秋空 ― 2016年11月17日 15:24
秋空
朝の渋滞を逆行して、03ボクスターで箱根を目指す。
快調だ。
屋根を全開にして(つーか、半分開けるとか出来ないんで)、ついでにアクセルも時々全開にして、ターンパイクを駆け上がる。
これは、一種のカタルシスだ。
(カタルシス)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B9
日頃の鬱積した感情が、涙と共に発散され、浄化される。
まあ、涙は、巻き込む風のせいだとか、鼻かぜひいてるからとか、色気のない説明はいくらでもできるけどな。
オープンカーだけがもたらすことのできる、感動の嵐だ。
アベレージは、それ程上げない。
橋の上で横っ飛びするようなGは掛けずに、ダンロップタイヤのグリップを余裕で維持しながら、ハンドルとアクセルのリニアな感触を味わう。
数分間の、誰にも邪魔されることのないワインディングを楽しんだ。
大観山のレストハウスでは、アバルト製のロードスターのメディア向けの試乗会の用意がされていた。
10台余りのアバルト・124スパイダーが整然と並ぶ。
半分はオートマ、半分はマニュアルだという。
マニュアルでしょう、当然!?。
でもないという記事もあって、我が国における(つーか、箱根における)試乗の記事が楽しみだな。
(【アバルト 124スパイダー6AT】世界初公開、MTの苦手部分をカバーするモデル[写真蔵])
http://response.jp/article/2016/11/16/285532.html
しかしなあ、これもターボだしなあ・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
帰りに疎開先に直行して、83タルガと入れ替える。
屋根は付けたまま走った。
20年の時の流れを超えて、新旧のポルシェスポーツモデルを乗り継ぐ。
クルマとしての出来でいえば、アットーテキに03ボクスターが上だが、どちらを選ぶということになれば、浮沈子は83タルガを選ぶ。
もうそれは決まっている。
癖のあるシフトレバーをこねこねしながら、神経質なクラッチをそーっと繋ぎながら、後ろからあおられつつ下道を走る。
坂道発進の都度、エンストしないか気にしながらのドライブにも慣れた。
こういうところを走るクルマじゃないんだよな、本来。
燦々と降り注ぐ陽光を浴びながら、海沿いの道をどこまでもオープンで走るクルマだ。
ワインディングとかに持ち込んではいけない。
車体が撚れるしな。
デレデレと、ゆるーい感じで走るのが似合う。
ちょっと、最近、そういう走り方をしていなかったな。
季節的にはちょっと外してしまったけど、近々、遠乗りに連れ出してみよう。
手袋と、マフラーが欲しくなった。
アバルトスパイダーは、どんな乗り味なんだろうか。
近所のお店とかで、試乗できるんだろうか?(フィアットの販売店なら、自転車でも行けるんだがな)。
例によって、買う気もないのに、営業の邪魔しに行くだけだけどな。
実車を見た感じでは、バルケッタのような、おっ、というインパクトはない。
どちらかといえば、マツダのデザインの方がアグレッシブかもしれない。
癖のない、万人受けしそうな無難なデザインに思えた。
100万円高いというが、いったいどんな方のハートを射止めるんだろうな。
イタ車でないと蕁麻疹が出るとか・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
ボクスターからタルガに乗り換えると、乗り味の濃さというか、癖のある乗り味が気になる。
逆に、タルガからボクスターに乗り換えると、薄味というか、癖のなさが逆に物足りなく感じる。
身勝手な話だ。
それぞれに、個性があって、その時々の気分次第で、印象も変わる。
ボクスターの遠乗りは、久しぶりだった。
やはり、たまには連れ出してやらないといかんな。
晴れた日には、屋根の開くポルシェが似合う。
パワーなんぞは、そこそこでいいが、リニアで敏感な特性は譲り難い。
ひらひらと舞い、軽やかに加速するのがよろしい。
やっぱ、いつかアバルト、乗りに行こう・・・。
朝の渋滞を逆行して、03ボクスターで箱根を目指す。
快調だ。
屋根を全開にして(つーか、半分開けるとか出来ないんで)、ついでにアクセルも時々全開にして、ターンパイクを駆け上がる。
これは、一種のカタルシスだ。
(カタルシス)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B9
日頃の鬱積した感情が、涙と共に発散され、浄化される。
まあ、涙は、巻き込む風のせいだとか、鼻かぜひいてるからとか、色気のない説明はいくらでもできるけどな。
