ダイバーは自由なのか2016年05月07日 00:33

ダイバーは自由なのか


いつも刺激をもらう須賀次郎氏のブログ。

煽る煽る・・・。

(0505 高気圧作業安全衛生規則 2)
http://jsuga.exblog.jp/25760738/

「人は、特にダイバーは自由であることが何よりも幸せと思う人たちであるから、できることなら、自己責任、死ぬのも生きるのも自由にさせてもらいたい。」

「あらゆる規則、制限から開放されて、自由になりたい。自己責任を唱えた時、それは、自由にさせてもらいたいという願いなのだ。」

この日のお題は、しかし、業務潜水ではダイバーは自由ではないという話になる。

しかし、ダイバーは自由なのかという、挑発的な命題は、しっかりぶち上げて頂いた(そうなのかあ?)。

最近、ちょっと過激さに磨きが掛かっているようで、読んでいてハラハラする。

高圧則や潜水士テキストに噛み付きそうで、スリリングな展開を期待したりして!。

浮沈子的には、既に、このブログで指摘している減圧計算式の誤り(式そのもの、または、単位の誤り:担当者に直接連絡済み)の件と、当局には伝えていないが、高圧下での酸素の麻酔作用について書いている。

他にも、何か所かのミスプリについては、出版元の担当者に伝えてあり、次回の改版の際には、著者と調整のうえ改定されるものと思われる。

ただし、浮沈子が話した方は、計算式の誤りについては、告示第457号により示されているので、たとえ誤りであっても告示が改定されない限りは、そのまま載せ続けるという呆れた返事だった。

潜水士テキストというのは、そういう書籍である。

しかし、これまた、ぶち上げられた命題とは、何の関係もない話だ。

ダイバーは自由なのか?。

いろいろな切り口がある問題なので、自由か不自由かという切り分けだけで済む話ではない。

時間軸(時代)や、空間軸(地域や国家)によっても変わってくる。

もちろん、その背景には、技術の進歩があって、長時間潜水したり、大深度に潜水したりすることが出来るようになってきたということもある。

混合ガス潜水や、リブリーザーが普及してきたこと、テクニカルダイビングが体系的に整理されて、商品として一般に発売されているということもある。

業務潜水の方でも、我が国は別にしても、ダイビングベルを使ったり、混合ガスを使ったりすることが普通に行われているという話もある。

だから、現代のレジャーダイビングの一部だけ、たとえば、一般的なレクリエーショナルダイビングに限った話だけでは、答えることは出来ない。

つーか、そこに限って言えば、という形でしか、答えられない。

ちょっと例を挙げよう。

(テックダイビングって危険?)
http://www.scubapro-shop.co.jp/tech

いろいろ突っ込み(!)を入れているページなので、適切かどうかは別にして、ここでは、レクリエーショナルダイビングとテクニカルダイビングの違いについて、PADIという指導団体の考え方が述べられている(TDIとかは、また、別の考え方があるようです)。

「危険なイメージを持っている方も多いと思いますが、実は違います。もともとダイビングは、どんな状況どんなダイブでも危険を伴うものですが、リクレーショナルダイビングは深度、時間、環境を制限する事により、多くの人に潜ってもらえるよう最低限の知識、スキルで潜れるようにしているダイブです。」

「テクニカルダイビングは、その制限をなくして、あらゆる深度、時間、環境でも安全に潜れるように、より多くの、よりハイレベルな知識やスキルを身につけて潜るダイビングですので、より安全なダイビングと言えます。知らないで限界を超えてしまうより、知っている方が安全です。」

ここで触れられている知識やスキルの中には、ややっこしく、数も種類も多い様々な器材の扱いについても含まれている。

これを取り上げたのは、レクリエーショナルとテクニカルの定義がどうのこうのという、ややっこしい話ではなくて、ダイビングの自由を考える時に、知識やスキルを抜きに考えることは出来ないということだ。

それは、リスクと、それを回避するための手段といってもいい。

「より多くの、よりハイレベルな知識やスキルを身につけて潜るダイビングですので、より安全なダイビングと言えます。」

わかりやすい表現にしてあるので、注意して読まないと誤解を与えるが、リスクに応じたスキル、スキルに応じたリスクという対応関係を明確にしている。

多くの指導団体では、浅く、ストレスの少ない水中で練習して、それから深い水中に行って、その練習で身に付けたスキルを確認するという、スパイラル方式の学習を行う。

浮沈子が習ったスターズや、インストラクターであるPADIの方式はそうだ。

CCRを始めたIANTDもそうだな。

リスク対スキルという対応は、必ずとれている。

「知らないで限界を超えてしまうより、知っている方が安全です。」

ああ、もちろん、知ってるだけじゃダメなんだがな。

知ってて、限界を超えないか、限界を拡張できるスキル(器材含む)があって限界を超えるか(もちろん、拡張したところの新たな限界の範囲に留まることになりますが)ということになる。

