踏絵2014年09月04日 01:35

踏絵
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どんな形になるか分からないが、西アフリカ地域の感染を制御するための方策は、既に通常の感染対策の範疇を超え、何らかの「特別の対策」を求められている。

組織的な資源の投入を、限られた時間内に行い、秩序を維持しながら実施するためには、軍隊の投入も考えなければならない。

道路封鎖とか、暴動鎮圧だけではなく、入院させたり、隔離したり、感染経路を調査したり、食料や日用品を運んだりするためには、人手が必要になる。

それも、何万人も。

統制が取れ、強制力があり、継続的に任務を遂行することが求められている。

(エボラ封じ込め「敗北」=医療団体幹部が警告)
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2014090300133

「感染拡大を阻止するためには、生物災害対応チームの派遣など、各国が専門知識を有した文民と軍を直ちに展開させることが不可欠だと強調した。」

地元の軍隊ではなく、外国の軍隊がやってきて、感染防護措置のもと、活動することになるわけだな。

(「イスラム国」米空爆など、72日で561億円)
http://www.yomiuri.co.jp/world/20140830-OYT1T50113.html

「費用は、米兵ら約170人を大使館警備などの目的でバグダッドに派遣した翌日の6月16日から今月26日までの72日間にかかった総額の平均。総額は明かさなかったが、単純計算すると既に5億4000万ドル(約561億円)がかかっている。」

エボラ対策として、WHOが計上した額は508億円であったな。

まあ、どうでもいいんですが。

首切り映像(浮沈子は、心臓が弱いので、とても見られません!)とエボラでは、今はインパクトが違うが、なあに、そのうち逆転するかもしれない。

さっき、転寝している時に夢を見た・・・(あくまで、喩えですが)。

多数の揚陸艦を、かつて奴隷貿易で沸いた港に横付けし、何万トンもの物資を投入、軍の輸送機は専門家を含む数千人のオペレーターを乗せて各地に拠点を設置すべく展開する。

物資を配送するトラックは、需要に応じた物資を適時適切に配送できるようにPOSで管理されている。

拠点が確立されると、そこで働くスタッフを徴用する。

現地スタッフを雇い上げ、網の目を細かくしていくことが対応の成否を分ける。

トレースやロジスティクスは、なにしろ人手がいるのだ。

完全な個人防御を可能にする医療機関の展開が並行して行われる。

潤沢な資材、医薬品、そしてそれらが継続して投入される保証は、現地の医療スタッフのモチベーションを高めるに違いない。

基本的なトレーニングを受け、現場に投入され、指導を受けながらスキルを上げていく。

まあ、症例に不足することはないだろうから、スキルアップも早いだろう。

しかし、短期に事態を収束させるためには、彼らが習熟するのを待って、要員を展開するわけにはいかない。

熟練したスタッフは、外部から供給され、直ちに前方に展開しなければならない・・・。

100万人クラスの致死性が高い感染症に対応した経験は、人類にはあまりない。

(感染症の歴史)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9F%E6%9F%93%E7%97%87%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2

「アテナイのペスト(ペスト説は、後に否定された):多数の犠牲者」

「ユスティニアヌスのペスト:
・東ローマ皇帝は人口の約半数を失って、帝国は一時機能不全
・旧西ローマ帝国の領域に侵入(続き):ヨーロッパ、近東、アジアにおいて最初の発生から約60年にわたって流行
・コンスタンティノープル(続き):流行の最盛期には毎日5,000人から10,000人もの死亡者」

「14世紀の「黒死病」:
・1320年頃から1330年頃にかけては中国で大流行
・イスラム世界でも猛威
・1347年10月、ペストは、中央アジアからクリミア半島を経由してシチリア島に上陸
・1348年にはアルプス以北のヨーロッパにも伝わる。
・14世紀末まで3回の大流行と多くの小流行を繰り返し、猛威を振るった。
・全世界で8,500万人、当時のヨーロッパ人口の3分の1から3分の2にあたる約2,000万から3,000万人前後、イギリスやフランスでは過半数が死亡したと推定されている。場所によっては60パーセントの人が亡くなった地域もあった」