オープンカーだけがもたらすことのできる、感動の嵐だ。
アベレージは、それ程上げない。
橋の上で横っ飛びするようなGは掛けずに、ダンロップタイヤのグリップを余裕で維持しながら、ハンドルとアクセルのリニアな感触を味わう。
数分間の、誰にも邪魔されることのないワインディングを楽しんだ。
大観山のレストハウスでは、アバルト製のロードスターのメディア向けの試乗会の用意がされていた。
10台余りのアバルト・124スパイダーが整然と並ぶ。
半分はオートマ、半分はマニュアルだという。
マニュアルでしょう、当然!?。
でもないという記事もあって、我が国における(つーか、箱根における)試乗の記事が楽しみだな。
(【アバルト 124スパイダー6AT】世界初公開、MTの苦手部分をカバーするモデル[写真蔵])
http://response.jp/article/2016/11/16/285532.html
しかしなあ、これもターボだしなあ・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
帰りに疎開先に直行して、83タルガと入れ替える。
屋根は付けたまま走った。
20年の時の流れを超えて、新旧のポルシェスポーツモデルを乗り継ぐ。
クルマとしての出来でいえば、アットーテキに03ボクスターが上だが、どちらを選ぶということになれば、浮沈子は83タルガを選ぶ。
もうそれは決まっている。
癖のあるシフトレバーをこねこねしながら、神経質なクラッチをそーっと繋ぎながら、後ろからあおられつつ下道を走る。
坂道発進の都度、エンストしないか気にしながらのドライブにも慣れた。
こういうところを走るクルマじゃないんだよな、本来。
燦々と降り注ぐ陽光を浴びながら、海沿いの道をどこまでもオープンで走るクルマだ。
ワインディングとかに持ち込んではいけない。
車体が撚れるしな。
デレデレと、ゆるーい感じで走るのが似合う。
ちょっと、最近、そういう走り方をしていなかったな。
季節的にはちょっと外してしまったけど、近々、遠乗りに連れ出してみよう。
手袋と、マフラーが欲しくなった。
アバルトスパイダーは、どんな乗り味なんだろうか。
近所のお店とかで、試乗できるんだろうか?(フィアットの販売店なら、自転車でも行けるんだがな)。
例によって、買う気もないのに、営業の邪魔しに行くだけだけどな。
実車を見た感じでは、バルケッタのような、おっ、というインパクトはない。
どちらかといえば、マツダのデザインの方がアグレッシブかもしれない。
癖のない、万人受けしそうな無難なデザインに思えた。
100万円高いというが、いったいどんな方のハートを射止めるんだろうな。
イタ車でないと蕁麻疹が出るとか・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
ボクスターからタルガに乗り換えると、乗り味の濃さというか、癖のある乗り味が気になる。
逆に、タルガからボクスターに乗り換えると、薄味というか、癖のなさが逆に物足りなく感じる。
身勝手な話だ。
それぞれに、個性があって、その時々の気分次第で、印象も変わる。
ボクスターの遠乗りは、久しぶりだった。
やはり、たまには連れ出してやらないといかんな。
晴れた日には、屋根の開くポルシェが似合う。
パワーなんぞは、そこそこでいいが、リニアで敏感な特性は譲り難い。
ひらひらと舞い、軽やかに加速するのがよろしい。
やっぱ、いつかアバルト、乗りに行こう・・・。
変化の時 ― 2016年11月17日 20:01
変化の時
大井町のジェクサーの中にある、ダイビングプールが撤去されることになった。
えーーーーーーーっ!?。
聞いてないぜぇーっ!?。
いや、ちゃんと貼り紙出てたし、藤上さんにも確認したので間違いない。
撤去工事は、来年2月からとある。
サボってばかりで、ちっとも成果が上がらないプール練習だが、いざなくなるとなると、ちょっと寂しいな。
しかし、急な話だ。
わざわざ大井町までフィットネスに通っているのも、何かと情報が入りやすく、気軽に自主練習ができるプールがあるからだ。
なくなっちゃうのかあ・・・。
ショック・・・。
スイミングプールの一角で、ダイビングの練習もできるようにするらしいが、やはり水深がないとコンファインドウォーターのスキルは達成できない。
中性浮力の練習とかもできないしな。
どこかのプールを借りてやるか、新しくプールを作るか。
(ダイビングプール考)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2016/10/25/8236010
