中天の月 ― 2015年10月26日 00:33
中天の月
今日も月が綺麗だ。
中天に掛かる月を、500Eの天井越しに眺める。
サンルーフならぬ、ムーンルーフだ(そういう製品(仕様)もありましたが)。
こんな話を思い出す。
(枕草子『雪のいと高う降りたるを』わかりやすい現代語訳と解説)
http://manapedia.jp/text/1883
ちょっと、受験勉強臭いか。
(香爐峰の雪)
http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/konitan/korobo.htm
「日高く睡り足るも、なお起くるにものうし
小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず
遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き
香爐峰の雪は簾をかかげてみる
匡廬(きょうろ)はすなわちこれ名を逃るるの地
司馬はなお老を送るの官たり
心やすく身やすきは是帰処
故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや」
いいな、こういうの。
左遷されても、腐らないで伸び伸びしている。
で、「枕」の第二百八十段というのは、この話(漢詩)を踏まえた自慢話ということになっている。
(枕草子を書いた清少納言は「高炉峰の雪は)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11106972156
少し突っ込んだ解説。
いずれにしても、元の詩の味わいは出てこない。
寒い朝は、起きるのもうざい。
だから、ごろごろしている。
億劫だから、起き上がらないで、寝たまま外の様子を伺う。
ああ、のんびりしてるっていいなあ。
都だけが帰るところじゃないしなあ・・・。
役職とか、白居易がなぜ左遷させられたかは詳しくは知らない。
(白居易)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%85%E6%98%93
「815年、武元衡暗殺をめぐり越権行為があったとされ、江州(現江西省九江市)の司馬に左遷される。」
「いずれの時期においても平易暢達を重んじる詩風は一貫しており、伝説では詩を作るたび文字の読めない老女に読んで聞かせ、理解できなかったところは平易な表現に改めたとまでいわれる」
浮沈子は、少し見習わなくてはならないな。
で、香炉峰の雪ならぬ中天の月(月齢12日くらい)を、サンルーフを開けて観たわけだ。
四角く切り取られた夜空に、くっきりと光る月。
「枕」の話の中では、冬というのは分かるが、その外の景色がどうだったかは分からない(そもそも、外の景色を見るためじゃなかったりして)。
単なる自慢話で終わっている。
ショボ・・・。
夜道を走っていたら、信号無視して渡っていた女性を、危うく轢いてしまうところだった。
ヤッバ・・・。
頼むから、カーブの先の交差点で、信号無視はしないでもらいたいな(堂々と渡ってました・・・)。
ブレーキでは間に合わず、ハンドルでよけた。
自動運転自動車なら、もっとうまくかわせたかもしれない。
しばらく、心臓がバクバクしてた。
別に、月を眺めながら走っていたわけではない。
それはまた、別の話だ。
一般に、歩行者は、信号なんて守らない。
交番が目の前にある交差点でも、クルマが来なければ、赤信号を平気で渡っているし、警察官もいちいちそれを咎めない。
我が家の近所の交差点では、自転車は、絶対に一時停止しない。
しているのは浮沈子ただ一人だと、断言する。
交通安全週間の時、警察官がそれを見て感心していた(お礼を言われたが、そういうことじゃないんじゃね?)。
今日は、危うく事故になるところだった。
夜の運転は、昼間と違ってなお一層の注意が必要だ。
視界が効かないとかではなく、歩行者や自転車は、交通量が少ないので我が物顔に車道に出てくる(自転車は、原則車道通行ですが、対向車線を無灯火で走ってきます←避け切れない可能性、高いです)。
昼間だって守っていない交通ルールを、更に発展させて(?)守らない。
誰も見ていないと思ってるに違いない。
そんなことはない。
空の上から、煌々と不埒な行いを照らしている存在があるじゃん・・・。
月はそんな行いを、何を思って照らしているのかな。
今日も月が綺麗だ。
中天に掛かる月を、500Eの天井越しに眺める。
サンルーフならぬ、ムーンルーフだ(そういう製品(仕様)もありましたが)。
こんな話を思い出す。
(枕草子『雪のいと高う降りたるを』わかりやすい現代語訳と解説)