まあいい。

なんだか、禅問答のようになってきたが、もちろん、単純にリスクvsスキルの関係だけではない。

限界が広がれば、そこでのリスクの質が変わり、一つのミスが命取りになる。

だから、そのことを理解し、受け入れることが出来なければ、そのためのスキルは与えられない。

もっといえば、知識やスキルが身についていても、高次のリスクが受け入れられなければ、そのダイビング(テクニカルダイビング)は、行うべきではないのだ。

ここのところを、もう少しはっきりさせるために、敢えて「知らないで限界を超えてしまう」例を考えてみる。

レクリエーショナルのスキルで、減圧停止をしなければならなくなってしまったとか、激しいガス昏睡を起こしてしまったとか、閉鎖環境で出口が分からなくなってしまったとか、そういうことだ。

十分な呼吸用のガスとか、減圧用のガスが用意されているわけでは、もちろんない(知識やスキル(器材)ないので)。

また、その深度でガス昏睡を起こしにくい呼吸ガスを吸っていたわけでもない(知識やスキル(器材)ないので)。

閉鎖環境からの脱出や、それに必要な十分な呼吸ガスの持ち込みとかもない(知識やスキル(器材)ないので)。

でも、ひょっとしたら、そういう事態を受け入れることは出来ているのかもしれない。

「できることなら、自己責任、死ぬのも生きるのも自由にさせてもらいたい。」

どーぞ、ご自由に・・・。

そのダイビングポイントを管理している漁協さんとか、ダイビングショップの組合とか、当局とか、家族、知人、また、そのポイントで潜っている多くのダイバーの迷惑なんてそっちのけで、もちろん、指導団体やその他地元の人たち(食堂のおばちゃんとか、タクシーの運ちゃんとか、もう、ありとあらゆる人々)が、大迷惑被る中で、たった一人の、素晴らしい自由は確保される。

浮沈子は、それを自由だとはいってほしくない。

ダイビングには、リスクが伴う。

そのリスクを管理して、受任可能な限度内に制御するために、様々な制約があるのだ。

業務潜水の場合は、事業者や潜水士に法令で課せられている義務があるし、レジャーダイバーにしても、指導団体の基準、現地サービスのローカルルールがある。

そうやって、時代に応じた制約を課し、時代に応じた基準でリスクコントロールをしている。

それでも、事故は起こるし、死者や傷害を負う人々は後を絶たない。

もう、十分リスキーなのだ。

浮沈子は、だからといって、全てのダイバーがレジャーダイビングの範囲に留まるべきだとは思わない。

リスクvsスキルの対応をきちんと行い、高次のリスクを受け入れ、然るべき態勢を取ったうえで、テクニカルダイビングに進むことを妨げる気はない。

人のことは言えないしな・・・。

業務潜水では、呼吸ガスのハンドリングに陸上の支援を受ける。

そのオペレーターについても資格を求められている。

それだけのリスクを認識し、そのためのスキルを与えている。

それがなければ、潜らせることは出来ない。

ダイバーが、全てをコントロールするというなら、テクニカルダイビングを学び、身に着けるしかないのだ。

今日は、ちょっと別のことを調べていたらこんな記事を見つけた。

(水深120mで生きた化石・シーラカンスを撮影 ~海洋生物学者ローラン・バレスタ氏インタビュー~:閲覧無制限)
https://oceana.ne.jp/oversea/56153

(LE COELACANTHE de l’expédition « Gombessa » (Laurent Ballesta) compilation:動画出ます)
https://www.youtube.com/watch?v=yb2cItLTjGQ

以前観た時よりも、BGMがドハデになって、見応えがあるな。

記事の中では、こんなことを言っている。

「――どうして深くまで潜るんですか?」

「海は深いところで、ダイビングは深くまで潜るのが狙いではなく、長い間潜るのが狙いだ。長い時間潜っているといろいろな情報を持って帰ることができるから。」

「今日のダイビング業界ですごく問題なのはディープダイビングや危険な海況に挑戦する機会がない事。ダイビング業界は安全上の規制があるから危険性を宣伝したくないと思う。40m以上まで潜ると死んでしまうというショップもいるけど、40m以上まで潜れるよ!ダイビング業界は浅いポイントでのダイビングにばかり集中している。それは非常に大きな問題だ。」

「深海、流れが強いポイント、少し危険な海況でいっぱい潜るとより良いダイバーになれる。今の若いダイバーにチャレンジをもっと与えないとダイビングはそのうちつぶれると思う。」