ジュリ扇ギャルが、水中お立ち台で踊ってる場合じゃないんじゃない?。
柏崎さんと田中さんは、早速、名古屋に行って、味噌カツ食ってるというじゃないの!。
いや、evis本店のすんばらしーダイビングプールの視察だそうだ。
でも、やっぱり、味噌カツだろうな。
それとも、ひつまぶしか、きしめんか・・・。
(名古屋めし)
http://nagoya.xtone.jp/
「味噌煮込みうどん、ひつまぶし、きしめん、天むす、小倉トースト、どて煮、あんかけスパゲッティ、イタリアンスパゲッティ、味噌おでん、味噌カツ、手羽先唐揚げ、台湾ラーメン、エビフライなどは「名古屋めし」と呼ばれている。」
まあ、どうでもいいんですが。
昨日から、水泳教室の先生も交替して、浮沈子の周りは変化の時を迎えている。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず。
出会いと別れは、人の世の常である。
だからこそ、人の縁は大切にしなければならないともいう。
今日もスイミングプールで800m泳ぐ。
キック板300m、平泳ぎ100m、休憩、平泳ぎ300m、キック板100m。
ちょっと変則だったけど、キック板なしの方が速いので、時間も短くて済んだ。
明日は、少し腕の筋肉が痛くなるかもしれない。
午前中の箱根行きとポルシェの入れ替え、昼食後にフィットネス。
活動的な1日を過ごしたな。
明日は、また、2時間、プールに浸かって、塩素漬けになるわけだな。
後、2か月余りしか潜ることが出来ないということで、真剣に練習しなければならない。
新しい器材のチェックも行う(予定)。
いよいよ、本格的に取り組まなければならなくなってきた。
ちゃんと、トレーニングして、スービックでは、効率的に講習が進むようにしておかなくっちゃ。
ああ、体調管理も大事だしな。
先週は、後半、体調を崩してしまって、予定がこなせなかった。
無理してひどくするよりはいいけど。
今週は、なんとか既存の予定はこなしている。
予定外の箱根とか行ったけどな。
富士山は雪化粧、箱根の山は、紅葉の盛りだ。
もう、だいぶ葉が落ちていたけど、いい気分転換になった。
マグマカレー(大盛)も食べて、大満足。
季節が移ろい、いろいろな状況が変わり、新しい人の輪の中で、物事が展開していく。
変化を恐れるのではなく、好機ととらえ、楽しんでいきたい。
そういえば、どっかの国の大統領も、大番狂わせだったしな・・・。
大井町のジェクサーの中にある、ダイビングプールが撤去されることになった。
えーーーーーーーっ!?。
聞いてないぜぇーっ!?。
いや、ちゃんと貼り紙出てたし、藤上さんにも確認したので間違いない。
撤去工事は、来年2月からとある。
サボってばかりで、ちっとも成果が上がらないプール練習だが、いざなくなるとなると、ちょっと寂しいな。
しかし、急な話だ。
わざわざ大井町までフィットネスに通っているのも、何かと情報が入りやすく、気軽に自主練習ができるプールがあるからだ。
なくなっちゃうのかあ・・・。
ショック・・・。
スイミングプールの一角で、ダイビングの練習もできるようにするらしいが、やはり水深がないとコンファインドウォーターのスキルは達成できない。
中性浮力の練習とかもできないしな。
どこかのプールを借りてやるか、新しくプールを作るか。
(ダイビングプール考)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2016/10/25/8236010
ジュリ扇ギャルが、水中お立ち台で踊ってる場合じゃないんじゃない?。
柏崎さんと田中さんは、早速、名古屋に行って、味噌カツ食ってるというじゃないの!。
いや、evis本店のすんばらしーダイビングプールの視察だそうだ。
でも、やっぱり、味噌カツだろうな。
それとも、ひつまぶしか、きしめんか・・・。
(名古屋めし)
http://nagoya.xtone.jp/
「味噌煮込みうどん、ひつまぶし、きしめん、天むす、小倉トースト、どて煮、あんかけスパゲッティ、イタリアンスパゲッティ、味噌おでん、味噌カツ、手羽先唐揚げ、台湾ラーメン、エビフライなどは「名古屋めし」と呼ばれている。」
まあ、どうでもいいんですが。
昨日から、水泳教室の先生も交替して、浮沈子の周りは変化の時を迎えている。
年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず。
出会いと別れは、人の世の常である。
だからこそ、人の縁は大切にしなければならないともいう。
今日もスイミングプールで800m泳ぐ。
