ガジェット2014年02月03日 09:46

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ブルートゥースヘッドフォンを買った。

5千円余りと、高額なお買い物。

音楽を聴いているときに、電話がかかってきても対応できるという。

まあ、そんな機能は必要ないんだが。

日本語のマニュアルも充実していて分かりやすい(例によって、字は小さい)。

(JABRA HALO2™)
http://www.jabra.jp/Products/Bluetooth/JABRA_HALO2/Jabra_HALO2

(マニュアル)
http://www.jabra.jp/~/media/Product%20Documentation/Jabra%20HALO2/User%20Manuals/Jabra_HALO2_UM_JP.pdf

PDFなので、字を大きくして見ることができるのは有難い。

老眼には、パソコンは不可欠である。

こういうものは、昔はソニーと相場が決まっていたのだが、この会社は、デンマークのようだ。

(JABRA の沿革)
http://www.jabra.jp/ServiceMenu/about-jabra/history

ただし、Jabraブランドは、2000年に同名の米国企業を買収したことによる。

「Jabra は世界トップのヘッドセットサプライヤーとしての地位の強化に尽力しました。」

音の世界における、グーグルグラスのようなものだ。

世界は、まず音で繋がり、さらに映像で繋がり、データで繋がった。

これら仮想のコネクションは、最早、それなしには人類社会が成立しないところまで普及し、われわれは、それにすっかり馴染んでしまっている。

人間の繋がりは、最終的には視覚、聴覚、触覚などによるが、擬似的に生成される音や映像でも、われわれの脳は、それをコミュニケーションの手段として、素直に取り込むことができる。

コンチキショウ!と電話(受話器)を叩きつけるアクションは、媒体に過ぎない受話器を、既に対象として認知していることの象徴であろう。

まあ、これからは、グーグルグラスを叩きつけるというアクションが、映画やドラマで見られるようになるかもしれない。

叩きつけた後に、足で踏んづければ、完璧だな。

まあいい。

新しいヘッドフォンは、素晴らしい音質で、とてもブルートゥース越しの音とは思えない。

仮想空間も、徐々にリアリティを増しているのだ。

人間の脳は、極めて柔軟に出来ていて、文字という記号の羅列に過ぎない小説本を読んで、疑似体験を得たりする。

感動して、涙することさえあるわけだ。

この脳を騙くらかすことなど、訳はないだろう。

たとえ、真実の言葉でなくても、耳に心地よい言葉、脅迫などを伴う言葉、そして、特に愛を装った言葉には、かなり弱い・・・。

ヘッドフォンを通して流れてくる言葉の洪水から、真実の一滴を掬い取るために、脳と心を鍛えよう。

肺と異なり、それは、可能であると思われる。

ステレオタイプ2014年02月03日 17:05

ステレオタイプ
ステレオタイプ


(ステレオタイプ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97

「元々社会学の用語で、紋切型態度とも言う。印刷のステロ版(鉛版)印刷術が語源で、判で押したように同じ考えや態度や見方が、多くの人に浸透している状態を言う。」

以下の記事を読んで、頭に浮かんだのが、上記の言葉。

(マカンが売れれば、ポルシェはスポーツカーメーカーでなくなる!?)
http://news.mynavi.jp/series/pickupcar/018/

「仮にマカンの生産計画が、報道されている通り8万台に引き上げられれば、この比率は7割に迫ることになる。全体の7割がSUV……、これはおそらく、ジャガー・ランドローバーに次いで、世界で2番目にSUVの比率が多いメーカーということになるだろう。もはや、「ポルシェがスポーツカーメーカーである」という認識は改めなければならないのかもしれない。」

では、世界で年間数万台規模でスポーツカーを生産しているメーカーを、何社か挙げていただこうではないか。

スポーツカーとは、2ドアで、概ね3リッター以上の2+2又は2座の車ということでもいい。

浮沈子は、ポルシェ以外に、そんなメーカーを知らないんだが・・・。

ポルシェのスポーツカーメーカーとしての、絶対的な立ち位置は不変だ。

「その他に」SUVを作っているのである(パナメーラはスポーツカーなのかあ?)。

世界で最大のスポーツカーメーカーであり、他をダントツに引き離している、孤高の存在である。

「フェラーリの年間生産台数は約7,000台。ランボルギーニは約2,000台。アストンマーティンやマセラティも、大まかに言って同じようなレベルだ。こうした数字だけでも、ポルシェはこれらのスーパーカーメーカーとは本質的に違うと再認識させられる。」

