9%9B%AA%E3%81%AF%E7%B0%BE%E3%82%92%E6%92%A5%E3%81%92%E3%81%A6%E7%9C%8B%E3%82%8B-2236619

「「枕草子―二九九」には、御所に雪が積もった日に、清少納言が中宮定子から「香炉峰の雪いかならん」と問われて、御簾を高く上げてその詩句にならったという話があり、清少納言の機知を伝えるものとして知られています。」

(枕草子 二九九段『雪のいと高う降りたるを』【現代語訳と原文】)
https://hiizurukuni.com/makuranosoushi_282dan/

「「少納言、香炉峰の雪はどんなでしょうか?」
と、私におっしゃられたので、(女官に)御格子をあげさせ、私が御簾を高く上げたところ、中宮様は満足気にお笑いになる。」

「白楽天の漢詩は皆知っていて歌ったりするけれど、実際に目の前に演出して見せるとは思いもよらなかった。やっぱり(清少納言は)中宮様にお仕えするのに相応しい人物のようだ」

自分で書くかよ・・・。

まあ、どうでもいいんですが。

今日は、水泳教室は月の5週目に当たるのでお休みで、午後からのテクニカルプログラム(バタフライベーシック)だけに参加。

出ても出なくても、どっちでもいいんだが、春までにバタフライで25m泳ぎたいので、足繁く通っている。

久しぶりに、歩きながら両腕を回す練習を入れていた。

その後、いきなり両手回しのバタフライだったが、山本センセの今日の指導のハイライトは何と言っても「首を長くして腕を回せ」だな。

浮沈子的には今一つ理解できていないんだが、クロールの時にも同じような話を聞いたことがある(勘違いじゃね?)。

肩の可動範囲とか、肩甲骨を動かすとか、水泳で腕を動かす時のキーワードなのかもしれない。

首を長くしろというのは、しかし初めての表現だったな。

ユニークだ・・・。

1000年くらい経てば、「バタフライの手の掻きはいかならん」とかいわれて、するすると首を伸ばしてみるのが流行るかも知れない(ろくろ首かよ!?)。

(ろくろ首)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%8D%E3%81%8F%E3%82%8D%E9%A6%96

「ろくろ首の種類:
外見上は普通の人間とほとんど変わらないが、首が胴体から離れて浮遊する抜け首タイプと、首だけが異常に伸びるタイプに分かれる。」

首が抜けちまっては、バタフライは泳げないからな(そういうことかあ?)。

「実際に首だけが胴を離れるわけはなく、魂が体を離れて首の形を形作っていると説明」

バタフライのテクニックとしては、実際に首が長くなるというわけではなく、肩周りを動かしやすくするための「気の持ちよう」なのかもしれない。

最後に1回泳いだだけだったので、十分意識することはできなかったが、次回以降、少し意識して首周りを伸ばしてみよう・・・。

<以下追加>ーーーーーーーーーー

枕草子の現代語訳を引用したページからリンクされている、「雪のいと高う降りたるを」の解説ページ。

(枕草子 二九九段『雪のいと高う降りたるを』簡単解説!香炉峰の雪に秘めた清少納言の想い)
https://hiizurukuni.com/seisyounagon_teishi3/

「枕草子とは、男たちの政略に巻き込まれた定子とその一族が没落していく中で書かれた作品です。」

「定子の没落という辛い現実を払いのけるように、楽しかった想い出だけを綴った作品。それが『枕草子』の裏側に隠された想いなのです。」

「そんな定子に喜んで頂けた清少納言の大切な想い出を綴ったエピソード、それが『香炉峰の雪』が語る真実だと考えています。」

うーん、百歩譲ってそういう背景があったとしても、やっぱ、いけ好かない女だと思ってしまう浮沈子は偏狭かな・・・。

<さらに追加>ーーーーーーーーーー

(白居易)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%85%E6%98%93

「名の「居易」は、『礼記』「中庸」の「君子居易以俟命、小人行険而僥倖」(君子は安全な所にいて運が巡ってくるのを待ち、小人は冒険をして幸いを求めるという意)」に由来する。」