キック板300m、平泳ぎ100m、休憩、平泳ぎ300m、キック板100m。
ちょっと変則だったけど、キック板なしの方が速いので、時間も短くて済んだ。
明日は、少し腕の筋肉が痛くなるかもしれない。
午前中の箱根行きとポルシェの入れ替え、昼食後にフィットネス。
活動的な1日を過ごしたな。
明日は、また、2時間、プールに浸かって、塩素漬けになるわけだな。
後、2か月余りしか潜ることが出来ないということで、真剣に練習しなければならない。
新しい器材のチェックも行う(予定)。
いよいよ、本格的に取り組まなければならなくなってきた。
ちゃんと、トレーニングして、スービックでは、効率的に講習が進むようにしておかなくっちゃ。
ああ、体調管理も大事だしな。
先週は、後半、体調を崩してしまって、予定がこなせなかった。
無理してひどくするよりはいいけど。
今週は、なんとか既存の予定はこなしている。
予定外の箱根とか行ったけどな。
富士山は雪化粧、箱根の山は、紅葉の盛りだ。
もう、だいぶ葉が落ちていたけど、いい気分転換になった。
マグマカレー(大盛)も食べて、大満足。
季節が移ろい、いろいろな状況が変わり、新しい人の輪の中で、物事が展開していく。
変化を恐れるのではなく、好機ととらえ、楽しんでいきたい。
そういえば、どっかの国の大統領も、大番狂わせだったしな・・・。
オマージュ ― 2016年11月17日 22:26
オマージュ
(オマージュ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
「芸術や文学においては、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。また作品のモチーフを過去作品に求めることも指す。」
まあ、ふつー、工業製品には使われない概念である。
(マクラーレン、「ハイパー GT」開発へ…3座のHVスーパーカー)
http://response.jp/article/2016/11/17/285541.html
「マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ(MSO)は11月16日、新型スーパーカーの『ハイパー GT』の開発計画を明らかにした。」
「名車、マクラーレン『F1』から、中央に運転席がある3シートのレイアウトが受け継がれる。」
「カーボンファイバー製ボディの「シュリンクラップ」デザインによる、流線型のエレガントな外観が特徴。跳ね上げ式のサイドドアが採用されるが、ハイパーGTでは、ドアの開口部が初めて、ルーフまで展開する。」
このクルマについては、既に報じられている。
(マクラーレンF1、ハイパーGTとして復活へ)
http://www.autocar.jp/news/2016/07/20/178730/
「限定モデルとして登場する新型は、“F1” へのオマージュとして製造される。」
パワートレインは、例によってマクラーレンのロードカーの定番で、どこを切っても金太郎飴の、3.8リッターV8ツインターボだ。
最近は、P1とかのように、このユニットに電池とモーターをくっ付けてハイパースポーツにでっちあげるのが常套手段となっている。
上等じゃねーか!(なんちゃって・・・)。
「ラインナップの頂点に位置するモデルはあくまでP1」
「新型F1の開発チームは “最速のGT” を目標」
「飛び抜けたパフォーマンスを誇るスーパー・スポーツカーを目指さない」
まあいい。
パッケージングこそ、オリジナルのまねをしているが、そこにはかつてのマクラーレンF1のオーラはない。
あの車が出た時、浮沈子は、自動車というのは、中でもスポーツカーというものは、こういうものなのかと、目から鱗が落ちる思いだった。
一切の妥協なく作られたクルマというのが、どれ程のものかを、これでもかと見せつけられた。
リンクには、当時の興奮を伝える記事が掲載されている。
(マクラーレンF1)
http://www.autocar.jp/firstdrives/2013/12/31/62333/
この記事は、引用しない。
全文を読むべきである。
「“ここに紹介するのは、史上最高速を達成したテストの記録ではない。恐らく永遠に破られることのない最高速テストの記録である。”」
まあ、そんなことはなかったわけだが、そう書かれるに値するクルマであったことは確かだ。
ハイパーGTという、間抜けな名前が与えられた新型車は、商売上手なロン・デニスが、ゴードン・マーレーの秀逸なデザインを基に、既存の要素技術を上手く寄せ集めてパッケージ化し、金もうけのために作るクルマだ。
