😼フランシスコ:復活祭の死:謎は謎のままに ― 2025年04月24日 21:52
フランシスコ:復活祭の死:謎は謎のままに
(教皇フランシスコの葬儀は26日と決定、各国の首脳や王族も参列を表明)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cly1z4pd81qo
「カトリック教会の最高指導者だった教皇フランシスコは、21日に脳卒中で死去した。88歳だった。前日の20日に復活祭(イースター)の説教を行った後、24時間もたたないうちに亡くなった。2月から3月にかけて両側性肺炎のため入院し、健康状態が悪化していた。」
不可解極まる!。
「ヴァチカンは22日、教皇フランシスコの最後の24時間の詳細を発表」
「教皇は看護師のマッシミリアーノ・ストラペッティ氏に「私にこれができるだろうか?」と尋ねた。
ストラペッティ氏は教皇を安心させ、間もなく教皇はバルコニーに出て、聖ペトロ広場に集まった群衆に祝福を与えた。
バルコニーから戻ると、教皇はストラペッティ氏に感謝し、「広場に戻らせてくれてありがとう」と言った。その後、自室で休み、夕食を取ったという。」
「翌21日、現地時間午前5時30分(日本時間午後12時30分)ごろ、教皇は体調が悪くなり始め、すぐに看護を受けた。
その1時間後、教皇はストラペッティ氏に手を振った後、昏睡状態に陥った。」
「この間、そばにいた人々は、(教皇は)苦しまなかったと言っている」
「長い待ち時間や大きな騒ぎもなく、慎み深い死だった」
怪しい・・・。
実に怪しい!。
バチカンは、権力闘争の巣窟だ(そうなのかあ?)。
浮沈子はフランシスコの教皇就任の時から注目し、その経緯を見守ってきた。
(清貧)
https://kfujito2.asablo.jp/blog/2013/03/17/6748515
「・・・
この、「フランチェスコ」を初めて名乗るベルゴリオさんが、21世紀の現代に、どのような手腕を発揮し、12億のカソリック教徒を導いていくのか。
宗教を持たず、清貧とは程遠い日常を送る浮沈子としても、気になるところである。」
その後も、教会内部のスキャンダルや、教皇自身の発言なども知り得る限り注目していた。
高齢で肺炎を患い、入院を繰り返す中、復帰は難しいだろうとは思っていたけど、回復の兆しを見せた時には、やっぱ、神に愛でられる人は違うのかもなどと感心したりした。
それがどうしたことか、あっけなく死を迎えた。
「長い待ち時間や大きな騒ぎもなく、慎み深い死だった」(再掲)
ホントかあ?。
(教皇最後の日々……医師の助言に反して復活祭の祝福を)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c8ep55yln9ro
「自分を治療する専門医たちから、自分の健康問題はすぐに解決しないと説明された教皇は、ただちにイースターに間に合うようにヴァチカンに戻りたいのだと、はっきり意思表示した。」
「キリスト教徒にとって、イースターはきわめて重要な日だ。その重要性はクリスマスよりも大きい。なぜなら、十字架にかけられ処刑されたイエスが3日後に復活したという、キリスト教徒にとって信仰の核心を占める教義を象徴するのが、復活祭だからだ。」
「日曜日にフランシスコ教皇が祝福する様子を見ていたローマ在住のアルベルトさんは、訃報が衝撃だったことに変わりはないものの、教皇はもう長く生きられないだろうと日曜の時点で感じていたのだと話した。」
「その様子を見て、あまり嬉しいと思えなかった。苦しんでいるのは目に見えて、はっきりわかったので。それでも、最後にもう一度会えたのは光栄なことだった」
「教皇庁は21日夜には、教皇の死因が脳卒中と回復不能な心不全だったと発表」
浮沈子はそれを俄かに信じる気にはなれないな・・・。
(教皇フランシスコ死去 南米からヴァチカンへ……カトリック教会を変えた伝統的な教皇)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c20xd4rrewpo
「1936年12月にアルゼンチン・ブエノスアイレスでホルヘ・マリオ・ベルゴリオとして生まれた教皇は2013年3月、前任のベネディクト16世が異例の辞任をしたのを受けて、南北アメリカ大陸および南半球から初めて教皇になった。」
「ヴァチカンの官僚機構の中では、教会を改革しようとする教皇フランシスコの取り組みへの抵抗が続いた。」
「教皇としての名前は、13世紀に清貧と平和を説き、小鳥など生きとし生けるものを愛せよと教えたアッシジの聖フランチェスコにあやかって選んだ。」
「貧しい者のための貧しい教会を望んでいる」
「組織として傷ついていても表に出て病人を助ける教会か、引きこもっている教会か、そのどちらを選ばなくてはならないとしたら、私は前者を選ぶ」
ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(フランシスコの本名)は、最後までその姿勢を貫いたといえるだろう。
次の教皇に誰が選ばれるのかは知らない。
14億人の人類(カトリック教徒)を率いるバチカン。
その総帥である教皇。
再び、権威と閉鎖性に満ちた組織へと戻ることになるのか、フランシスコが志向した開かれた教会へと歩み続けることが出来るのか。
コンクラーベの結果に注目だな・・・。
<以下追加>ーーーーーーーーーー
(教皇フランシスコはなぜ「ロックスター」のように愛されたのか)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/25/042300219/?P=1
「彼の教皇選出は「初」づくしだった。南米の出身者として初、ヨーロッパ以外の生まれとしても過去1200年で初、そしてイエズス会の出身者としても初めての教皇」
「就任後もさまざまな分野で新たな道を切り開き、バチカンに大きな変化をもたらした。教会指導部のエリート層と一般信徒との間に広がりつつあった深い溝に橋を架けることに注力し、長年受け継がれてきたカトリックの伝統や習慣に新風を吹き込んだ。」
「バチカン改革に取り組んだ在位12年間、88歳で死去したローマ教皇の生涯を振り返る」
生い立ちや、教皇になるまでの活動は、12年前の就任時にも報じられている。
浮沈子的には、カトリック教会の改革に取り組んだことが何よりの業績だった気がする。
「教皇フランシスコの公文書、声明、公式教令には、カトリック教会の現代化と、スキャンダルによって傷ついたバチカンの改革への願いが表れていた。4通の回勅(全司教に宛てた教会の教えに関する書簡)は、信仰と救い、環境と宗教との関係、世界中の全ての人々が協力することの必要性、そして心の大切さの再発見に重点を置いていた。」
「バチカンのなかでは、主にヨーロッパ人で構成されていた枢機卿団の多様化に取り組んだ。しかし、教皇自身が論争や批判にさらされることも少なからずあった。」
まあいい。
歴史の中で果たした役割の評価は、後世の歴史家に委ねるしかない。
大切なことは、同時代に生きた人々に何を与えたかに尽きる気がする。
「教皇フランシスコはすぐにカトリック教徒にとって「ロックスター」的な存在となり、オンラインでも多くのフォロワーを獲得した。イベントに顔を出せば、教皇と写真を撮ろうとつめかけた群衆に取り囲まれた。」
浮沈子は、カトリック教徒でも何でもないけど、人々を引き付ける優れた資質を持った人であったことは確からしいな・・・。
(教皇フランシスコの葬儀は26日と決定、各国の首脳や王族も参列を表明)
https://www.bbc.com/japanese/articles/cly1z4pd81qo
「カトリック教会の最高指導者だった教皇フランシスコは、21日に脳卒中で死去した。88歳だった。前日の20日に復活祭(イースター)の説教を行った後、24時間もたたないうちに亡くなった。2月から3月にかけて両側性肺炎のため入院し、健康状態が悪化していた。」
不可解極まる!。
「ヴァチカンは22日、教皇フランシスコの最後の24時間の詳細を発表」
「教皇は看護師のマッシミリアーノ・ストラペッティ氏に「私にこれができるだろうか?」と尋ねた。
ストラペッティ氏は教皇を安心させ、間もなく教皇はバルコニーに出て、聖ペトロ広場に集まった群衆に祝福を与えた。
バルコニーから戻ると、教皇はストラペッティ氏に感謝し、「広場に戻らせてくれてありがとう」と言った。その後、自室で休み、夕食を取ったという。」
「翌21日、現地時間午前5時30分(日本時間午後12時30分)ごろ、教皇は体調が悪くなり始め、すぐに看護を受けた。
その1時間後、教皇はストラペッティ氏に手を振った後、昏睡状態に陥った。」
「この間、そばにいた人々は、(教皇は)苦しまなかったと言っている」
「長い待ち時間や大きな騒ぎもなく、慎み深い死だった」
怪しい・・・。
実に怪しい!。
バチカンは、権力闘争の巣窟だ(そうなのかあ?)。
浮沈子はフランシスコの教皇就任の時から注目し、その経緯を見守ってきた。
(清貧)
https://kfujito2.asablo.jp/blog/2013/03/17/6748515
「・・・
この、「フランチェスコ」を初めて名乗るベルゴリオさんが、21世紀の現代に、どのような手腕を発揮し、12億のカソリック教徒を導いていくのか。
宗教を持たず、清貧とは程遠い日常を送る浮沈子としても、気になるところである。」
その後も、教会内部のスキャンダルや、教皇自身の発言なども知り得る限り注目していた。
高齢で肺炎を患い、入院を繰り返す中、復帰は難しいだろうとは思っていたけど、回復の兆しを見せた時には、やっぱ、神に愛でられる人は違うのかもなどと感心したりした。
それがどうしたことか、あっけなく死を迎えた。
「長い待ち時間や大きな騒ぎもなく、慎み深い死だった」(再掲)