http://manapedia.jp/text/1883
ちょっと、受験勉強臭いか。
(香爐峰の雪)
http://www2.odn.ne.jp/~nihongodeasobo/konitan/korobo.htm
「日高く睡り足るも、なお起くるにものうし
小閣にしとねを重ねて寒さをおそれず
遺愛寺の鐘は枕をそばだてて聴き
香爐峰の雪は簾をかかげてみる
匡廬(きょうろ)はすなわちこれ名を逃るるの地
司馬はなお老を送るの官たり
心やすく身やすきは是帰処
故郷何ぞ独り長安にのみ在らんや」
いいな、こういうの。
左遷されても、腐らないで伸び伸びしている。
で、「枕」の第二百八十段というのは、この話(漢詩)を踏まえた自慢話ということになっている。
(枕草子を書いた清少納言は「高炉峰の雪は)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11106972156
少し突っ込んだ解説。
いずれにしても、元の詩の味わいは出てこない。
寒い朝は、起きるのもうざい。
だから、ごろごろしている。
億劫だから、起き上がらないで、寝たまま外の様子を伺う。
ああ、のんびりしてるっていいなあ。
都だけが帰るところじゃないしなあ・・・。
役職とか、白居易がなぜ左遷させられたかは詳しくは知らない。
(白居易)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E5%B1%85%E6%98%93
「815年、武元衡暗殺をめぐり越権行為があったとされ、江州(現江西省九江市)の司馬に左遷される。」
「いずれの時期においても平易暢達を重んじる詩風は一貫しており、伝説では詩を作るたび文字の読めない老女に読んで聞かせ、理解できなかったところは平易な表現に改めたとまでいわれる」
浮沈子は、少し見習わなくてはならないな。
で、香炉峰の雪ならぬ中天の月(月齢12日くらい)を、サンルーフを開けて観たわけだ。
四角く切り取られた夜空に、くっきりと光る月。
「枕」の話の中では、冬というのは分かるが、その外の景色がどうだったかは分からない(そもそも、外の景色を見るためじゃなかったりして)。
単なる自慢話で終わっている。
ショボ・・・。
夜道を走っていたら、信号無視して渡っていた女性を、危うく轢いてしまうところだった。
ヤッバ・・・。
頼むから、カーブの先の交差点で、信号無視はしないでもらいたいな(堂々と渡ってました・・・)。
ブレーキでは間に合わず、ハンドルでよけた。
自動運転自動車なら、もっとうまくかわせたかもしれない。
しばらく、心臓がバクバクしてた。
別に、月を眺めながら走っていたわけではない。
それはまた、別の話だ。
一般に、歩行者は、信号なんて守らない。
交番が目の前にある交差点でも、クルマが来なければ、赤信号を平気で渡っているし、警察官もいちいちそれを咎めない。
我が家の近所の交差点では、自転車は、絶対に一時停止しない。
しているのは浮沈子ただ一人だと、断言する。
交通安全週間の時、警察官がそれを見て感心していた(お礼を言われたが、そういうことじゃないんじゃね?)。
今日は、危うく事故になるところだった。
夜の運転は、昼間と違ってなお一層の注意が必要だ。
視界が効かないとかではなく、歩行者や自転車は、交通量が少ないので我が物顔に車道に出てくる(自転車は、原則車道通行ですが、対向車線を無灯火で走ってきます←避け切れない可能性、高いです)。
昼間だって守っていない交通ルールを、更に発展させて(?)守らない。
誰も見ていないと思ってるに違いない。
そんなことはない。
空の上から、煌々と不埒な行いを照らしている存在があるじゃん・・・。
月はそんな行いを、何を思って照らしているのかな。
原子力の「灯」 ― 2015年10月26日 16:43
原子力の「灯」
未だに完全復旧(というか、閉鎖というか)のめどが立っていない福島。
今日は、海側遮水壁が完成したという。
(福島第1の海側遮水壁完成 東電、汚染水対策)
http://www.47news.jp/CN/201510/CN2015102601001279.html
「遮水壁が完成しても放射性物質の海洋流出が完全に止まるわけではなく、東電は対策を続ける。」
遮水壁というから、完全に止まるかと思ってたんだがな。
(福島第一原発、汚染水の流出防ぐ「遮水壁」が完成)
http://www.j-cast.com/2015/10/26248866.html
「1日400トンから10トンまで抑えられると試算」
出口を絞って、流出量を抑えているだけ。
それでも、無いよりはいいんだろう。
たまたま、今日は原子力の日だ。
