シリーズ式 ― 2016年11月26日 00:30
シリーズ式
(ノート e-POWERに試乗。新パワートレーン搭載で他を圧倒する出来栄えに)
http://carview.yahoo.co.jp/article/testdrive/20161124-20103037-carview/
「エンジンは発電するだけで駆動はすべて電気モーターで行ういわゆるシリーズハイブリッドで、システムとして目新しくはないが乗用車で本格的な展開は初」
「ホンダのオデッセイやアコードが採用する「SPORT HYBRID i-MMD」はシリーズハイブリッドに近いが、高速走行時にはエンジンが駆動の補助をする」
つーことは、あれだな、電池の充電にエンジン回して、駆動は全てモーターということだ。
エンジン式電気自動車というわけだ。
エンジンで発電機回して、それからモーターを駆動するわけだから、効率は悪い。
しかし、エンジンだけ回していても、低回転とかでは効率悪いので、トータルで見てどうよ?、ということになる。
「日産ノートはこれまでミラーサイクルの直列3気筒1.2Lスーパーチャージャーというダウンサイジングコンセプトのガソリン・エンジンで勝負してきた。」
「26.2km/LというJC08モード燃費はガソリン車としては十分に優秀」
「JC08モード燃費=34.0km/L」(7ページ目のスペックより)
3割近い燃費向上だ。
普段、リッター5kmとか6kmとかいって、一喜一憂している浮沈子から見れば、もう、どっちだって、夢のような燃費だけどな。
経験から言えば、信号のない郊外や高速走行中心でなければ、都内中心での実際の燃費は、なんとかモードとかいうやつの7掛けくらいになる。
エンジンだけだと18kmそこそこ、ハイブリッドでもせいぜい23kmか、24km程度だ。
浮沈子が乗っていた初代プリウスは、実効燃費が15kmくらいだったから、リッターカークラスとはいえ、最近のハイブリッドは相当向上しているんだろう。
エンジンによる駆動に全く頼らないということは、相当程度、システムを簡素化できるわけだし、モーターの特性の味付けは、電子の力でどうにでもなるので、製品開発としては美味しい話である。
つまり、ノウハウを蓄積すれば、コストを掛けずに高度化が可能になるわけだ。
プログラムに金掛けて、ハードはチープで済む。
価値の源泉は、物理の法則にのっとった機械ではなく、神様にケンカ売って、自然の摂理に棹差す電子の力ということになる(まあ、電子も自然のもんですけど)。
「シリーズハイブリッドは機構的にはシンプルなので、複雑にして熟成されたアクアやスポーティさをも実現したフィット・ハイブリッドに対抗できるのかどうか、事前には疑問を持っていたが、試乗してみたらむしろ革命と呼べるほどの出来映えだった。」
「速さもレスポンスの良さもブッチギリに上回っていて、e-POWEWドライブによる新鮮な感覚もある。他のハイブリッドシステムは、エンジンと電気モーターが協力しあうが、それに伴うトルク変動で走りに違和感を感じることがある。純粋な電気駆動はそんな心配がまったくなくドライバビリティも極上だ。」
「静粛性でも他と同等以上。」
べた褒めだな。
「そう遠くない将来に他の車種への展開も考えられているようだが、電気モーターのメリットが強くなるタウンユース系のモデルには積極的に採用するべきだろう。」
軽自動車に採用するかどうかは別にしても、電気自動車の第3のカタチだ(第1は、バッテリー式、第2は水素燃料電池式。ちなみに、トヨタ式ハイブリッドは、単なるガソリン車です)。
駆動力を、全てモーターで行うということになれば、後は電気をどう調達するか、回生エネルギーをどうするかというところの違いになる。
理屈の上では、高速域はモーター止めて、エンジンの軸出力を取り出した方がいいに決まっているが、その仕組みは複雑でコストも掛かる。
制御も複雑になる。
