繰り返される事故 ― 2017年02月26日 07:51
繰り返される事故
NASAの死亡事故を調べていて、あることに気づく。
・1958年7月:NASAの設立(追加)
↓(9年後)
・1967年2月:アポロ1号
↓(19年後)
・1086年1月:チャレンジャー号
↓(17年後)
・2003年1月:コロンビア号
↓(18年後?)
・2021年1月?:EM-2?
いやいや、そんなことはない(たぶん)。
しかし、ほぼ20年毎に大規模な事故が起こっているというのは、ちょっとビビる話だ。
これって、単なる偶然なのか、それとも、何か理由があるんだろうか。
(20年毎の韓国旅客船事故,繰り返される過積載)
http://fukunan-blog.cocolog-nifty.com/fukunanblog/2014/04/20-53e7.html
「・南営(ナムヨン)号沈没事故(1970年12月15日),発生場所:対馬の西100km付近の海上,6人救助(日本の漁船による),死者326人
・西海(ソヘ)フェリー沈没事故(1993年10月10日),発生場所:韓国全羅北道扶安郡蝟島沖の黄海,死者行方不明者292人」
「過積載が一因の旅客船沈没事故が,ほぼ20年おきに発生している。だが,周期性があるように見えるのは単なる偶然」
「韓国の旅客船業界では過積載があたりまえ,ケンチャナヨ状態なのではなかろうか。」
はて、ケンチャナヨとは?。
(ケンチャナヨ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8A%E3%83%A8
「最近では、「直ちに問題は無い」の表現が「ケンチャナヨ」と韓訳されている。」
ははあ、そういえば、NASAでも、基準違反がまかり通っていたと書いてあったなあ。
事故が起きて、せっかくルールを改定したり、それを徹底させるための組織を作っても、やがて風化し、元の木阿弥となり、カオスと化し、再び事故の温床になる。
好事魔多し。
事故につながる原因は、そこいらじゅうにあって、確率的に必ず事故は起こる。
記事にもある、ハインリッヒの法則だ。
(ハインリッヒの法則)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
「労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。」
人間が関与する限り、その特性に応じて事故が起こる。
だから、機械的な事故を如何に極小化しても、その構造は変わらない。
機械が所管する部分が肥大するだけで、その機械を管理する人間側がミスを犯すからだ。
人間側の管理が高度化しても、その範疇での事故の構造は変わらない。
しかも、一人の人間が所管する範囲は膨大になっていくので、いったん事故が発生した場合の被害は拡大する一方だ。
人間の関与を徹底的に排除するか、人間自体を改造するか。
時間の与える影響も考慮する必要があるな。
組織の中では、一次的な経験が維持される時間というものがある。
その人間が職場を去ってしまったら、一次的経験値は失われる。
教育やルールの徹底などでは、決して維持することができない、決定的な何かが失われる。
肝を冷やし、膝がガクガク震え、目の前が真っ暗になるような経験をしなければ、二度と起こすまいという鉄の決意は生まれないのだ。
「20年毎 事故」で検索したら、以下の記事が引っかかった。
(技術者倫理とリスクマネジメント -事故はどうして防げなかったのか?-:この書籍内での20年毎 事故の検索結果)
https://books.google.co.jp/books?id=M1p3fGsAU8AC&pg=PA132&lpg=PA132&dq=%EF%BC%92%EF%BC%90%E5%B9%B4%E6%AF%8E+%E4%BA%8B%E6%95%85&source=bl&ots=CrCV_zocfo&sig=id0AGORN31dYxG0nW8gHRXXzQRc&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjE0fGmlqzSAhVIVbwKHTAaA-IQ6AEILTAD#v=onepage&q=%EF%BC%92%EF%BC%90%E5%B9%B4%E6%AF%8E%20%E4%BA%8B%E6%95%85&f=false
「(3)教訓
設計当時の事情や背景を知らないものにとって、旧設備には不合理に思えることがあるが、そこには先人の知恵があると思って、その理由を考えることが必要である。」
「技術は過去の失敗の上に今日がある。先人が創り上げてきたものを見直す時には、謙虚に取り組むことが必要である。」
「伊勢神宮の式年遷宮は、20年毎に内宮、外宮の社殿を交互に建造し、本宮を交換する行事である。」
「かかる費用は数百億円という膨大なものになるが、それでも1300年間続けられてきた。」
「その理由の一つに建築技術の伝承があるといわれる。」
「人間の世代交代を20年周期と考えて、次の代に技術を受け継ぐことが出来るという判断である。」
まあ、いろいろ突っ込みは可能だが、心情的には、極めて腑に落ちる話だ。
(神宮式年遷宮:意義)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E5%BC%8F%E5%B9%B4%E9%81%B7%E5%AE%AE#.E6.84.8F.E7.BE.A9