(原子力の日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%97%A5
「1956年10月26日 - 日本が国際連合の専門機関の一つである国際原子力機関へ参加した。」
「1963年10月26日 - 茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉 (JPDR Japan Power Demonstration Reactor) が日本で初めての原子力発電に成功した。」
事故の後、一斉に止まった原発が再開されるたび、世界で最も厳しい基準をクリアしてるから安全だと、耳タコで聞かされているが、前はそうじゃなかんたんだろうか?。
災害の規模に見合った基準の見直しを行って、かさ上げした結果、他より厳しくなっただけ。
もともと、立地条件が厳しくて、原発に向かない沈み込み帯の島弧に作るんだから、厳しいのは当たり前で、自然災害に人知が及ばないのも、たぶん当たり前だ。
運転の結果生じる放射能廃棄物については、根本的な解決策は未だにない。
浮沈子は、それでも人類にとって原子力は必要なエネルギーだと思っている。
地面がグサグサの我が国に作るべきかどうかは別の話として、たとえば中国とかにどんどん作って、その成果物を受け取る形で我が国が利用できるのがいい。
水素の形で輸入して、水素社会を作るのもいいかもしれない。
ゆくゆくは、核融合技術をものにして、安定したエネルギーを確保することも重要だ。
我が国のエネルギー政策については、現実的な対応が必要だろう。
半世紀を超える実績の中で、様々な事故を乗り越え、再び商業運転を開始している。
エネルギーバランスとして、その時代に応じた割合と、相互利用を確保していく必要がある。
昼間節電して、夜貯めるとか、原子力を活用できる方策を進めていくことも肝要だ。
自然エネルギーの活用も進めなければならない。
物流のサイクルを小さくして、地産地消を推進することも一つの方策かもしれない。
大都市に原発を持ってくるというのは、かなり困難だろうが、もっと真剣に検討されていい。
そうすれば、原発の安全性についても、まともな議論が出来るだろう。
もちろん、廃棄物も大都市が引き受ける。
そこに住んでもいいという人が住む。
放射能がどうのこうのといっても、火星に比べれば遥かに少ない。
立地から100km以内は、そうやって管理する。
住みたい人だけ住めばいい。
まあ、そう簡単にはいかないだろうな。
これから、我が国は人口が減る。
少なくなる人口で国を回していかなければならない。
働き手は減って、穀潰しが増える。
それでも食っていけるような仕組みが必要だ。
都市に集めて効率的な社会を作っていかなければならない。
3000万人くらいに人口が減れば、この国土でも十分に暮らしていけるだろう。
そうなるのに、100年も掛からないに違いない。
(年齢別人口推移と高齢化率:中位推計:画像参照)
http://cocolomi.net/2013/11/13/%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E5%88%A5%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E6%8E%A8%E7%A7%BB%E3%81%A8%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96%E7%8E%87/
希望的観測たっぷり織り込み済みでも、4000万人である。
(地方都市のコンパクトシティ化が動き出した〜国が目指す将来の都市像とは〜:低位推計のグラフがある記事)
http://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_00147/
それを見据えて、エネルギー政策を作るべきだ。
国土交通省は、東京ー名古屋ー大阪以外は、人口減少を見込んでいる。
山間僻地の居住者は、地方都市に集約して、3大都市圏への急激な流入を阻止しようとしている。
一時的な防波堤を作りたいわけだ。
しかし、そこに大規模なインフラは作らない。
稼ぐ当てのない地域は、安楽死してもらうしかない。
3大都市圏だけにインフラを投下して、3000万人をそこに住まわせて、以上終わり!。
この国は、そういう国になろうとしている。
あと、たった100年だ。
その退縮の歴史の中で、原子力の「灯」は、次々と燈っていく。
あ、そういえば、1億総活躍社会とかいってたが、2500万人は、活躍しなくてもいいんだという突っ込みがあったが、2050年には1億切るからいいんじゃね?。
