🐱同世代:インターネットとAI ― 2024年02月13日 09:01
同世代:インターネットとAI
(「メタバース」という言葉を生み出しChatGPT出現の30年近く前にAI革命すら予見したSF作家ニール・スティーブンスンがAIについて語る)
https://gigazine.net/news/20240213-neal-stephenson-ai-prediction/
「私たちが必要としているのはただピタゴラスの定理を教えるものではなく、子どもたち一人ひとりの学習スタイルを理解する存在であり、何千もの中からその子の学習方法に最も適したものを即座に導き出すことにあるのです。」
「もしあなたが苦労してキャンバスと絵の具を使いながら絵を描いたのだとしたら、結果が悪かろうが良かろうが、その絵はあなたがアーティストとして下したたくさんの微細な決断の成果物だと言えるでしょう。一方でプログラムの出力にはそれがありません。」
「この小説は90年代半ばのインターネットが普及し始めた時代に書いたので、ちょっとした初期のインターネット・ユートピア主義を含んでいました。「世界中の知識がオンライン化されれば、誰もがそれに群がるだろう」という考えですね。」
この記事を読んで、浮沈子は同年代の感覚を覚えた。
ウィキを調べると、浮沈子と1歳違いだ。
(ニール・スティーヴンスン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%B3
「1959年10月31日 - )は、アメリカ合衆国の小説家、SF作家」
インターネットの普及期を知っている世代。
巨大な複合知(グローバルブレイン)の出現に期待した世代。
その現状への失望と、遅れて登場してきたAIへの懐疑。
人間による「行為」の意味と、プログラムが作り出す「似て非なるもの」への不信感と嫌悪感(そうなのかあ?)。
生まれ育った国も環境も歩んだ人生も異なるけど、同世代が共有するコンピューター文化に対する感覚は共通だ(めちゃくちゃ理系な家庭環境だったようです)。
「私の感覚では生成AIの誕生はトランジスタが発明された時のような空気を伴っていると思います。トランジスタラジオのようにトランジスタを採用した製品は今でこそいくつか思いつきますが、トランジスタが社会をどのように変えるかは当時わかりませんでした。私たちは今、AIにおけるトランジスタラジオの段階にいるのです。」
子供のころに、ゲルマニウムラジオをはんだ付けして組み立てた浮沈子は、このたとえ話がじつにしっくりする。
「何百万人もの人々の熱狂的な想像力は、一人の人間の想像力をはるかに上回る興味深いものを生み出すでしょう。」
そうかもしれないと思うし、それは我々を便利で快適な生活にいざなうだろうとは思う。
だが、おそらく、浮沈子と同じように、ニールスチーブンスンもまた、AIの普及にビミョーな違和感を感じているに違いないのだ。
同世代の感性。
デジタルに馴染めない、アナログの世代。
21世紀に生きる、20世紀の遺物・・・。
彼は、作家だから、その違和感を作品に投影することが出来る。
ハクスリー(すばらしい新世界)のように、違和感とは裏腹な作風なのかもしれない。
ちょっと、作品を読んでみたくなった・・・。
(「メタバース」という言葉を生み出しChatGPT出現の30年近く前にAI革命すら予見したSF作家ニール・スティーブンスンがAIについて語る)
https://gigazine.net/news/20240213-neal-stephenson-ai-prediction/
「私たちが必要としているのはただピタゴラスの定理を教えるものではなく、子どもたち一人ひとりの学習スタイルを理解する存在であり、何千もの中からその子の学習方法に最も適したものを即座に導き出すことにあるのです。」
「もしあなたが苦労してキャンバスと絵の具を使いながら絵を描いたのだとしたら、結果が悪かろうが良かろうが、その絵はあなたがアーティストとして下したたくさんの微細な決断の成果物だと言えるでしょう。一方でプログラムの出力にはそれがありません。」
「この小説は90年代半ばのインターネットが普及し始めた時代に書いたので、ちょっとした初期のインターネット・ユートピア主義を含んでいました。「世界中の知識がオンライン化されれば、誰もがそれに群がるだろう」という考えですね。」
この記事を読んで、浮沈子は同年代の感覚を覚えた。
ウィキを調べると、浮沈子と1歳違いだ。
(ニール・スティーヴンスン)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%B3
「1959年10月31日 - )は、アメリカ合衆国の小説家、SF作家」
インターネットの普及期を知っている世代。
巨大な複合知(グローバルブレイン)の出現に期待した世代。
その現状への失望と、遅れて登場してきたAIへの懐疑。
人間による「行為」の意味と、プログラムが作り出す「似て非なるもの」への不信感と嫌悪感(そうなのかあ?)。
生まれ育った国も環境も歩んだ人生も異なるけど、同世代が共有するコンピューター文化に対する感覚は共通だ(めちゃくちゃ理系な家庭環境だったようです)。
「私の感覚では生成AIの誕生はトランジスタが発明された時のような空気を伴っていると思います。トランジスタラジオのようにトランジスタを採用した製品は今でこそいくつか思いつきますが、トランジスタが社会をどのように変えるかは当時わかりませんでした。私たちは今、AIにおけるトランジスタラジオの段階にいるのです。」
子供のころに、ゲルマニウムラジオをはんだ付けして組み立てた浮沈子は、このたとえ話がじつにしっくりする。
「何百万人もの人々の熱狂的な想像力は、一人の人間の想像力をはるかに上回る興味深いものを生み出すでしょう。」
そうかもしれないと思うし、それは我々を便利で快適な生活にいざなうだろうとは思う。
だが、おそらく、浮沈子と同じように、ニールスチーブンスンもまた、AIの普及にビミョーな違和感を感じているに違いないのだ。
同世代の感性。
デジタルに馴染めない、アナログの世代。
21世紀に生きる、20世紀の遺物・・・。
彼は、作家だから、その違和感を作品に投影することが出来る。
ハクスリー(すばらしい新世界)のように、違和感とは裏腹な作風なのかもしれない。
ちょっと、作品を読んでみたくなった・・・。
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