それは、自動車という工業製品の定義を根底から覆した歴史に残る名車の足元にも及ばない。
当時、1億円の価格をしても、作れば作るだけ赤字になったといわれる、常識を超えた工業製品だった。
もちろん、3億円近いハイパーGTは、作れば作るだけ黒字になるに決まっている!。
オマージュだろうがリスペクトだろうが、マクラーレンが作っているのは、「芸術や文学」ではないのだから。
P1が、その後継者として相応しいクルマかどうかは知らない。
しかし、ハイパーGTが禄でもないクルマになることは確かだろう。
F1が纏っていたオーラは、自動車という工業製品を再定義し、20世紀に本格的に登場してきたガソリンで公道を走る機械としての集大成を示して見せたことによる。
強靭なボディと、扱いやすいエンジンで、不世出の名車と浮沈子が認める500Eとは別格だが、マクラーレンF1が一世を風靡した破格のスポーツカーであったことは、万人が認めるところである。
「1億円を準備できるのかと問われれば、もしあるのなら躊躇せずオーダーすると答えよう。」
今、このクルマを手に入れようとしたら、数億円を準備する必要がある。
それでも、手に入れられる保証はない。
もっとパワーのあるクルマや、サーキットで速いクルマはあるだろうが、歴史的名車という兌換不可能な価値はプライスレスだ。
ハイパーGTが生産されるのは、2018年とか2019年とか言われているが、現代のテクノロジーを投じて、どれだけ高性能で快適なクルマを作ったとしても、歴史に残るクルマになることはできない(たぶん)。
投資対象とするなら、20年以上前のF1を手に入れるに限るだろう。
そんでもって、日常の足というか、下駄代わりにハイパーGTに乗るのがよろしい。
毎日、オマージュしながら(!)悦に入ることが出来、更なるハイパワーと快適さという現世利益を手に入れることもできる。
もう、この値段になると、浮沈子は正常な思考が出来なくなる。
1億円のクルマとしてデビューしたころ、そんな値段でクルマが売れるかどうかが議論の対象になった。
今は、まあ、3億円くらいがハイパースポーツカーの相場である。
最高速は400kmオーバーなのが当たり前。
ニュル北を7分程度でブッ飛ばす。
ターボと電子制御で武装した、帝国の最終兵器だ。
そんなクルマが、飛ぶように売れる。
しかし、F1は、そういった売るためのクルマとは一線を画している。
究極のロードカーのカタチ。
それを、どこまでも追及して出来た、他に何をもってしても代替し得ない、唯一無二の存在。
だから、オマージュたり得る。
もちろん、現代の技術で究極のクルマを作れば、別のカタチになるだろう。
しかし、そういう幸せな環境で生まれてくるクルマは、最早ない。
F1は、機械の王国の、豊穣の20世紀末に、奇跡のように生まれたクルマだ。
二度と作られることのない、芸術作品のようなクルマ。
永遠のアイコンだな。
間違えてはいけない。
GTは、どう逆立ちしても、どんなに高い値付けをしても、F1の衣の裾に触れることすら叶わないのだ・・・。
(オマージュ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5
「芸術や文学においては、尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。また作品のモチーフを過去作品に求めることも指す。」
まあ、ふつー、工業製品には使われない概念である。
(マクラーレン、「ハイパー GT」開発へ…3座のHVスーパーカー)
http://response.jp/article/2016/11/17/285541.html
「マクラーレン・スペシャル・オペレーションズ(MSO)は11月16日、新型スーパーカーの『ハイパー GT』の開発計画を明らかにした。」
「名車、マクラーレン『F1』から、中央に運転席がある3シートのレイアウトが受け継がれる。」
「カーボンファイバー製ボディの「シュリンクラップ」デザインによる、流線型のエレガントな外観が特徴。跳ね上げ式のサイドドアが採用されるが、ハイパーGTでは、ドアの開口部が初めて、ルーフまで展開する。」
このクルマについては、既に報じられている。
(マクラーレンF1、ハイパーGTとして復活へ)
http://www.autocar.jp/news/2016/07/20/178730/
「限定モデルとして登場する新型は、“F1” へのオマージュとして製造される。」
パワートレインは、例によってマクラーレンのロードカーの定番で、どこを切っても金太郎飴の、3.8リッターV8ツインターボだ。