「当時の国力・技術をもってすれば、神宮も現在にも残る建物にすることは可能であったと思われる。それをあえて、定期的に膨大な国費を投じることとなる式年遷宮を行う途を選んだ理由は、神宮にも記録がないため不明である。」
「式年遷宮が20年ごとに行われる理由についても、同じく確たる記録はないため不明である。」
技術の伝承というのは、後からつけた理屈のようだな。
しかし、浮沈子は、その前に書かれていたことを読んで、ハッとした。
「式年遷宮を行うのは、萱葺屋根の掘立柱建物で正殿等が造られているためである。塗装していない白木を地面に突き刺した掘立柱は、風雨に晒されると礎石の上にある柱と比べて老朽化し易く、耐用年数が短い。そのため、一定期間後に従前の殿舎と寸分違わぬ弥生建築の殿舎が築かれる。」
これって、生物が子孫を残すやり方を真似したのではないか。
自らが敢えて朽ちることによって、模倣子を遺す。
宮大工という外部環境を取り込んで、形態を維持する。
「遷宮においては、1万本以上のヒノキ材が用いられる。その用材を伐りだす山は、御杣山(みそまやま)と呼ばれる。」
さらには、用材の確保のために、膨大な敷地を求める。
「2013年(平成25年)の遷宮では、ヒノキ不足から遷宮史上初めて、青森産のあすなろが用いられた。」
ああ、既に遺伝子的にも汚染されつつあるわけだな。
まあ、どうでもいいんですが。
もちろん、20年毎に大事故が起こるというのは、ただの偶然に過ぎないのかもしれない。
その表層的な原因は、必ずしも同じではないし、記録として書き留められた情報は、様々な規格や仕様として残されていく。
ある技術領域においては、革新的な技術が登場して、従来の技術の伝承を断ち切ることもある。
そのイノベーションのサイクルも、考慮に入れなければならないだろう。
NASAの事例でたびたび指摘されるように、組織の体質ということもある。
軍隊から分離し、しかし、緊密な関係を維持し、政治的な影響を受けやすい立場は、創設以来、全く変わっていない。
技術的には進歩があるんだろうが、それを運用するのはあくまでも人間だ。
定期的な運用ではない宇宙開発などの場合は、その特徴が顕著に現れる。
それに、SLSは、中身を見れば、1970年代に開発されたスペースシャトルそのものだ。
半世紀前の技術を引きずっている。
オービターのエンジンを4つにして、外部燃料タンクの真下に付けただけ。
固体燃料ブースターは、長さを増やしただけ(将来は、液体燃料にするらしいですが)。
浮沈子が問題視しているICPSは、使い捨てデルタロケットの上段を改造している。
(Delta Cryogenic Second Stage:ICPS)
https://en.wikipedia.org/wiki/Delta_Cryogenic_Second_Stage#ICPS
「The Interim Cryogenic Propulsion Stage (ICPS), a modified DCSS, will be used as a second stage on the debut flight of NASA's Space Launch System, Exploration Mission 1 (EM-1), scheduled for December 2017.」
枯れた技術を使うことは、必ずしも悪いことではない。
ダメ出しは行われているし、構造的な問題点については、改造の際に徹底的に対策されるだろう。
それでも、インテグレーションして運用してみなければ、分からないことはある。
電柱ロケットの失敗が、いい例かもしれない。
どんなロケットの打ち上げ履歴を見ても、初期の失敗は避けられないことが分かる。
要素技術を如何に磨いても、それだけでは済まない部分は残る。
そして、やっと落ち着いたころには、そう、新規開発の波がやってきて、今までの経験値がチャラになるのだ。
そうして、新たな課題が次々と発見され、モグラ叩きで潰しにかかるというサイクルが繰り返される。
事故には、そういったハード側のイノベーションも絡む。
NASAは、政治とうまく付き合ってきた。
それを牽引力として、利用もしてきた。
良し悪しの問題ではなく、その成立からして、政治なしには考えられない存在だ。
技術的な基盤を民間企業に置いているが、ミッションを統合して推進する力は持っている。
金は、税金から出ているわけだしな。
そのコントロールを離れてしまっては、生き残ることさえできない。
だから、多少無理があっても、計画を実行するという点においては、軍隊に近い。
そのための、十分なバックアップが必要だ。
財政的にも、政治的にも、技術的にも、人的にも。
トランプ政権が、どーしても花火が見たいというなら、打ち上げてもいい。
それが、米国の選択だし。
誰も、20年目の悲劇を見たいとは思わないだろう。
人類が(まあ、米国人だけですが)、本当に宇宙進出に相応しい存在かが問われる。
パンツを履いたサルに過ぎないのか、太陽系の真の航海者になるのか。
ケンチャナヨ精神(英語で、何て言うんだあ?)がまかり通っては、パンツも履けないかもな・・・。
NASAの死亡事故を調べていて、あることに気づく。
・1958年7月:NASAの設立(追加)
↓(9年後)
・1967年2月:アポロ1号
↓(19年後)
・1086年1月:チャレンジャー号
↓(17年後)
・2003年1月:コロンビア号
↓(18年後?)
