なごり雪 ― 2013年02月02日 20:10
なごり雪
画像は、今日の午後4時頃の箱根大観山のレストラン2階のトイレ(これが、綺麗なんですよ!)から撮った、芦ノ湖辺りの写真。
手前には、融け残った雪が白く見えている。
ガラスの映りこみで分かるように、アンドロイド(N8000Ⅱ)での撮影。
約1000メートルの標高の気温は8度。
麓とは10度程違うが、春のような暖かさである。
残念ながら、4時半まで粘ったが、富士山は見えなかった。
前回、小田原厚木道路でお縄になっているので、今回は用心して「セダン」を追い越すときは、減速してナンバーとか、車種とか、搭乗員を確認のうえで踏み抜く。
(イルカ 「なごり雪」:動画出ます)
http://www.youtube.com/watch?v=4IT_ZHGsQXw
1975年とある。
38年前、青春真っ盛りの頃。
身体に染み付いている歌である。ハスキーだが良く響く声は、今聴いても透明感に溢れている。
しかし、イルカって、この頃と殆んど変わっていないというのは驚異だ!(だいぶ太ったけど)。
「時がゆけば、幼い君も」バ○アになると気付かないまま・・・。
失礼!(調子乗りすぎ・・・)。
話を戻そう・・・。
ボクスターは、ぐずることもなく、快音を響かせながらターンパイクを駆け上がっていく。
作業車両を1台追い抜いた他は、ほぼクリアラップだったが、別にタイムを計測するのが目的ではない。
エンジンに思い切りガソリンと空気を食わせて、本来の性能を発揮させてやるためだ。2速、3速をマニュアルで切り替えながら、5000回転以上をキープする。
気持ちよーく吹けるボクサー6は、何のストレスもない。サスペンションも滑らかに仕事をしている。
下道メインの今回の給油は、リッター6.5kmと平凡な値。
帰りの道も東名は渋滞なしで、首都高で15分ほど環状線への合流に手間取っただけ。
走ることを目的とするクルマ、いや、走ること「だけ」を目的とするクルマである「スポーツカー」。
「人間が考案した施設や技術、ルールに則って営まれる、遊戯・競争・肉体鍛錬の要素を含む身体や頭脳を使った行為」である「スポーツ」の要素が、確かにある。
往復で3時間も座っていながら、身体のどこかが痛くなるようなこともない、よく出来たシートに座って、ハンドルをくるくる回したり、ペダルをぺたぺた踏んでいるだけなのだが、頭の中は大忙しである。
集中する。他の事を考えずに、ひたすら夢中になる。
人間である証し、人間の証明である。
500Eもいいが、こういうシーンでは、明らかにボクスターに軍配が上がる。絶対的なスピードや、加速ではない。横Gでも、ブレーキングパワーでもない。
「快感力」とでもいうのだろうか。
BRZを試乗したときにも感じた、あのワクワク感、ドキドキ感、程好く抑制された熱い思いが、走りの隅々に迸る。
500Eでも、それを引き出すことは可能かもしれないが、首都高の側壁と仲良くなる確率は高い。
安全にスピード「感」を味わい、横Gに酔い、ブレーキングに痺れる。素のボクスター(2003年モデル)は、実に美味しい。
その良さを、心ゆくまで堪能した午後だった。
画像は、今日の午後4時頃の箱根大観山のレストラン2階のトイレ(これが、綺麗なんですよ!)から撮った、芦ノ湖辺りの写真。
手前には、融け残った雪が白く見えている。
ガラスの映りこみで分かるように、アンドロイド(N8000Ⅱ)での撮影。
約1000メートルの標高の気温は8度。
麓とは10度程違うが、春のような暖かさである。
残念ながら、4時半まで粘ったが、富士山は見えなかった。
前回、小田原厚木道路でお縄になっているので、今回は用心して「セダン」を追い越すときは、減速してナンバーとか、車種とか、搭乗員を確認のうえで踏み抜く。
(イルカ 「なごり雪」:動画出ます)
http://www.youtube.com/watch?v=4IT_ZHGsQXw
1975年とある。
38年前、青春真っ盛りの頃。
身体に染み付いている歌である。ハスキーだが良く響く声は、今聴いても透明感に溢れている。
しかし、イルカって、この頃と殆んど変わっていないというのは驚異だ!(だいぶ太ったけど)。
「時がゆけば、幼い君も」バ○アになると気付かないまま・・・。
失礼!(調子乗りすぎ・・・)。
話を戻そう・・・。
ボクスターは、ぐずることもなく、快音を響かせながらターンパイクを駆け上がっていく。
作業車両を1台追い抜いた他は、ほぼクリアラップだったが、別にタイムを計測するのが目的ではない。
エンジンに思い切りガソリンと空気を食わせて、本来の性能を発揮させてやるためだ。2速、3速をマニュアルで切り替えながら、5000回転以上をキープする。
気持ちよーく吹けるボクサー6は、何のストレスもない。サスペンションも滑らかに仕事をしている。
下道メインの今回の給油は、リッター6.5kmと平凡な値。
帰りの道も東名は渋滞なしで、首都高で15分ほど環状線への合流に手間取っただけ。
走ることを目的とするクルマ、いや、走ること「だけ」を目的とするクルマである「スポーツカー」。
「人間が考案した施設や技術、ルールに則って営まれる、遊戯・競争・肉体鍛錬の要素を含む身体や頭脳を使った行為」である「スポーツ」の要素が、確かにある。
往復で3時間も座っていながら、身体のどこかが痛くなるようなこともない、よく出来たシートに座って、ハンドルをくるくる回したり、ペダルをぺたぺた踏んでいるだけなのだが、頭の中は大忙しである。
集中する。他の事を考えずに、ひたすら夢中になる。
人間である証し、人間の証明である。