だから、孤高なのであるよ!。

実用車を作り続ける他のメーカーは、スポーツカーなんて博打のような車を、数万台も作る技術も、ブランドも、経営基盤もない。

そんな投資をして、株主からそっぽを向かれても耐えられる経営者は、21世紀には独りもいない(いや、トヨタの社長がいる!)。

クビだ、クビだ!。

自動車メーカーは、株主のために存在するのであって、一部のマニアのための車作りをしているのではない。

綿密な市場調査の元、確実に売れる車で勝負する。

特に、スポーツカーが反社会的存在といわれる多くの国々では、そんなものに手を出しているというだけで、反社会的なメーカーということになる。

軽自動車だけ作っているようなメーカーが、最も社会に受け入れられている。

わが国の新車登録台数の4割は、軽自動車である。

話を戻す。

大型の乗用車を含め、大排気量車、多気筒車、ドッカンターボ車は、悪である。

スペース効率の悪い、非実用車も悪だ。

スポーツカーなんて、悪の権化、大魔王、ハークション!(古くね?)のようなものである。

P社は、当然、そのことにも気づいている。

うちだって、スポーツカーばかりじゃありませんよ、実用車(???)だって、作ってますよ!、と。

まあ、やたらとパワーがある実用車ではあるが。

911というブランドを、持続可能な経営資源として活用し、他の売り上げの向上に資するための、周到なブランド戦略を描いているのだ。

ブランドの価値を温存するための、確実な方法は、フェラーリのように生産台数をコントロールすることである。

生産台数を増加させながら、その価値を高め、経営資源としていくことは、困難な道である。

下手をすれば、その価値を失い、毀損し、消し去ってしまうかもしれない。

ブガッティやアストンが、さまざまなスポンサーを乗り換えて、未だにブランドとして永遠の輝きを放っているのは、奇跡のようなものだ。

ポルシェだって、アストンの半分くらいの歴史しかないが、一寸先は闇であると浮沈子は思っている。

この先には、パナメーラクーペという、美味しい車種展開が期待されるが、VWが、そんなことをさせてくれるかどうか・・・。

そもそも、自動車という工業製品は、かつてのパソコンがそうであったように、コモディティ化し、ブランドもクソもなく、インターネットならぬ、都市交通ネットワークシステムのデバイスとして再定義されようとしている代物なのだ。

100年後、自動運転されていないクルマを想像することは困難だが、仮に、サーキットなどの限られた場所で運転できるとして、それがポルシェだろうがフェラーリだろうが、そんなことは関係ないんじゃないか。

人間が運転できるクルマというだけで、十分ブランド価値を得ることが出来ると思うな。

1割のスポーツカーのブランド力で、9割の実用車(???)の付加価値を引き上げ、他メーカーの10倍の売り上げを築くことが出来れば、こんな美味しい話はない。

それが、ポルディ(アウシェ)の戦略であり、ゆくゆくは、10万台のスポーツカーと90万台の実用車(???)を生産する企業になることを目指しているのかもしれない。

それを実現させるためには、他社に比べて、コストパフォーマンスの高いスポーツカーシリーズを供給し続けることが、絶対条件となる。

911とボクスター・ケイマンで10万台というのは、大変な数字だが、現実的な数字でもある。

90万台の実用車を売り上げようとすれば、VWグループとして、もう少し、バリエーションの展開を与えなければならない。

ダイムラーにおけるAMGと同じような、全車種に渡るプレミアムブランドとしてポルシェを使っていくか、かつてのアウディとのコラボ車のような、ピンポイントの協働車種を増やしていくか。

しかし、ポルシェには、500E/E500という、苦い経験がある。

だれもが、その設計と製造にポルシェが関与していたことを知っていながら、スリーポインテッドスターの付いたその車体を、どこからどう見回しても、P社が関与したという証拠を見出すことは出来ない(浮沈子は、92型500Eのオーナーなので、確かです。乗って走らせれば、一発で分かりますが)。