そこを、全部チャラにして、安く提供するには、シリーズ式というのは悪くない。
浮沈子は、一定回転での発電機としてエンジンを使うなら、燃焼効率のいいディーゼルエンジンの復権もあると考えている。
まあ、環境負荷とか、いろいろあって難しいんだろうが、シリーズ式ハイブリッドは、新たな可能性を開くかもしれない。
エンジンが、パワープラントから消えたわけで、これは完全な電気自動車といえる。
電池で供給しようが、燃料電池で発電しようが、エンジン回して発電しようが、回しているのはモーターだけだ。
溜め込んだ電池が無くなったり、水素が無くなったり、ガソリンが無くなって走れなくなるのは、エネルギー源側の問題である。
まあ、ユーザーとしてみれば、そこが最大の問題だしな。
エミッションの問題もある。
電気作るのに、どれだけ排ガス出して、二酸化炭素出して、核廃棄物出しているかという話になって来る。
容積当たりのエネルギー密度が高いガソリンとか軽油を燃料にすれば、それだけ多くの荷物を積むことが出来るわけだから、移動体としての自動車には、そういう視点も必要だろう。
バッテリー1トン積んで、長距離充電しないで走れても、詰める荷物が少なくなってしまうのでは、商品として成り立たない。
水素は、重量当たりのエネルギー密度は高いかもしれないが、なにせ、元が軽いので、詰め込むのが大変だしな。
世界的には、インフラの問題もある。
そこに行くと、ガソリンや軽油は、世界中どこでも手に入り、エネルギー密度高く、エミッションに目をつむれば、効率は高い。
うーん、暫くは、この路線が続くんだろう。
燃料側から見れば、プラグインハイブリッドは、真のハイブリッドであり、それ以外のハイブリッドは、単なるエンジン車ともいえる。
効率を上げるために、補助的にモーター使っているだけだしな。
シリーズ式は、見る側によって、2通りの見方になってしまう。
感覚的には、燃料電池車との比較が簡単でいい。
片や水素、此方ガソリンで発電する。
動かしているのは、モーターだけ。
まあ、もちろん、出力変動へのバッファとして、バッテリーは噛ませてあるけどな。
そのバッテリーに、横からズルして(?)充電しちゃうのが、プラグインハイブリッドだ。
それだって、エンジンの軸から動力出すのと、そうでないのがある。
今、パワートレインは、最適解を模索している。
環境問題(正確には、環境問題に対する販売地域の規制に対応するという問題)、エネルギー需要、インフラの整備、商品価値、リセールバリュー、企業イメージ、エトセエトセを勘案しながら、試行錯誤が続いていくんだろう。
技術開発も、大いに影響する。
バッテリー式も、電池のエネルギー密度が上げられるようになって、航続距離が伸びてきている。
燃料電池は、触媒の問題が解決すれば、技術的には大いに進展するだろう。
もちろん、両方とも、燃料(電気)の補充が、最大のネックである。
何千万台の電気自動車が充電できる設備なんて、日本にはないしな。
水素なんて、一部地域以外では、絶対に手に入らない。
今のところ、両方とも、地域限定の乗り物になる。
人口の少ない山間部や、島嶼では導入できない。
まあ、電気自動車なら、島でも大丈夫かもしれないな(移動距離、短いし)。
あれこれ考えれば、ガソリン使って電気で走るというのは、現実的な解かもしれない。
そもそも、燃料の問題は、石油資源が枯渇しても、自動車という商品を売り続ける手段として出てきた話だ。
電池式電気自動車の優れたメリットは、化石燃料だろうが、再生可能資源だろうが、電気さえ持ってくれば、どうにでもなるという点にある。
クルマ単体として、航続距離が短いとか、充電時間が長いとか、電池の重量が嵩んで、トラックには導入できないとか、そういう話ではないのだ。
石油なんか枯渇しても、自動車は不滅だという記号性のためのイメージ商品に過ぎない。
水素燃料電池についていえば、さらに記号性が高い。
トヨタをはじめとして、メーカーは、本気で普及させようなどとは考えていない。