500Eもいいが、こういうシーンでは、明らかにボクスターに軍配が上がる。絶対的なスピードや、加速ではない。横Gでも、ブレーキングパワーでもない。
「快感力」とでもいうのだろうか。
BRZを試乗したときにも感じた、あのワクワク感、ドキドキ感、程好く抑制された熱い思いが、走りの隅々に迸る。
500Eでも、それを引き出すことは可能かもしれないが、首都高の側壁と仲良くなる確率は高い。
安全にスピード「感」を味わい、横Gに酔い、ブレーキングに痺れる。素のボクスター(2003年モデル)は、実に美味しい。
その良さを、心ゆくまで堪能した午後だった。
四つ目 ― 2013年02月02日 22:13
四つ目
画像はパガーニ・ウアイラである。
(走る宝石)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/11/15/6634184
前にも取り上げたのだが、ここでは違った観点から考察する。
その前に、これを!。
(【ビデオ】パガーニ「ウアイラ」が『トップギア』で最速ラップを更新!)
http://jp.autoblog.com/2013/01/30/pagani-huayra-sets-new-top-gear-test-track-record-in-season-prem/
トップギア特設コースを、カウンター当てながらぶっ飛ばすウアイラの動画に痺れる!。
でだ、この最速のスーパーカーのフロントデザインを見て、ピンと来た。
エヴァ2号機に、似ている!!。
(◆エヴァンゲリオン2号機の項を参照)
http://nameniku.blog71.fc2.com/blog-entry-783.html
あんま、似てない?。
四つ目というのがキーワードである。
ウアイラは横四つ目、エヴァは縦四つ目である。
四つ目で検索して、いくつかネタを仕入れた。
(教訓 185. 知恵は集めて利用すべし。)
http://www.wa.commufa.jp/~anknak/kyoukun185.htm
「 Four (or Two) eyes see more than two (or one).《四つ(二つ)の目の方が二つ(一つ)よりよく見える》」とある。
三人寄れば姦しい、じゃなくって文殊の知恵。
(鬼・鬼・・四つ目、方相氏)
http://kyotosukinano.blog51.fc2.com/blog-entry-606.html
(追儺(ついな))
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%BD%E5%84%BA
(方相氏、追儺式と節分)
http://www.hi-ho.ne.jp/kyoto/setubun-3.html
方相氏という鬼退治(桃太郎のようなものか?)の顔にも、4つの目が付いている。
節分に関係あるので、図らずもタイムリーな記事になったが、「四つの目」といえば、浮沈子の世代ではNHKの番組。
(四つの目)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%9B%AE
「通常の撮影による「肉眼の目」、高速度撮影や微速度撮影による「時間の目」、顕微鏡や望遠鏡などによる「拡大の目」、X線撮影による「透視の目」を意味する。」とある。
懐かしい話だ。1966年から72年だそうである。40年以上昔のことになる。
一つ目、三つ目というのは良く聞くが、四つ目というのは、あまり聞かない。
ウアイラのデザインでは、左右に完全に分離した縦長のヘッドライトが付いている。
先代のゾンダ以外に、同様のデザインを思い出すことが出来ない。ユニークであり、斬新だ。
このクルマは、なんとフェンダーミラーでもある。木の葉のようなミラーの形状も、今までの車には見られないオーガニックなデザインである。
オーガニックといえば、このクルマはフロントやリアのウイング(フラップ?)がウニウニと動いて、空力によるコントロールを行う。ヴェイロンなどではお馴染みだが、動画で見ると、まるで生きているような不気味な動きである。
4本のタイヤが地面に接地しているという点では、普通のクルマなのだが、それ以外は既に別物になっているのではないか。
サスペンションも、ブレーキも、エンジンやハンドルも、空力コントロールも、人間が「機械」をコントロールするのではなく、コンピューターに指示を出し、そのコンピューターが「機械」であるクルマをコントロールする。
あたかも、人間が「機械」を直接コントロールしているように。
そのリアル感が忠実であればあるほど、「機械」に乗り慣れた自動車評論家は「いいクルマ」と評価するのかもしれないが、そのうち人間などという「不埒な存在」を介入させずに運転するほうが「安全」だからという理由で、ドライバーを排除する方向に進むのではないか。
ウアイラは、まだ人間の介入を許している。やがて、ドライブという人間固有の行動様式が、コンピューターに取って代わられ、人間は「貨物」として運ばれるだけの存在になる日が来るに違いない。
ウアイラという「方相氏」が退治しようとしているのは、一体何なのだろうか?。
画像はパガーニ・ウアイラである。
(走る宝石)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/11/15/6634184
前にも取り上げたのだが、ここでは違った観点から考察する。
その前に、これを!。
(【ビデオ】パガーニ「ウアイラ」が『トップギア』で最速ラップを更新!)