カタログには、一言たりともP社のことは出てこない。

ここは一つ、ポルシェのロゴ(エンブレムではない:後述)が入った、正真正銘のRRホットハッチを出すというのはどうだろうか?。

記号としてのRRに拘り、肥大化した911に失われた、ライトウエイトスポーツの味を再現する。

BMWにおけるミニ、ダイムラーにおけるスマート、フィアットにおけるアバルト、VWグループのミニマムブランドを、ポルシェに担わせるというのはどうか。

確かに考えてみれば、VWグループは、それぞれにスポーツタイプのブランドを持ってはいるが、最下位のブランドはない。

それをポルシェにやらせるというのは、確かにリスキーだが、ランボルギーニにやらせるよりは、まともなクルマが出てきそうだ(ランボが作ったら、トラクターになるかも!)。

RRで3人掛け、センタードライバーでRRだ。

日産の電気自動車の、ガソリンターボ版だな。

パワーは100馬力くらいで十分だし、気筒数は3気筒でいいだろう。

その代わり、カーボンボディで、とことん軽量に作る。

VWグループで、カーボンボディを大量に供給する方策としても悪くない(アヴェンタドールだけじゃね?)。

それには、高付加価値(つまり、ボッタクリですな)の高いブランドで出さざるを得ない。

ポルシェのライトウエイトスポーツ(もちろん、オープン!)、初のカーボンモノコックボディ、新開発小型軽量エコエンジン、三角ボディに、センタードライブ。

素のタイプは400万円を切る価格で、フルオプションにすると、+200万円くらいか。

エンジンバリエーションに、お付き合いでハイブリッド仕様を付けて置けば、エコ対策としては十分だろう。

こっちは、600万円くらいでもいい(どうせ、売る気ないし)。

フルシート3人乗りなら、911より使い勝手がいいかもしれない!。

さて、問題は、ポルシェの車種構成にとって、スポーツカーの位置づけになるのかどうかである。

ファンカーだな。

スポーツカーではない。

売り上げは向上し、エントリーユーザーも取り込め、ブランドの普及に拍車がかかる。

しかし、ポルシェのエンブレムは付かないのだ(え、えーっ!?)。

生産は、日産に委託し、OEMで供給される。

なんか、新しいブランドを創設しなくてはならない。

浮沈子に名案がある。

このクルマは、ポルシェデザインの商品として売るのだ。

自転車とか、バギーとか、そういった生活の一部としてのアイテムとして、さらりと売る。

自動車部門が、目くじら立てて、販売実績がどうのこうのという世界で売るのではない。

気に入って、使ってもらえるのなら、お分けしましょう!。

クルマを売るのではなく、そのクルマのある生活を提案する。

かけがえのない、一度きりの人生の時間を、このクルマとともに過ごしてみませんか?。

傍らにおいて眺め、気の向いたときに転がし、多くの人々の視線を受ける時間と、視線を送る時間を過ごす。

その華麗なる舞台に上がる時を過ごすためのツールとして、このクルマを手に入れてみませんか。

エンブレムには、ポルシェの盾は付かない。

「Porsche Design」のロゴだけが付く(画像は、浮沈子愛用のコインケースの箱)。

うーん、我ながら、いいアイデアだと思うんだが、どうだろうか?。

でも、それってステレオタイプ?、って、きっといわれるだろうな・・・。

心・技・体2014年02月03日 22:54

心・技・体
心・技・体


このところ、浮沈子のダイビングに対する概念を、根底から揺さぶる記事が続く。

(0202シンポジウムー1)
http://jsuga.exblog.jp/21982396/

須賀次郎氏のブログだが、自分の言葉で一気に書くという、大変な筆力であるな。

御歳79歳だそうだ。

「楽しみ(レクリエーション)、スポーツ、科学(調査)、作業業務」がダイビングの目的だというが、レクリエーショナルダイビングのガイドやインストラクターは、果たして作業業務だろうか。

スポーツというが、息堪え潜水を指しているだろうな。

沿岸警備隊(海上保安庁含む)とか、軍隊で行う潜水も、作業業務の括りに入れているのだろうか。

科学調査潜水を項目に加えているのが、JAUSの特徴だ。

通常は、レジャーダイビングと、業務潜水の2種類しか考えない。

浮沈子は、レジャーダイビングには、レクリエーショナルダイビングとテクニカルダイビングがあると教わったが、日本水中科学協会(JAUS)は、そのような括りはしていない。