・2021年1月?:EM-2?
いやいや、そんなことはない(たぶん)。
しかし、ほぼ20年毎に大規模な事故が起こっているというのは、ちょっとビビる話だ。
これって、単なる偶然なのか、それとも、何か理由があるんだろうか。
(20年毎の韓国旅客船事故,繰り返される過積載)
http://fukunan-blog.cocolog-nifty.com/fukunanblog/2014/04/20-53e7.html
「・南営(ナムヨン)号沈没事故(1970年12月15日),発生場所:対馬の西100km付近の海上,6人救助(日本の漁船による),死者326人
・西海(ソヘ)フェリー沈没事故(1993年10月10日),発生場所:韓国全羅北道扶安郡蝟島沖の黄海,死者行方不明者292人」
「過積載が一因の旅客船沈没事故が,ほぼ20年おきに発生している。だが,周期性があるように見えるのは単なる偶然」
「韓国の旅客船業界では過積載があたりまえ,ケンチャナヨ状態なのではなかろうか。」
はて、ケンチャナヨとは?。
(ケンチャナヨ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8A%E3%83%A8
「最近では、「直ちに問題は無い」の表現が「ケンチャナヨ」と韓訳されている。」
ははあ、そういえば、NASAでも、基準違反がまかり通っていたと書いてあったなあ。
事故が起きて、せっかくルールを改定したり、それを徹底させるための組織を作っても、やがて風化し、元の木阿弥となり、カオスと化し、再び事故の温床になる。
好事魔多し。
事故につながる原因は、そこいらじゅうにあって、確率的に必ず事故は起こる。
記事にもある、ハインリッヒの法則だ。
(ハインリッヒの法則)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87
「労働災害における経験則の一つである。1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在するというもの。」
人間が関与する限り、その特性に応じて事故が起こる。
だから、機械的な事故を如何に極小化しても、その構造は変わらない。
機械が所管する部分が肥大するだけで、その機械を管理する人間側がミスを犯すからだ。
人間側の管理が高度化しても、その範疇での事故の構造は変わらない。
しかも、一人の人間が所管する範囲は膨大になっていくので、いったん事故が発生した場合の被害は拡大する一方だ。
人間の関与を徹底的に排除するか、人間自体を改造するか。
時間の与える影響も考慮する必要があるな。
組織の中では、一次的な経験が維持される時間というものがある。
その人間が職場を去ってしまったら、一次的経験値は失われる。
教育やルールの徹底などでは、決して維持することができない、決定的な何かが失われる。
肝を冷やし、膝がガクガク震え、目の前が真っ暗になるような経験をしなければ、二度と起こすまいという鉄の決意は生まれないのだ。
「20年毎 事故」で検索したら、以下の記事が引っかかった。
(技術者倫理とリスクマネジメント -事故はどうして防げなかったのか?-:この書籍内での20年毎 事故の検索結果)
https://books.google.co.jp/books?id=M1p3fGsAU8AC&pg=PA132&lpg=PA132&dq=%EF%BC%92%EF%BC%90%E5%B9%B4%E6%AF%8E+%E4%BA%8B%E6%95%85&source=bl&ots=CrCV_zocfo&sig=id0AGORN31dYxG0nW8gHRXXzQRc&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwjE0fGmlqzSAhVIVbwKHTAaA-IQ6AEILTAD#v=onepage&q=%EF%BC%92%EF%BC%90%E5%B9%B4%E6%AF%8E%20%E4%BA%8B%E6%95%85&f=false
「(3)教訓
設計当時の事情や背景を知らないものにとって、旧設備には不合理に思えることがあるが、そこには先人の知恵があると思って、その理由を考えることが必要である。」
「技術は過去の失敗の上に今日がある。先人が創り上げてきたものを見直す時には、謙虚に取り組むことが必要である。」
「伊勢神宮の式年遷宮は、20年毎に内宮、外宮の社殿を交互に建造し、本宮を交換する行事である。」
「かかる費用は数百億円という膨大なものになるが、それでも1300年間続けられてきた。」
「その理由の一つに建築技術の伝承があるといわれる。」
「人間の世代交代を20年周期と考えて、次の代に技術を受け継ぐことが出来るという判断である。」
まあ、いろいろ突っ込みは可能だが、心情的には、極めて腑に落ちる話だ。
(神宮式年遷宮:意義)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%AE%AE%E5%BC%8F%E5%B9%B4%E9%81%B7%E5%AE%AE#.E6.84.8F.E7.BE.A9