http://jp.autoblog.com/2013/01/30/pagani-huayra-sets-new-top-gear-test-track-record-in-season-prem/
トップギア特設コースを、カウンター当てながらぶっ飛ばすウアイラの動画に痺れる!。
でだ、この最速のスーパーカーのフロントデザインを見て、ピンと来た。
エヴァ2号機に、似ている!!。
(◆エヴァンゲリオン2号機の項を参照)
http://nameniku.blog71.fc2.com/blog-entry-783.html
あんま、似てない?。
四つ目というのがキーワードである。
ウアイラは横四つ目、エヴァは縦四つ目である。
四つ目で検索して、いくつかネタを仕入れた。
(教訓 185. 知恵は集めて利用すべし。)
http://www.wa.commufa.jp/~anknak/kyoukun185.htm
「 Four (or Two) eyes see more than two (or one).《四つ(二つ)の目の方が二つ(一つ)よりよく見える》」とある。
三人寄れば姦しい、じゃなくって文殊の知恵。
(鬼・鬼・・四つ目、方相氏)
http://kyotosukinano.blog51.fc2.com/blog-entry-606.html
(追儺(ついな))
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BF%BD%E5%84%BA
(方相氏、追儺式と節分)
http://www.hi-ho.ne.jp/kyoto/setubun-3.html
方相氏という鬼退治(桃太郎のようなものか?)の顔にも、4つの目が付いている。
節分に関係あるので、図らずもタイムリーな記事になったが、「四つの目」といえば、浮沈子の世代ではNHKの番組。
(四つの目)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%9B%AE
「通常の撮影による「肉眼の目」、高速度撮影や微速度撮影による「時間の目」、顕微鏡や望遠鏡などによる「拡大の目」、X線撮影による「透視の目」を意味する。」とある。
懐かしい話だ。1966年から72年だそうである。40年以上昔のことになる。
一つ目、三つ目というのは良く聞くが、四つ目というのは、あまり聞かない。
ウアイラのデザインでは、左右に完全に分離した縦長のヘッドライトが付いている。
先代のゾンダ以外に、同様のデザインを思い出すことが出来ない。ユニークであり、斬新だ。
このクルマは、なんとフェンダーミラーでもある。木の葉のようなミラーの形状も、今までの車には見られないオーガニックなデザインである。
オーガニックといえば、このクルマはフロントやリアのウイング(フラップ?)がウニウニと動いて、空力によるコントロールを行う。ヴェイロンなどではお馴染みだが、動画で見ると、まるで生きているような不気味な動きである。
4本のタイヤが地面に接地しているという点では、普通のクルマなのだが、それ以外は既に別物になっているのではないか。
サスペンションも、ブレーキも、エンジンやハンドルも、空力コントロールも、人間が「機械」をコントロールするのではなく、コンピューターに指示を出し、そのコンピューターが「機械」であるクルマをコントロールする。
あたかも、人間が「機械」を直接コントロールしているように。
そのリアル感が忠実であればあるほど、「機械」に乗り慣れた自動車評論家は「いいクルマ」と評価するのかもしれないが、そのうち人間などという「不埒な存在」を介入させずに運転するほうが「安全」だからという理由で、ドライバーを排除する方向に進むのではないか。
ウアイラは、まだ人間の介入を許している。やがて、ドライブという人間固有の行動様式が、コンピューターに取って代わられ、人間は「貨物」として運ばれるだけの存在になる日が来るに違いない。
ウアイラという「方相氏」が退治しようとしているのは、一体何なのだろうか?。


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