レジャーダイビングとレクリエーショナルダイビングは同義で、スポーツダイビングにはプロとアマがあるから、プロは業務かというと、そうではないというからややこしい。

あくまでも、業務潜水とは、切り離されている。

業務潜水は、水中作業が目的なので、スポーツではないから。

そうすると、レジャーダイビングのガイドやインストラクターも、業務潜水ではないという話になる。

潜水士でなければ、業務従事できないのに?。

個人営業ならば、雇用関係はないので、潜水士でなくてもガイドや教育には従事できるのだろうか。

浮沈子は、その辺は詳しくない。

ちなみに、世界では、スポーツダイビングといえば、いわゆるレクリエーショナルダイビング(水深40mまで、無限圧:もちろん、スクーバ潜水)という括りになると聞いている(アプネアは、全く別の世界だな)。

これを逸脱するテクニカルダイビングは、すべての指導団体において、完全に別のプログラムが組まれている。

PADIは、最近、ここに大穴をぶち開けつつあるが、未だに蟻の一穴のようだな。

わが国では、受け皿(PADIのテクニカルダイビングの教程を教えられるダイバー)が少ないので、あと10年は、絵に描いた餅のままだろう。

短期的に打開する方策がないではない。

海外のテクニカルダイビングのインストラクターを投入して、そこにファンダイビングの顧客を誘導するということだ。

別に、場所として、日本国内で展開しなくてもいい。

テクニカルダイビングで潜れる場所は、海外にはいくらでもあり、日本の顧客を誘導できれば、そこにはしっかりと金が落ちる。

PADIは、別に日本のファシリティが儲からなくてもかまわないのだ。

既に、PADIジャパンという会社はなくなり、「株式会社パディ・アジア・パシフィック・ジャパン」ということになっている。

この国の中だけで、経営判断しているわけではないのだ。

まあ、どうでもいいんですが。

浮沈子がブッ飛んだのは、以下の記述。

「潜水も、武道、スポーツと同様に、心・技・体が根本である。潜水は、その三つのうちで、心が最も重要と考えられるのだが、その心の教育指導が、意識されていない。実は、安全のためにもっとも重要な部分である。その心の指導が、南部もぐりというかたちでのヘルメット式潜水実習の目的なのであろう。」

さて困った。

イントラも、水中でパニックにならないように、繰り返しスキルを行う重要性を説くが、それは、どちらかというと、技の部分であって、心の鍛錬ではない。

南部潜りをレジャーダイビングに取り入れるわけにはいかないので、何か考えなければならないだろう。

JAUSのダイバー認定のスキルは厳しく、特に泳力が維持できなければ更新を受けることは出来ない。

そう、ここは、そういう意味で、管理がしっかりしている。

泳力を維持するということは、体の方の話がメインになるのだろうが、技と共に、ダイビングに対して真摯に向き合う姿勢がなければ、どちらも維持できない。

暴飲暴食、運動不足、不規則な生活と懇ろになっていては、ダイビングどころではなかろう?(はい・・・)。

ダイバーとしての適正は、浮沈子にはないのだろうか。

ないな・・・。

普通の人は、ここで心を入れ替えて、節制したり、運動したりして、心技体を養うところだろうが、世の中そんな奇特な方ばかりではない。

なんか、いい方法はないかなあ・・・。

JAUS発行の「最新ダイビング用語辞典」には、「障害者ダイビング」、「障害者ダイビングの効果」、「バリアフリーダイビング」、「サポートダイバーとユニバーサルダイビング」という用語が載っている(P215-216)。

内容は割愛するが、要は、陸上では動きづらいが、水中ではなんとかなることもあるので、そういう人は、積極的に水中に行きましょう!、という有難い教え(?)であるな。

そんな、何百メートルも泳げないと、ダイバーとして認めてもらえないなんて話じゃなくて、これからの高齢者社会を乗り切るためにも、是非ともユニバーサルダイビングを普及させて戴きたい。

最低のスキルと、最大の器材に加えて、最良のサポートダイバーというのがいいな。

こういう安易に人に頼るダイバーを増やした方が、ショップは儲かるんじゃないだろうか。

ちゃんと割り増し料金取って、しっかりとしたサポートを付けるというのが、これからのダイビングのスタイルとなっていい。

じいちゃんばあちゃんは、以外に気前がいいのだ!。

なるほど、バリアフリーね!。

大賛成!!!!。

心・技・体・サポートという中では、浮沈子的にはサポートに軍配だな!。

ちなみに、画像は「銘菓南部もぐり:12個入り1300円、20個入り2100円」(食い物になると、妙に詳しい・・・)。

これ食って潜ると、パワー出んのかなあ?。

(南部潜り解説)
http://www2.iwate-ed.jp/tan-h/nanbu01.html