ホントかあ?。
(教皇最後の日々……医師の助言に反して復活祭の祝福を)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c8ep55yln9ro
「自分を治療する専門医たちから、自分の健康問題はすぐに解決しないと説明された教皇は、ただちにイースターに間に合うようにヴァチカンに戻りたいのだと、はっきり意思表示した。」
「キリスト教徒にとって、イースターはきわめて重要な日だ。その重要性はクリスマスよりも大きい。なぜなら、十字架にかけられ処刑されたイエスが3日後に復活したという、キリスト教徒にとって信仰の核心を占める教義を象徴するのが、復活祭だからだ。」
「日曜日にフランシスコ教皇が祝福する様子を見ていたローマ在住のアルベルトさんは、訃報が衝撃だったことに変わりはないものの、教皇はもう長く生きられないだろうと日曜の時点で感じていたのだと話した。」
「その様子を見て、あまり嬉しいと思えなかった。苦しんでいるのは目に見えて、はっきりわかったので。それでも、最後にもう一度会えたのは光栄なことだった」
「教皇庁は21日夜には、教皇の死因が脳卒中と回復不能な心不全だったと発表」
浮沈子はそれを俄かに信じる気にはなれないな・・・。
(教皇フランシスコ死去 南米からヴァチカンへ……カトリック教会を変えた伝統的な教皇)
https://www.bbc.com/japanese/articles/c20xd4rrewpo
「1936年12月にアルゼンチン・ブエノスアイレスでホルヘ・マリオ・ベルゴリオとして生まれた教皇は2013年3月、前任のベネディクト16世が異例の辞任をしたのを受けて、南北アメリカ大陸および南半球から初めて教皇になった。」
「ヴァチカンの官僚機構の中では、教会を改革しようとする教皇フランシスコの取り組みへの抵抗が続いた。」
「教皇としての名前は、13世紀に清貧と平和を説き、小鳥など生きとし生けるものを愛せよと教えたアッシジの聖フランチェスコにあやかって選んだ。」
「貧しい者のための貧しい教会を望んでいる」
「組織として傷ついていても表に出て病人を助ける教会か、引きこもっている教会か、そのどちらを選ばなくてはならないとしたら、私は前者を選ぶ」
ホルヘ・マリオ・ベルゴリオ(フランシスコの本名)は、最後までその姿勢を貫いたといえるだろう。
次の教皇に誰が選ばれるのかは知らない。
14億人の人類(カトリック教徒)を率いるバチカン。
その総帥である教皇。
再び、権威と閉鎖性に満ちた組織へと戻ることになるのか、フランシスコが志向した開かれた教会へと歩み続けることが出来るのか。
コンクラーベの結果に注目だな・・・。
<以下追加>ーーーーーーーーーー
(教皇フランシスコはなぜ「ロックスター」のように愛されたのか)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/25/042300219/?P=1
「彼の教皇選出は「初」づくしだった。南米の出身者として初、ヨーロッパ以外の生まれとしても過去1200年で初、そしてイエズス会の出身者としても初めての教皇」
「就任後もさまざまな分野で新たな道を切り開き、バチカンに大きな変化をもたらした。教会指導部のエリート層と一般信徒との間に広がりつつあった深い溝に橋を架けることに注力し、長年受け継がれてきたカトリックの伝統や習慣に新風を吹き込んだ。」
「バチカン改革に取り組んだ在位12年間、88歳で死去したローマ教皇の生涯を振り返る」
生い立ちや、教皇になるまでの活動は、12年前の就任時にも報じられている。
浮沈子的には、カトリック教会の改革に取り組んだことが何よりの業績だった気がする。
「教皇フランシスコの公文書、声明、公式教令には、カトリック教会の現代化と、スキャンダルによって傷ついたバチカンの改革への願いが表れていた。4通の回勅(全司教に宛てた教会の教えに関する書簡)は、信仰と救い、環境と宗教との関係、世界中の全ての人々が協力することの必要性、そして心の大切さの再発見に重点を置いていた。」
「バチカンのなかでは、主にヨーロッパ人で構成されていた枢機卿団の多様化に取り組んだ。しかし、教皇自身が論争や批判にさらされることも少なからずあった。」
まあいい。
歴史の中で果たした役割の評価は、後世の歴史家に委ねるしかない。
大切なことは、同時代に生きた人々に何を与えたかに尽きる気がする。
「教皇フランシスコはすぐにカトリック教徒にとって「ロックスター」的な存在となり、オンラインでも多くのフォロワーを獲得した。イベントに顔を出せば、教皇と写真を撮ろうとつめかけた群衆に取り囲まれた。」
浮沈子は、カトリック教徒でも何でもないけど、人々を引き付ける優れた資質を持った人であったことは確からしいな・・・。

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