「16-17世紀のペストの流行:
・小氷期によりヨーロッパの気候が寒冷化し、ペストが大流行して飢饉が起こる。
・16世紀から17世紀にかけての明末清初期の華北では、合計1,000万人がペストで死亡
・ロンドンで1665年に流行したペストでは、およそ7万人が亡くなっている。」

うーん、1千万単位の死者の記録の後で、7万人とかいわれても、大したことないような気になるな。

「19世紀末以降のペスト:
・19世紀末、中国を起源とするペストが世界中にひろがった。
・1910年から翌1911年にかけては、清朝末期の満州で肺ペストが流行した。
・第3次の流行で最大の被害を受けた国はインドであった。第二次世界大戦までに死亡者は1,200万人以上に達したといわれる。」

「コレラ:
・1832年にパリでコレラが流行:パリでは毎日数百人もの人びとが罹病し、1,000人を越える患者が出る日もあった。死亡率も高く、1日で800人もの人が命を失う。
・いわゆる「安政コレラ」で、検証には疑問が呈されているものの、江戸だけで10万人が死亡したといわれる。
・文久2年(1862年)には、残留していたコレラ菌により再び大流行し、56万人の患者が出て、江戸では7万3,000人が死亡した。
・明治に入っても2、3年間隔で万人単位の患者を出す流行が続き、1879年、1886年には死者が10万人台を数えた。
・1879年7月、ドイツ汽船ヘスペリア号に対し検疫停船仮規則によって検疫を要求したところ、ドイツ船はそれを無視して出航、砲艦の護衛のもと横浜港への入港を強行したという事件であり、このためコレラは関東地方でも流行して、この年だけで10万9,000人の死者が出たというものである」

「発疹チフス:
第一次世界大戦下のロシアでは3,000万人が罹患し、その1割にあたる人びとが死亡している。」

「スペイン風邪:
鳥インフルエンザの一種と考えられるスペイン風邪は、1918年、アメリカ合衆国の兵士の間で流行しはじめ、人類が遭遇した最初のインフルエンザの大流行(パンデミック)となり、感染者は6億人、死者は最終的には4,000万人から5,000万人におよんだ。当時の世界人口は12億人程度と推定されるため、全人類の半数もの人びとがスペイン風邪に感染したことになる。」

「アジア風邪では、世界で200万人もの人びとが死亡」

「香港風邪では、世界で100万人が死亡し、日本の死者は2,200人以上である。」

ペスト(死者数千万人:最大60%)、ロシアの発疹チフス(死者300万人:10%)、インフルエンザ(死者5千万人:8%程度)くらいのもんである(コレラもそうらしい)。

致死率が高い疾病で、大流行というのは殆どないのだ。

しかも、自然宿主からの一次感染や、呼吸器感染(飛沫核感染)によるもので、接触感染による大流行というのはない。

ヒトーヒト感染の場合、ウイルスや細菌などの知識がなくても、隔離してしまうという知恵を働かせて切り抜けている。

それが出来ない時に、パンデミックを起こしているのだ。

(パンデミック)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%9F%E3%83%83%E3%82%AF

「それまでその地域で発生が見られなかった、あるいは低い頻度で発生していた感染症があるとき急に集団で発生した場合、これを特にアウトブレイクと呼ぶ。」

「エンデミック(地域流行):
地域的に狭い範囲に限定され、患者数も比較的少なく、拡大のスピードも比較的遅い状態。この段階ではまだ、いわゆる「流行」とは見なされないこともあり、風土病もエンデミックの一種に当たる。」