「当時の国力・技術をもってすれば、神宮も現在にも残る建物にすることは可能であったと思われる。それをあえて、定期的に膨大な国費を投じることとなる式年遷宮を行う途を選んだ理由は、神宮にも記録がないため不明である。」
「式年遷宮が20年ごとに行われる理由についても、同じく確たる記録はないため不明である。」
技術の伝承というのは、後からつけた理屈のようだな。
しかし、浮沈子は、その前に書かれていたことを読んで、ハッとした。
「式年遷宮を行うのは、萱葺屋根の掘立柱建物で正殿等が造られているためである。塗装していない白木を地面に突き刺した掘立柱は、風雨に晒されると礎石の上にある柱と比べて老朽化し易く、耐用年数が短い。そのため、一定期間後に従前の殿舎と寸分違わぬ弥生建築の殿舎が築かれる。」
これって、生物が子孫を残すやり方を真似したのではないか。
自らが敢えて朽ちることによって、模倣子を遺す。
宮大工という外部環境を取り込んで、形態を維持する。
「遷宮においては、1万本以上のヒノキ材が用いられる。その用材を伐りだす山は、御杣山(みそまやま)と呼ばれる。」
さらには、用材の確保のために、膨大な敷地を求める。
「2013年(平成25年)の遷宮では、ヒノキ不足から遷宮史上初めて、青森産のあすなろが用いられた。」
ああ、既に遺伝子的にも汚染されつつあるわけだな。
まあ、どうでもいいんですが。
もちろん、20年毎に大事故が起こるというのは、ただの偶然に過ぎないのかもしれない。
その表層的な原因は、必ずしも同じではないし、記録として書き留められた情報は、様々な規格や仕様として残されていく。
ある技術領域においては、革新的な技術が登場して、従来の技術の伝承を断ち切ることもある。
そのイノベーションのサイクルも、考慮に入れなければならないだろう。
NASAの事例でたびたび指摘されるように、組織の体質ということもある。
軍隊から分離し、しかし、緊密な関係を維持し、政治的な影響を受けやすい立場は、創設以来、全く変わっていない。
技術的には進歩があるんだろうが、それを運用するのはあくまでも人間だ。
定期的な運用ではない宇宙開発などの場合は、その特徴が顕著に現れる。
それに、SLSは、中身を見れば、1970年代に開発されたスペースシャトルそのものだ。
半世紀前の技術を引きずっている。
オービターのエンジンを4つにして、外部燃料タンクの真下に付けただけ。
固体燃料ブースターは、長さを増やしただけ(将来は、液体燃料にするらしいですが)。
浮沈子が問題視しているICPSは、使い捨てデルタロケットの上段を改造している。
(Delta Cryogenic Second Stage:ICPS)
https://en.wikipedia.org/wiki/Delta_Cryogenic_Second_Stage#ICPS
「The Interim Cryogenic Propulsion Stage (ICPS), a modified DCSS, will be used as a second stage on the debut flight of NASA's Space Launch System, Exploration Mission 1 (EM-1), scheduled for December 2017.」
枯れた技術を使うことは、必ずしも悪いことではない。
ダメ出しは行われているし、構造的な問題点については、改造の際に徹底的に対策されるだろう。
それでも、インテグレーションして運用してみなければ、分からないことはある。
電柱ロケットの失敗が、いい例かもしれない。
どんなロケットの打ち上げ履歴を見ても、初期の失敗は避けられないことが分かる。
要素技術を如何に磨いても、それだけでは済まない部分は残る。
そして、やっと落ち着いたころには、そう、新規開発の波がやってきて、今までの経験値がチャラになるのだ。
そうして、新たな課題が次々と発見され、モグラ叩きで潰しにかかるというサイクルが繰り返される。
事故には、そういったハード側のイノベーションも絡む。
NASAは、政治とうまく付き合ってきた。
それを牽引力として、利用もしてきた。
良し悪しの問題ではなく、その成立からして、政治なしには考えられない存在だ。
技術的な基盤を民間企業に置いているが、ミッションを統合して推進する力は持っている。
金は、税金から出ているわけだしな。
そのコントロールを離れてしまっては、生き残ることさえできない。
だから、多少無理があっても、計画を実行するという点においては、軍隊に近い。
そのための、十分なバックアップが必要だ。
財政的にも、政治的にも、技術的にも、人的にも。
トランプ政権が、どーしても花火が見たいというなら、打ち上げてもいい。
それが、米国の選択だし。
誰も、20年目の悲劇を見たいとは思わないだろう。
人類が(まあ、米国人だけですが)、本当に宇宙進出に相応しい存在かが問われる。
パンツを履いたサルに過ぎないのか、太陽系の真の航海者になるのか。
ケンチャナヨ精神(英語で、何て言うんだあ?)がまかり通っては、パンツも履けないかもな・・・。

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