戦後70年(来年)2014年06月03日 04:19

戦後70年(来年)
戦後70年(来年)


来年は、西暦でいうと2015年で、1945年の終戦から70年に当たる。

天皇陛下がパラオに行くかも知れない。

(戦後70年 両陛下のパラオなど訪問を検討)
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140602/t10014918691000.html

浮沈子などは、罰当たりなので、パラオで沈んだイロウ丸に潜っては、ギンガメアジの大群に興奮してしまったりするが、猛省を要するな。

今上陛下は、家業とはいえ、天皇という地位に就いて来年で27年になるわけだ。

その間、戦後50年、60年と節目の年に、各地を回られて慰霊をされている。

若い頃は、喧嘩っ早かったらしいが、さすがにお歳を召されてそのようなことはないようだな(不敬罪かあ?)。

まあいい。

浮沈子は、海外の慰霊に回りたいという意向が強いということを聞いて、素直に感心する。

だって、自分が引き起こしたわけでもない戦争の結果を、国民の代表(象徴?)として受け止め、慰霊をされるわけだろう?。

外交上の事情もあって、韓国や北朝鮮、台湾、ロシアには行くことができないでいるが、もしも可能ならば旧日本軍が進出した全ての国々に赴いて、日本人を含めた全ての人々の慰霊を行いたいと思っているはずだ。

東南アジアには既に行かれている。

(東南アジア諸国ご訪問(平成3年))
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gaikoku/h03seasia/eev-h03-seasia.html

(外国ご訪問のご日程)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gonittei01.html#GAIKOKU

しかし、慰霊の訪問はサイパンだけだ。

中国や米国(ハワイ含む)訪問の際も、慰霊の式典は行われていない。

浮沈子は、外交のことは詳しくないが、相手国の軍人が葬られている墓地を訪れるのは、慣例によるのだろう。

その点で、サイパン訪問は、異例中の異例である。

来年、パラオの訪問が実現すれば(発表したっちゅうことは、するでしょう!)、2か所目になる。

日程を見ても、そのためだけに行ったことが分かる。

(天皇皇后両陛下のアメリカ合衆国自治領北マリアナ諸島サイパン島御訪問について)
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/gaikoku/h17america/eev-h17-america.html

1泊2日だ。

ダイビングをするわけじゃなし(しないでしょ!)、往って帰ってきただけのようなもんだ。

それでも、行きたかったのだろうし、行くべきだと強く思っていたのだろう。

パラオは、サイパンと共に我が国の太平洋地域の拠点のひとつだった。

南洋庁は、パラオにあったわけだし。

(南洋庁)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E6%B4%8B%E5%BA%81

「南洋庁(なんようちょう)は、ヴェルサイユ条約によって日本の委任統治領となった南洋群島(内南洋)に設置された施政機関。所在地はパラオ諸島のコロール島。その下に支庁が置かれた。1922年に開設され、1945年の太平洋戦争敗戦時に事実上消滅した。」

天皇陛下は、1933年生まれだから、終戦は11歳で迎えたわけだ(もちろん、皇太子の時代)。

多感な時期である。

ひょっとしたら、戦争犯罪人の直系男子(しかも、長男!)ということになって、世が世なら命がなかったかもしれない。

いやあ、国家元首なんかの家系になんか生まれるもんじゃないな。

その後も、我が国の皇室を巡っては、国民の間に様々な議論があった。

浮沈子は、明人天皇自身が、太平洋諸国に慰霊に行きたいと願っている気持ちが分からなくはない。

中国や韓国などへの慰霊ということになると、もう、浩宮徳仁親王の時代になってしまうだろう。

現在の皇太子は、浮沈子よりも2歳若いので、戦争の記憶などはもちろんない。

自らが望んで慰霊をするということはないだろう。

サイパン行ったら、ダイビングするかもしれない(しません!)。

パラオのイロウ丸には、未だに回収されていない遺骨が沈んでいるという話も聞いた。

水深40mくらいなので、回収できないわけではないだろうが、いろいろ事情があるのだろう。

NHKの記事には、「パラオなど」とあり、パラオと同じく日本政府によって戦没者慰霊碑が建てられているマーシャル諸島のマジュロにも行く可能性がある。

(ペリリュー平和記念公園:パラオはたぶんここ)
http://www.tsuru.ac.jp/~omori/palau/peleliu.htm#park

(西太平洋戦没者の碑:ペリリュー平和記念公園内:画像参照)
http://www.mhlw.go.jp/bunya/engo/seido01/ireihi09.html

(マジュロ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%AD

(東太平洋戦没者の碑:マジュロ)
http://www.nippon-izokukai.jp/2010/11/11/%E6%9D%B1%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E6%B4%8B%E6%88%A6%E6%B2%A1%E8%80%85%E3%81%AE%E7%A2%91-2/?last_cat=15

このページを見ると、世界には各地に政府建立の戦没者慰霊碑があることがわかる。

「政府建立慰霊碑:
・ボルネオ戦没者の碑:マレーシアサバ州ラブアン市
・東太平洋戦没者の碑:マーシャル諸島共和国マジュロ島
・硫黄島戦没者の碑:小笠原諸島・硫黄島
・比島戦没者の碑:フィリピンルソン島カリラヤ
・中部太平洋戦没者の碑:マリアナ諸島サイパン島マッピ
・南太平洋戦没者の碑:パプアニューギニア・ビスマルク諸島・ニューブリテン島
・ニューギニア戦没者の碑:パプアニューギニア・ウエワク半島台上
・ビルマ平和記念碑:ミャンマー・ヤンゴン
・日本人死亡者慰霊碑:ロシア連邦・ハバロフスク市
・樺太・千島戦没者慰霊碑:ロシア連邦・サハリン州樺太(スミルヌイフ地区)
・日本人死亡者慰霊碑:モンゴル・ウランバートル市
・国立沖縄戦没者墓苑:縄県糸満市摩文仁の平和記念公園内」

たぶん、政府専用機で羽田から行くだろうから、煩わしいグアムでの乗り継ぎなんかないわけだ。

仕事とはいえ、ちょっと羨ましい。

平民の浮沈子とは違う(当然です!)。

東京から南東に約4000km、グアムの東である。

宮内庁と外務省は、いろいろ調整しているのだろう。

どっちから行こうかとか。

まあ、どうでもいいんですが。

大変畏れ多い話だが、ひょっとすると天皇陛下の最後の外国訪問になる可能性も、ないとはいえない。

少なくとも、戦後80年の記念の年には、外遊はできないだろう。

その意味では、来年のパラオ訪問が、慰霊の旅としては、最後のチャンスなわけだ。

自らの足で訪れ、花を手向けたいと願っている気持ちを考えると、お役人には頑張ってもらわないといかんな。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
kfujitoの徒然の筆者のペンネームは、
「○○子」です。
○○を記入してください。

コメント:

トラックバック