まあ、4割がジジババだが、がんばってもらわなけりゃな。
(伊方原発3号機 愛媛県知事が再稼働に同意:追加)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151026/k10010282601000.html
「世界で一番厳しいと言われる基準に合格した原発については再稼働を進めていくという考え方は変わらない」
うーん、定番ですな。
未だに完全復旧(というか、閉鎖というか)のめどが立っていない福島。
今日は、海側遮水壁が完成したという。
(福島第1の海側遮水壁完成 東電、汚染水対策)
http://www.47news.jp/CN/201510/CN2015102601001279.html
「遮水壁が完成しても放射性物質の海洋流出が完全に止まるわけではなく、東電は対策を続ける。」
遮水壁というから、完全に止まるかと思ってたんだがな。
(福島第一原発、汚染水の流出防ぐ「遮水壁」が完成)
http://www.j-cast.com/2015/10/26248866.html
「1日400トンから10トンまで抑えられると試算」
出口を絞って、流出量を抑えているだけ。
それでも、無いよりはいいんだろう。
たまたま、今日は原子力の日だ。
(原子力の日)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E3%81%AE%E6%97%A5
「1956年10月26日 - 日本が国際連合の専門機関の一つである国際原子力機関へ参加した。」
「1963年10月26日 - 茨城県東海村の日本原子力研究所の動力試験炉 (JPDR Japan Power Demonstration Reactor) が日本で初めての原子力発電に成功した。」
事故の後、一斉に止まった原発が再開されるたび、世界で最も厳しい基準をクリアしてるから安全だと、耳タコで聞かされているが、前はそうじゃなかんたんだろうか?。
災害の規模に見合った基準の見直しを行って、かさ上げした結果、他より厳しくなっただけ。
もともと、立地条件が厳しくて、原発に向かない沈み込み帯の島弧に作るんだから、厳しいのは当たり前で、自然災害に人知が及ばないのも、たぶん当たり前だ。
運転の結果生じる放射能廃棄物については、根本的な解決策は未だにない。
浮沈子は、それでも人類にとって原子力は必要なエネルギーだと思っている。
地面がグサグサの我が国に作るべきかどうかは別の話として、たとえば中国とかにどんどん作って、その成果物を受け取る形で我が国が利用できるのがいい。
水素の形で輸入して、水素社会を作るのもいいかもしれない。
ゆくゆくは、核融合技術をものにして、安定したエネルギーを確保することも重要だ。
我が国のエネルギー政策については、現実的な対応が必要だろう。
半世紀を超える実績の中で、様々な事故を乗り越え、再び商業運転を開始している。
エネルギーバランスとして、その時代に応じた割合と、相互利用を確保していく必要がある。
昼間節電して、夜貯めるとか、原子力を活用できる方策を進めていくことも肝要だ。
自然エネルギーの活用も進めなければならない。
物流のサイクルを小さくして、地産地消を推進することも一つの方策かもしれない。
大都市に原発を持ってくるというのは、かなり困難だろうが、もっと真剣に検討されていい。
そうすれば、原発の安全性についても、まともな議論が出来るだろう。
もちろん、廃棄物も大都市が引き受ける。
そこに住んでもいいという人が住む。
放射能がどうのこうのといっても、火星に比べれば遥かに少ない。
立地から100km以内は、そうやって管理する。
住みたい人だけ住めばいい。
まあ、そう簡単にはいかないだろうな。
これから、我が国は人口が減る。
少なくなる人口で国を回していかなければならない。
働き手は減って、穀潰しが増える。
それでも食っていけるような仕組みが必要だ。
都市に集めて効率的な社会を作っていかなければならない。
3000万人くらいに人口が減れば、この国土でも十分に暮らしていけるだろう。
そうなるのに、100年も掛からないに違いない。
(年齢別人口推移と高齢化率:中位推計:画像参照)
http://cocolomi.net/2013/11/13/%E5%B9%B4%E9%BD%A2%E5%88%A5%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E6%8E%A8%E7%A7%BB%E3%81%A8%E9%AB%98%E9%BD%A2%E5%8C%96%E7%8E%87/