そこにいくと、ガソリンを燃料としたハイブリッドは、現実的な解だ。
石油資源の枯渇が、少なくとも数百年は先の話になって、孫子の代まで心配なくなってきたことを考えれば、使えるものなら使っていこうという話になる。
エミッションの話も、燃費の向上という免罪符が付いていて、罪悪感の軽減にもなるしな。
浮沈子のような、ガソリンまき散らしながら走るクルマに対して、密かな優越感に浸ることもできる(浮沈子も、初代プリウスに乗ってた頃は、7リッターくらいのマッチョなアメ車に乗ってるやつが、テイノーに思えたもんだ)。
何より、ガソリン代が節約できるという現世利益が付いてくるのが有り難い。
販売価格を考えれば、税金の軽減を考えても、元を取るためには20年とか30年乗り続けなければならないけど、優越感と贖罪を考慮すれば、払う価値はある。
そう、ハイブリッドは、現実的なわけだ。
あとは、使い方次第で、いろいろなタイプを選べばいい。
どーせ、50年、100年先に乗って、乗り味がいいとか悪いとかを問題にするクルマじゃない。
10年か、いいとこ20年したら、スクラップにする機械だ。
しかし、たぶん、20年先になっても、世の中は90パーセント以上、ガソリン車や、ディーゼル車が走っているに違いない。
燃料の需給を考えれば、そう考えるのが当たり前だ。
しかし、パワートレインは、エンジンからモーターに軸足を移している可能性はある。
トヨタは、2050年までには、全部ハイブリッドにするといっているしな(ちょっと正確ではありませんが)。
そのなかで、シリーズ式は、最もわかりやすい形だ。
ガソリン入れて、モーターで走る。
少し気を利かして、プラグインに出来たり、高速走行時に、エンジンの軸からパワー取り出したりするのもあるかもしれないけど、基本的にはガソリン→モーターという形式だ。
20年後も、浮沈子が自動車に乗っているとすれば、周りはみんなウイーンとかいって走っているにきまっている。
その中で、大顰蹙買いながら、リッター5kmとか6kmとかのガソリンエンジン車を、排気ガス撒き散らして転がす快感・・・。
そのためにも、大事に乗り続けなくっちゃな・・・。
(ノート e-POWERに試乗。新パワートレーン搭載で他を圧倒する出来栄えに)
http://carview.yahoo.co.jp/article/testdrive/20161124-20103037-carview/
「エンジンは発電するだけで駆動はすべて電気モーターで行ういわゆるシリーズハイブリッドで、システムとして目新しくはないが乗用車で本格的な展開は初」
「ホンダのオデッセイやアコードが採用する「SPORT HYBRID i-MMD」はシリーズハイブリッドに近いが、高速走行時にはエンジンが駆動の補助をする」
つーことは、あれだな、電池の充電にエンジン回して、駆動は全てモーターということだ。
エンジン式電気自動車というわけだ。
エンジンで発電機回して、それからモーターを駆動するわけだから、効率は悪い。
しかし、エンジンだけ回していても、低回転とかでは効率悪いので、トータルで見てどうよ?、ということになる。
「日産ノートはこれまでミラーサイクルの直列3気筒1.2Lスーパーチャージャーというダウンサイジングコンセプトのガソリン・エンジンで勝負してきた。」
「26.2km/LというJC08モード燃費はガソリン車としては十分に優秀」
「JC08モード燃費=34.0km/L」(7ページ目のスペックより)
3割近い燃費向上だ。
普段、リッター5kmとか6kmとかいって、一喜一憂している浮沈子から見れば、もう、どっちだって、夢のような燃費だけどな。
経験から言えば、信号のない郊外や高速走行中心でなければ、都内中心での実際の燃費は、なんとかモードとかいうやつの7掛けくらいになる。
エンジンだけだと18kmそこそこ、ハイブリッドでもせいぜい23kmか、24km程度だ。