「エピデミック(流行):
感染範囲や患者数の規模が拡大(アウトブレイク)したもの。比較的広い(国内から数か国を含む)一定の範囲で、多くの患者が発生する。」

「パンデミック(汎発流行):
さらに流行の規模が大きくなり、複数の国や地域にわたって(=世界的、汎発的に)、さらに多くの患者が発生するもの。」

「パンデミックに発展する恐れのある疾病:
世界保健機関の国際的感染症対策ネットワーク (2009) が警戒する感染症:
・炭疽
・鳥インフルエンザ
・クリミア・コンゴ出血熱
・デング熱
・エボラ出血熱
・ヘンドラウイルス感染症
・肝炎
・インフルエンザ
・2009年のインフルエンザ(H1N1)
・ラッサ熱
・マールブルグ熱
・髄膜炎症(en:Meningococcal disease)
・ニパウイルス感染症
・ペスト
・リフトバレー熱
・重症急性呼吸器症候群 (SARS)
・天然痘
・野兎病
・黄熱病」

エボラは、立派な候補になっている。

今は、まだ、エピデミックに留まっている。

おーい、軍の輸送船や輸送機は、まだ来ないのかあ?。

(エボラ出血熱:国連におけるMSFインターナショナル会長の声明)
http://www.msf.or.jp/news/detail/headline_1633.html

(MSF International President United Nations Special Briefing on Ebola:英文記事)
http://www.msf.org/article/msf-international-president-united-nations-special-briefing-ebola

「私たちは数か月にわたって警鐘を鳴らし続けてきました。しかし国際社会からの応答は常に不十分でスピード感に欠けるものでした。感染拡大は6ヵ月も前に始まったにもかかわらず、『公衆衛生上の国際的緊急事態』は8月8日まで宣言されなかったのです。」

痛いところを突いてくるなあ・・・。

まあ、6月上旬時点では、流行終息も間近だろうとMSF自身が考えていたんだから、WHOの対応を責めるわけにはいかないと思うんだが。

(西アフリカ:なぜエボラがここまで流行したのか?――MSF医師の見解(上):Q1参照)
http://www.msf.or.jp/news/detail/voice_1449.html

「MSFは、感染者と接触した可能性がある人、感染した疑いがある人を追跡する疫学的監視を行っています。2~3週間前の6月上旬時点で、対象としていた村はギニア国内に2ヵ所のみ。調査結果から、流行終息も間近だろう、と期待が高まっていました。」

まあ、その後、状況は一転して、怒涛の感染拡大が始まるんだが。

「私たちは過去6ヵ月間、エボラとの戦いに負け続けてきました。しかし次の3ヵ月はなんとしても勝たなければなりません。」

「この病気の流行を食い止めるため、各国政府が直ちに、生物学的災害の抑制に専門知識を備えた民間および軍の人材や装備を展開していくことが絶対に必要です。私はみなさまに対し、各国政府の全面的な後方支援を受けた災害対策チームを派遣してくださるよう、呼びかけます。 そして、この支援はまん延国と緊密な連携のもとになされるべきです。」

まん延国との調整に手間取っていたら、3か月なんて、あっという間に経っちまうんじゃね?。

「国連加盟国は自国の国境を守ることだけに集中している事はできません。この流行に対し、その根元から取り組むことによってのみ、私たちはこの病気を食い止められるのです。」

「私たちはまん延国を切り離して、この流行が単に燃え尽きることを願うわけにはいきません。この火を消すためには、私たちは燃えさかる建物へ突入していかなければならないのです。」

切り込み隊長としてはそれでいいかもしれないが、各国はそうは考えないだろう。

自国の国境を守ることだけに集中し、まん延国を切り離して、この流行が単に燃え尽きることを願うわけにいかないだろうか?(画像参照:って、別にここに映っている各国の代表が、そう思ってるってわけじゃあないんですが)。

「私たちは未知の領域に足を踏み入れたのです。」

単に、感染の規模が拡大しただけではない。

国際社会は、間違いなく、人類が過去に経験したことのない事態に直面している。

これは、21世紀初頭における、人類のあり方を問う踏み絵である。

「最後に、この流行への対応をつき動かす共通の心構えを変えなければなりません。」(Lastly, we must change the collective mindset driving the response to the epidemic.)

それが変わらなければ、何も起こらないし、何事も動かない。

揚陸艦も来なければ、軍用輸送機も飛ばない。

残念ながら、浮沈子は、変わらないほうに一票だな・・・。

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