希望的観測たっぷり織り込み済みでも、4000万人である。
(地方都市のコンパクトシティ化が動き出した〜国が目指す将来の都市像とは〜:低位推計のグラフがある記事)
http://www.homes.co.jp/cont/press/buy/buy_00147/
それを見据えて、エネルギー政策を作るべきだ。
国土交通省は、東京ー名古屋ー大阪以外は、人口減少を見込んでいる。
山間僻地の居住者は、地方都市に集約して、3大都市圏への急激な流入を阻止しようとしている。
一時的な防波堤を作りたいわけだ。
しかし、そこに大規模なインフラは作らない。
稼ぐ当てのない地域は、安楽死してもらうしかない。
3大都市圏だけにインフラを投下して、3000万人をそこに住まわせて、以上終わり!。
この国は、そういう国になろうとしている。
あと、たった100年だ。
その退縮の歴史の中で、原子力の「灯」は、次々と燈っていく。
あ、そういえば、1億総活躍社会とかいってたが、2500万人は、活躍しなくてもいいんだという突っ込みがあったが、2050年には1億切るからいいんじゃね?。
まあ、4割がジジババだが、がんばってもらわなけりゃな。
(伊方原発3号機 愛媛県知事が再稼働に同意:追加)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20151026/k10010282601000.html
「世界で一番厳しいと言われる基準に合格した原発については再稼働を進めていくという考え方は変わらない」
うーん、定番ですな。
見ても無駄 ― 2015年10月26日 19:33
見ても無駄
(東京モーターショーで見ても無駄なクルマは?)
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1510/26/news026.html
タイトルに釣られて、ついつい読んでしまったが、思いっきり突っ込みたいのをぐっと堪えて、ほほうと感心した点だけ書く。
「正直に言えば、燃料電池はまだまだ難しい。」
「大型トラックのタイヤ交換で毎年プロの整備士が何人も死んでいるが、それがたった20気圧かそこらの話だ。」
「中身の気体が何であれ、700気圧もあれば建物がひとつ吹き飛んでもおかしくない。」
うーん、浮沈子の構想だと、大型トラックに燃料電池が積まれるはずなんだがなあ・・・。
まあいい。
そういう懸念があるということは事実だ。
もちろん、ガソリンだって爆発物だが、ドライバーは、スタンドでセルフで入れてるがな(スタンドがテロで狙われたら、街ごと吹っ飛ぶかも)。
「つまり電気自動車は「絶対に電欠させない」という使い方以外では、どうしても利便性に制限がかかってくる。」
この人、ちゃんと分ってるな。
「規制のない日本で、わざわざ燃料電池車や電気自動車を買ってリスクを負うことはない」
浮沈子も、その通りだと思う。
「環境負荷と実用性、安全性のバランスが現状で最も優れているのはプラグインハイブリッドだ。」
うーん、この辺りから怪しい感じがするな。
「プラグインハイブリッドは、基本的には電気自動車の仲間だ。」
そうなのかあ?。
「電池があるうちは電気だけで走り、電池が切れるとエンジンが始動して普通のハイブリッドになる。」
ハイブリッドは、基本的にはガソリン車だから、浮沈子は、これは単なるハイブリッド車に過ぎないように見えるんだがな。
運用形態によっても違ってくるが、電気で走っているときは、純粋な電気自動車より非効率(ガソリンとか、エンジンとか積んでるしな)だし、エンジン中心で走っているならガソリン車(=いわゆるハイブリット車)より燃費は悪い(余分な電池を積んでることになるしな)・・・。
実際には、美味しいところは限られているんじゃなかろうか?。
それに、結局、電気が潤沢にないところでは、ガソリン車としてしか走らないわけだし。
これを、電気自動車の仲間に入れるのは、形式はともかく、実態が伴っていないような気がする。
エンジンを、発電機としてしか使わないⅰ3のような方式なら、まあ、100歩譲って電気自動車でもいいか。
まあ、どうでもいいんですが。
「東京モーターショーで注目すべきパワープラントは第一にプラグインハイブリッドだ。」
まあ、そういうことにしておいてもいい。
浮沈子は、寛容なのだ。
「もう1つ、重要なユニットがある。」
おおっ!、とうとう出たか、ディーゼル車!?。
「これから爆発的に増える自動車のほとんどは小排気量のガソリンエンジンであり、本気で環境負荷を考えるなら小排気量ガソリンエンジンの環境性能を上げるしか出口ない。」
でもねえ、世界最大の自動車会社は、単体のガソリンエンジン車は、これから作らないようにしようって言ってるんだがなあ・・・。