最近は、P1とかのように、このユニットに電池とモーターをくっ付けてハイパースポーツにでっちあげるのが常套手段となっている。
上等じゃねーか!(なんちゃって・・・)。
「ラインナップの頂点に位置するモデルはあくまでP1」
「新型F1の開発チームは “最速のGT” を目標」
「飛び抜けたパフォーマンスを誇るスーパー・スポーツカーを目指さない」
まあいい。
パッケージングこそ、オリジナルのまねをしているが、そこにはかつてのマクラーレンF1のオーラはない。
あの車が出た時、浮沈子は、自動車というのは、中でもスポーツカーというものは、こういうものなのかと、目から鱗が落ちる思いだった。
一切の妥協なく作られたクルマというのが、どれ程のものかを、これでもかと見せつけられた。
リンクには、当時の興奮を伝える記事が掲載されている。
(マクラーレンF1)
http://www.autocar.jp/firstdrives/2013/12/31/62333/
この記事は、引用しない。
全文を読むべきである。
「“ここに紹介するのは、史上最高速を達成したテストの記録ではない。恐らく永遠に破られることのない最高速テストの記録である。”」
まあ、そんなことはなかったわけだが、そう書かれるに値するクルマであったことは確かだ。
ハイパーGTという、間抜けな名前が与えられた新型車は、商売上手なロン・デニスが、ゴードン・マーレーの秀逸なデザインを基に、既存の要素技術を上手く寄せ集めてパッケージ化し、金もうけのために作るクルマだ。
それは、自動車という工業製品の定義を根底から覆した歴史に残る名車の足元にも及ばない。
当時、1億円の価格をしても、作れば作るだけ赤字になったといわれる、常識を超えた工業製品だった。
もちろん、3億円近いハイパーGTは、作れば作るだけ黒字になるに決まっている!。
オマージュだろうがリスペクトだろうが、マクラーレンが作っているのは、「芸術や文学」ではないのだから。
P1が、その後継者として相応しいクルマかどうかは知らない。
しかし、ハイパーGTが禄でもないクルマになることは確かだろう。
F1が纏っていたオーラは、自動車という工業製品を再定義し、20世紀に本格的に登場してきたガソリンで公道を走る機械としての集大成を示して見せたことによる。
強靭なボディと、扱いやすいエンジンで、不世出の名車と浮沈子が認める500Eとは別格だが、マクラーレンF1が一世を風靡した破格のスポーツカーであったことは、万人が認めるところである。
「1億円を準備できるのかと問われれば、もしあるのなら躊躇せずオーダーすると答えよう。」
今、このクルマを手に入れようとしたら、数億円を準備する必要がある。
それでも、手に入れられる保証はない。
もっとパワーのあるクルマや、サーキットで速いクルマはあるだろうが、歴史的名車という兌換不可能な価値はプライスレスだ。
ハイパーGTが生産されるのは、2018年とか2019年とか言われているが、現代のテクノロジーを投じて、どれだけ高性能で快適なクルマを作ったとしても、歴史に残るクルマになることはできない(たぶん)。
投資対象とするなら、20年以上前のF1を手に入れるに限るだろう。
そんでもって、日常の足というか、下駄代わりにハイパーGTに乗るのがよろしい。
毎日、オマージュしながら(!)悦に入ることが出来、更なるハイパワーと快適さという現世利益を手に入れることもできる。
もう、この値段になると、浮沈子は正常な思考が出来なくなる。
1億円のクルマとしてデビューしたころ、そんな値段でクルマが売れるかどうかが議論の対象になった。
今は、まあ、3億円くらいがハイパースポーツカーの相場である。
最高速は400kmオーバーなのが当たり前。
ニュル北を7分程度でブッ飛ばす。
ターボと電子制御で武装した、帝国の最終兵器だ。
そんなクルマが、飛ぶように売れる。
しかし、F1は、そういった売るためのクルマとは一線を画している。
究極のロードカーのカタチ。
それを、どこまでも追及して出来た、他に何をもってしても代替し得ない、唯一無二の存在。
だから、オマージュたり得る。
もちろん、現代の技術で究極のクルマを作れば、別のカタチになるだろう。
しかし、そういう幸せな環境で生まれてくるクルマは、最早ない。
F1は、機械の王国の、豊穣の20世紀末に、奇跡のように生まれたクルマだ。
二度と作られることのない、芸術作品のようなクルマ。
永遠のアイコンだな。
間違えてはいけない。
GTは、どう逆立ちしても、どんなに高い値付けをしても、F1の衣の裾に触れることすら叶わないのだ・・・。



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