もちろん、彼はハイポキシックトライミックスガスをディリュエントガスに使用する、テクニカルレベルのCCRダイバーである。

インタビューを終えて、記者はこんな感想を述べている。

「ダイバーとして目立つためには、単に写真を撮るだけでなく、何かの目標、夢やアイディアを持ち、最後まで一生懸命働いてそれを達成する事がすごく大事だとわかり、ローラン氏のスキル、やる気と情熱にとても感動しました。」

別に目立つことが全てではないと思うが、深く長くというダイビングに限っても(それは、テクニカルダイビングの一部ですが)、それ相応の知識とスキル(器材)が必要なわけだ。

勢いと根性(!)だけで、120m行ってるわけではないのだ。

ダイビング業界に対する辛口の意見も出ているが、さまざまな指導団体で、テクニカルダイビングのコースが用意されている。

PADIでは、閉鎖環境での汎用的なコース設定はないが、他団体では概ね設定がある。

浮沈子は、そっちには興味がないので調べていないが、IANTDとかTDIといった老舗ならあるだろう(PSAIでもあるみたいだな)。

なんか、宣伝みたいで変な感じになったが、リスクvsスキルの話なので仕方ない。

ガス昏睡に対して耐性があるとか、酸素耐性が高いとか、特殊な体質の方がいるかもしれないが、一般論としては通用しない。

ガス昏睡は、エアで30m潜れば誰でもなるし(程度の差はありますが)、PO2はレクリエーショナルレベルの最大値で1.4ATAというのは定着している。

業務潜水では1.6ATA、溺れのリスクがない環境(ドライベル使用など)で2.2ATAだ。

軍隊(自衛隊)は、高圧則には縛られないので、別の運用基準があるかも知れない(浮沈子は知りません:軍事機密?)。

何せ、水深300mでの飽和潜水の標準手順を確立してる団体(?)だからな。

そういえば、シーラカンスのことを、コモロではゴンベッサというらしい。

(ラティメリア:コモロ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%A2#.E3.82.B3.E3.83.A2.E3.83.AD

「昔からコモロではシーラカンスがごくまれに捕獲されていたが、肉がまずいため食用価値がなく、コモロの漁師たちからは「役に立たない」との語義をもつ「ゴンベッサ」の名前で知られていた。」

ああ、これのことか・・・。

(ごんべさんの赤ちゃん リパブリック讃歌)
http://www.worldfolksong.com/closeup/battlehymn/episode/japan.htm

「ヨドバシカメラの歌・CMソング:
新宿西口 駅の前 カメラはヨドバシカメラ♪」

「おたまじゃくしはカエルの子:
おたまじゃくしはカエルの子 ナマズの孫ではないわいな♪」

「原曲は『リパブリック讃歌』と紹介したが、正確には流行歌『ジョン・ブラウンの身体(亡骸)』が直系のルーツである可能性が高い。」

ジョン・ブラウン→ごんべさん→ゴンベッサ・・・。

シーラカンスの幼魚が、アクアマリン福島の調査隊によって撮影されている(インドネシアなんで、ゴンベッサとは言わないでしょうが)。

(シーラカンス稚魚の撮影に成功、福島県水族館の調査隊:2009年の記事)
http://www.afpbb.com/articles/-/2664921

「インドネシア近海で「生きた化石」と呼ばれるシーラカンスの稚魚の撮影に成功したと発表した。」

ゴンベッサの赤ちゃんがかぜひいたー
ゴンベッサの赤ちゃんがかぜひいたー
ゴンベッサの赤ちゃんがかぜひいたー
それーであわててシップした

(ごんべさんのあかちゃん:動画出ます)
https://www.youtube.com/watch?v=NsUmfup3dTc

動画の中では、歌詞を替えて歌うことが出来る。

浮沈子の頭の中では、この替え歌が、さっきからずーっと鳴り響いている。

まあ、どうでもいいんですが。

さて、元に戻って、ダイバーは自由なのか?。

結論は、明らかだな。

世の中の全ての物事と同じだ。

金と、暇と、手間を惜しまなければ、自由なダイバーになることが出来る。

ゴンベッサの赤ちゃんに会いに行くことだって、できるかもしれない。

「インドネシアのスラウェシ(Sulawesi)島マナド湾(Manado Bay)の水深161メートルで見つかった。」

もちろん、テクニカルダイビングで到達できる深さだ(たぶん)。

CCRを使っても、その深さに留まれる時間は短いだろう。

金と手間と暇を、もっと惜しまなければ、小型潜水艇を仕立てて見に行くことが出来るかもしれない。

しかし、もちろん、世の中の全ての物事と同じで、完全な自由はない。

シーラカンスと、その生息域は、希少生物の保護を目的に、限られたアクセスしかできないに違いないからだ。

(インドネシアシーラカンス保全プログラムの確立)
http://www.marine.fks.ed.jp/coelacanth/about.html

自分だけの完全な自由などというものは、世の中にはない。

水の中にもないのだ・・・。

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