「地味かもしれないが、これからの自動車社会をしっかり見据えた実のあるクルマにこそ、本当の未来は宿っているのだ。」
その考えは正しいし、トヨタ以外のメーカーは、ターボ付きの(付いてないのも含めて)小排気量エンジンを磨いていくことになるだろう。
「本当の未来は地味かもしれないが、これからの自動車社会をしっかり見据えた実のある中身にこそ宿っているのだ。」
しかし、我が国(一応、先進国)のモーターショーで、我が国ではあまり売れないクルマを見ても仕方ないだろうと思うんだがな。
売り出される可能性のないショーモデルは、見ても無駄だという観点には一理ある。
それは、人それぞれだろうし、浮沈子も分からないではない。
しかし、クルマに夢や憧れを与え、それを付加価値として選ぶということはあっていいように思う。
全てのクルマが、コンパクトカーやワンボックスではない。
現に、スポーツカーには関心を寄せてるようだしな。
コモディティー化したクルマに、新たな価値を与えたり、本来の姿に立ち返って関心を高めてもらうショーカーにだって、一見の価値はあるだろう。
見に行く人々は、業界の方でもなければ、自動車評論家でもない。
クルマに夢を託し、これから出てくるクルマの方向性を見定めに行くわけだ。
発売が決まったクルマを見に行くなら、2年も待たなくても、近所のディーラーに行けばいい。
モーターショーは、ディーラーのショールームじゃないんだ。
たぶん、この記事を書いている方は、そんなことは100も承知で、敢えてジミーなクルマに注目すべきだと言いたいんだろうし、浮沈子も、その視点には大いに賛成する。
まあ、ちっと短絡しているところはあるけどな。
VWでケチをつけたが、ディーゼル技術が乗用車の現実的な解になるかもしれない。
環境負荷という点では、NOxを重視するのか、CO2に重きを置くのかで変わってくるが、大型ディーゼルエンジンの環境負荷低減と併せて、技術の共有を図ることができれば、実質的な貢献は大きいかもしれない。
これからモータリゼーションが展開する地域については、最新の技術を低コストで提供するというタイトロープを渡ることになる。
その具体的な展開について、トヨタはハイブリッドを選択した。
スズキは、今のところ小型ガソリンエンジンらしいが、独自のマイルドハイブリッド技術も持っているので、今後の展開は分からない。
(コンパクトカーにふさわしい、ハイブリッドシステムを。)
http://www.suzuki.co.jp/car/solio/performance_eco/
トヨタに追随する可能性だってある。
発展途上国だから、規制が掛からないとは限らんしな。
まあ、我が国の大型ディーゼルエンジンだって、その意味じゃあ発展途上国並みかもしれない。
発展途上国だって、これからは、ハイブリッドを基礎として、そこから出発するようになる。
もちろん、エンジン単体の燃費を上げなければならないのは、ハイブリッドもプラグインハイブリッドも同じだ。
所詮は、ガソリンエンジン車だから。
冒頭チラッと出てくるTNGAについては、こんな記事がある。
(TNGAって何? トヨタの新世代プラットフォームに迫る)
http://www.carsensor.net/contents/editor/_30847.html
「開発に参画した関係者が「別に新しいことはやっていない」と言い放つように、TNGAの一環でプラットフォームは刷新されるものの、構造は従来と変わらないわけだ。」
「スクープ班が予想する3つのポイント」
「1つはコストダウンだ。」
「改善ポイントの2点目は、電子プラットフォームの刷新だ。」
「残る3点目の狙いは軽量化だ。」
ふーん、とすると、「しかし本当に気になるのはTNGAによって実現されるという高次元のハンドリングと動力性能だ」とか、「KIKAIに至っては何がしたいか分からない。こういうものならば、むしろTNGAの各構成ユニットで作ってもらいたい。」というのは、全く的外れもいいところだな。
クルマ作りの目に見えない部分、ドライバーに、それと感じさせないところでの高度化ということになる。
コンセプトは重要だが、それがコンシューマーに訴求するようなものでないことは確かだ。
消費者には、夢と価格と使い勝手の良さが全てだろう。
価格と使い勝手は、近所のディーラーでなければ確認できない。
東京モーターショーで見るべきなのは、業界人が気になるクルマではなく、よその国で売れる車でもなく、自分自身が気になるクルマだ。
浮沈子は、トヨタKIKAIだけ見に行く。
それの、どこが悪い?。
(東京モーターショーで見ても無駄なクルマは?)