香炉峰の雪の元ネタである白楽天について調べた。

浮沈子は、君子ではないけど、どちらかと言えば安全な所にいて冒険しない方だな。

それでも、フィットネスやダイビング(トレーニングダイブメインですが)には行くからな。

行動は小人の部類だな(冒険して運が巡ってくるのを待つ類か:サイテー・・・)。

楽天の由来も書いてあった。

「「楽天」は、『易』「繋辞伝」上の「楽天知命、故不憂」(天の法則を楽しみ運命をわきまえる。だから憂えることがないという意)に由来する」

「日本への影響」の欄を読むと、当時(平安時代)の教養人の間では、白楽天の詩集はほぼほぼコモンセンスになっていたようだ。

「白居易自身も日本での自作の評判を知っていたという」

ウィキでは、香炉峰の雪を含め、2編の詩(の一部)が取り上げられている。

「秋の庭掃(はら)はず 藤枝(とうちやう)に携(たづさは)りて、閑(しづ)かに梧桐(ごとう)の黄葉(くわうえふ)を踏んで行(あり)く」

「遺愛寺(いあいじ)の鐘(かね)をば枕を欹(そばだ)てて聴く、香炉峯(かうろほう)の雪をば簾(すだれ)を撥(まきあ)げて看(み)る」

秋・冬に相応しい。

季節は廻り、東京地方は秋になったが、暖かく過ごしやすい日々が続いている。

台風16号が気になるが、今夜(9月30日夜)から雨こそ降れ、明日中には太平洋上を遠ざかり、週末のダイビングには影響なさそうだ。

小人だからな。

冒険してくるか・・・。

<さらにさらに追加>ーーーーーーーーーー

気になったので、ウィキに取り上げられていた白居易の詩の全文を調べた。

(晩秋の閑居)
http://yamatouta.asablo.jp/blog/2009/10/09/4621278

「地僻門深少送迎
披衣閑坐養幽情
秋庭不掃攜藤杖
閑蹋梧桐黄葉行」

「地は僻(かたよ)り 門は深くして 送迎(そうげい)少(まれ)に
衣(ころも)を披(き)て閑坐(かんざ)し 幽情を養ふ
秋の庭は掃(はら)はず 藤杖(とうぢやう)に攜(たづさは)りて
閑(しづ)かに梧桐(ごとう)の黄葉(くわうえふ)を蹋(ふ)んで行(あり)く」

「わが家は僻地にあり、門は通りから引っ込んでいるので、客人の送り迎えもなく、上衣を引っ掛けのんびり座ったまま、静かな心をはぐくむ。
秋の庭は掃除せず、藤の杖をひいてゆっくりと梧桐の黄葉した落葉を踏んで歩く。」

人が来ないことをいいことに、暇な癖に掃除サボって散歩する話だ(そうなのかあ?)。

(白居易『香炉峰下新卜山居(香炉峰下、新たに山居を卜し~)』原文・書き下し文・現代語訳(口語訳)と解説)

「香 炉 峰 下 新 卜 山 居 草 堂 初 成 偶 題 東 壁

日 高 睡 足 猶 慵 起
小 閣 重 衾 不 怕 寒
遺 愛 寺 鐘 欹 枕 聴
香 炉 峰 雪 撥 簾 看
匡 廬 便 是 逃 名 地
司 馬 仍 為 送 老 官
心 泰 身 寧 是 帰 処
故 郷 何 独 在 長 安」

「香炉峰下、新たに山居を卜し、草堂初めて成り、偶東壁に題す

日高く睡り足りて猶ほ起くるに慵し
小閣に衾を重ねて寒さを怕れず
遺愛寺の鐘は枕を欹てて聴き
香炉峰の雪は簾を撥げて看る
匡廬は便ち是れ名を逃るるの地
司馬は仍ほ老を送る官たり
心泰く身寧きは是れ帰する処
故郷何ぞ独り長安に在るのみならんや」

「香炉峰のふもと、新しく山の中に住居を構えるのにどこがよいか占い、草庵が完成したので、思いつくままに東の壁に題した

日は高くのぼり睡眠は十分とったというのに、それでもなお起きるのがおっくうである
小さな家で布団を重ねているので、寒さは心配ない
遺愛寺の鐘の音は、枕を高くして(耳をすまして)聴き
香炉峰に降る雪は、すだれをはね上げて見るのである
廬山は(俗世間の)名利(名誉と利益)から離れるにはふさわしい地であり
司馬(という官職)は、やはり老後を送るのにふさわしい官職である
心が落ち着き、体も安らかでいられる所こそ、安住の地であろう
故郷というものは、どうして長安だけにあろうか、いや長安だけではない」

なんだ、閑職に左遷された役人のボヤキか・・・。