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1510/26/news026.html
タイトルに釣られて、ついつい読んでしまったが、思いっきり突っ込みたいのをぐっと堪えて、ほほうと感心した点だけ書く。
「正直に言えば、燃料電池はまだまだ難しい。」
「大型トラックのタイヤ交換で毎年プロの整備士が何人も死んでいるが、それがたった20気圧かそこらの話だ。」
「中身の気体が何であれ、700気圧もあれば建物がひとつ吹き飛んでもおかしくない。」
うーん、浮沈子の構想だと、大型トラックに燃料電池が積まれるはずなんだがなあ・・・。
まあいい。
そういう懸念があるということは事実だ。
もちろん、ガソリンだって爆発物だが、ドライバーは、スタンドでセルフで入れてるがな(スタンドがテロで狙われたら、街ごと吹っ飛ぶかも)。
「つまり電気自動車は「絶対に電欠させない」という使い方以外では、どうしても利便性に制限がかかってくる。」
この人、ちゃんと分ってるな。
「規制のない日本で、わざわざ燃料電池車や電気自動車を買ってリスクを負うことはない」
浮沈子も、その通りだと思う。
「環境負荷と実用性、安全性のバランスが現状で最も優れているのはプラグインハイブリッドだ。」
うーん、この辺りから怪しい感じがするな。
「プラグインハイブリッドは、基本的には電気自動車の仲間だ。」
そうなのかあ?。
「電池があるうちは電気だけで走り、電池が切れるとエンジンが始動して普通のハイブリッドになる。」
ハイブリッドは、基本的にはガソリン車だから、浮沈子は、これは単なるハイブリッド車に過ぎないように見えるんだがな。
運用形態によっても違ってくるが、電気で走っているときは、純粋な電気自動車より非効率(ガソリンとか、エンジンとか積んでるしな)だし、エンジン中心で走っているならガソリン車(=いわゆるハイブリット車)より燃費は悪い(余分な電池を積んでることになるしな)・・・。
実際には、美味しいところは限られているんじゃなかろうか?。
それに、結局、電気が潤沢にないところでは、ガソリン車としてしか走らないわけだし。
これを、電気自動車の仲間に入れるのは、形式はともかく、実態が伴っていないような気がする。
エンジンを、発電機としてしか使わないⅰ3のような方式なら、まあ、100歩譲って電気自動車でもいいか。
まあ、どうでもいいんですが。
「東京モーターショーで注目すべきパワープラントは第一にプラグインハイブリッドだ。」
まあ、そういうことにしておいてもいい。
浮沈子は、寛容なのだ。
「もう1つ、重要なユニットがある。」
おおっ!、とうとう出たか、ディーゼル車!?。
「これから爆発的に増える自動車のほとんどは小排気量のガソリンエンジンであり、本気で環境負荷を考えるなら小排気量ガソリンエンジンの環境性能を上げるしか出口ない。」
でもねえ、世界最大の自動車会社は、単体のガソリンエンジン車は、これから作らないようにしようって言ってるんだがなあ・・・。
「地味かもしれないが、これからの自動車社会をしっかり見据えた実のあるクルマにこそ、本当の未来は宿っているのだ。」
その考えは正しいし、トヨタ以外のメーカーは、ターボ付きの(付いてないのも含めて)小排気量エンジンを磨いていくことになるだろう。
「本当の未来は地味かもしれないが、これからの自動車社会をしっかり見据えた実のある中身にこそ宿っているのだ。」
しかし、我が国(一応、先進国)のモーターショーで、我が国ではあまり売れないクルマを見ても仕方ないだろうと思うんだがな。
売り出される可能性のないショーモデルは、見ても無駄だという観点には一理ある。
それは、人それぞれだろうし、浮沈子も分からないではない。
しかし、クルマに夢や憧れを与え、それを付加価値として選ぶということはあっていいように思う。
全てのクルマが、コンパクトカーやワンボックスではない。
現に、スポーツカーには関心を寄せてるようだしな。
コモディティー化したクルマに、新たな価値を与えたり、本来の姿に立ち返って関心を高めてもらうショーカーにだって、一見の価値はあるだろう。
見に行く人々は、業界の方でもなければ、自動車評論家でもない。
クルマに夢を託し、これから出てくるクルマの方向性を見定めに行くわけだ。
発売が決まったクルマを見に行くなら、2年も待たなくても、近所のディーラーに行けばいい。
モーターショーは、ディーラーのショールームじゃないんだ。
たぶん、この記事を書いている方は、そんなことは100も承知で、敢えてジミーなクルマに注目すべきだと言いたいんだろうし、浮沈子も、その視点には大いに賛成する。
まあ、ちっと短絡しているところはあるけどな。
VWでケチをつけたが、ディーゼル技術が乗用車の現実的な解になるかもしれない。
環境負荷という点では、NOxを重視するのか、CO2に重きを置くのかで変わってくるが、大型ディーゼルエンジンの環境負荷低減と併せて、技術の共有を図ることができれば、実質的な貢献は大きいかもしれない。
これからモータリゼーションが展開する地域については、最新の技術を低コストで提供するというタイトロープを渡ることになる。
その具体的な展開について、トヨタはハイブリッドを選択した。
スズキは、今のところ小型ガソリンエンジンらしいが、独自のマイルドハイブリッド技術も持っているので、今後の展開は分からない。
(コンパクトカーにふさわしい、ハイブリッドシステムを。)
http://www.suzuki.co.jp/car/solio/performance_eco/
トヨタに追随する可能性だってある。
発展途上国だから、規制が掛からないとは限らんしな。
まあ、我が国の大型ディーゼルエンジンだって、その意味じゃあ発展途上国並みかもしれない。
発展途上国だって、これからは、ハイブリッドを基礎として、そこから出発するようになる。
もちろん、エンジン単体の燃費を上げなければならないのは、ハイブリッドもプラグインハイブリッドも同じだ。
所詮は、ガソリンエンジン車だから。
冒頭チラッと出てくるTNGAについては、こんな記事がある。
(TNGAって何? トヨタの新世代プラットフォームに迫る)
http://www.carsensor.net/contents/editor/_30847.html
「開発に参画した関係者が「別に新しいことはやっていない」と言い放つように、TNGAの一環でプラットフォームは刷新されるものの、構造は従来と変わらないわけだ。」
「スクープ班が予想する3つのポイント」
「1つはコストダウンだ。」
「改善ポイントの2点目は、電子プラットフォームの刷新だ。」
「残る3点目の狙いは軽量化だ。」
ふーん、とすると、「しかし本当に気になるのはTNGAによって実現されるという高次元のハンドリングと動力性能だ」とか、「KIKAIに至っては何がしたいか分からない。こういうものならば、むしろTNGAの各構成ユニットで作ってもらいたい。」というのは、全く的外れもいいところだな。
クルマ作りの目に見えない部分、ドライバーに、それと感じさせないところでの高度化ということになる。
コンセプトは重要だが、それがコンシューマーに訴求するようなものでないことは確かだ。
消費者には、夢と価格と使い勝手の良さが全てだろう。
価格と使い勝手は、近所のディーラーでなければ確認できない。
東京モーターショーで見るべきなのは、業界人が気になるクルマではなく、よその国で売れる車でもなく、自分自身が気になるクルマだ。
浮沈子は、トヨタKIKAIだけ見に行く。
それの、どこが悪い?。

最近のコメント