浮沈子が乗っていた初代プリウスは、実効燃費が15kmくらいだったから、リッターカークラスとはいえ、最近のハイブリッドは相当向上しているんだろう。
エンジンによる駆動に全く頼らないということは、相当程度、システムを簡素化できるわけだし、モーターの特性の味付けは、電子の力でどうにでもなるので、製品開発としては美味しい話である。
つまり、ノウハウを蓄積すれば、コストを掛けずに高度化が可能になるわけだ。
プログラムに金掛けて、ハードはチープで済む。
価値の源泉は、物理の法則にのっとった機械ではなく、神様にケンカ売って、自然の摂理に棹差す電子の力ということになる(まあ、電子も自然のもんですけど)。
「シリーズハイブリッドは機構的にはシンプルなので、複雑にして熟成されたアクアやスポーティさをも実現したフィット・ハイブリッドに対抗できるのかどうか、事前には疑問を持っていたが、試乗してみたらむしろ革命と呼べるほどの出来映えだった。」
「速さもレスポンスの良さもブッチギリに上回っていて、e-POWEWドライブによる新鮮な感覚もある。他のハイブリッドシステムは、エンジンと電気モーターが協力しあうが、それに伴うトルク変動で走りに違和感を感じることがある。純粋な電気駆動はそんな心配がまったくなくドライバビリティも極上だ。」
「静粛性でも他と同等以上。」
べた褒めだな。
「そう遠くない将来に他の車種への展開も考えられているようだが、電気モーターのメリットが強くなるタウンユース系のモデルには積極的に採用するべきだろう。」
軽自動車に採用するかどうかは別にしても、電気自動車の第3のカタチだ(第1は、バッテリー式、第2は水素燃料電池式。ちなみに、トヨタ式ハイブリッドは、単なるガソリン車です)。
駆動力を、全てモーターで行うということになれば、後は電気をどう調達するか、回生エネルギーをどうするかというところの違いになる。
理屈の上では、高速域はモーター止めて、エンジンの軸出力を取り出した方がいいに決まっているが、その仕組みは複雑でコストも掛かる。
制御も複雑になる。
そこを、全部チャラにして、安く提供するには、シリーズ式というのは悪くない。
浮沈子は、一定回転での発電機としてエンジンを使うなら、燃焼効率のいいディーゼルエンジンの復権もあると考えている。
まあ、環境負荷とか、いろいろあって難しいんだろうが、シリーズ式ハイブリッドは、新たな可能性を開くかもしれない。
エンジンが、パワープラントから消えたわけで、これは完全な電気自動車といえる。
電池で供給しようが、燃料電池で発電しようが、エンジン回して発電しようが、回しているのはモーターだけだ。
溜め込んだ電池が無くなったり、水素が無くなったり、ガソリンが無くなって走れなくなるのは、エネルギー源側の問題である。
まあ、ユーザーとしてみれば、そこが最大の問題だしな。
エミッションの問題もある。
電気作るのに、どれだけ排ガス出して、二酸化炭素出して、核廃棄物出しているかという話になって来る。
容積当たりのエネルギー密度が高いガソリンとか軽油を燃料にすれば、それだけ多くの荷物を積むことが出来るわけだから、移動体としての自動車には、そういう視点も必要だろう。
バッテリー1トン積んで、長距離充電しないで走れても、詰める荷物が少なくなってしまうのでは、商品として成り立たない。
水素は、重量当たりのエネルギー密度は高いかもしれないが、なにせ、元が軽いので、詰め込むのが大変だしな。
世界的には、インフラの問題もある。
そこに行くと、ガソリンや軽油は、世界中どこでも手に入り、エネルギー密度高く、エミッションに目をつむれば、効率は高い。
うーん、暫くは、この路線が続くんだろう。
燃料側から見れば、プラグインハイブリッドは、真のハイブリッドであり、それ以外のハイブリッドは、単なるエンジン車ともいえる。
効率を上げるために、補助的にモーター使っているだけだしな。
シリーズ式は、見る側によって、2通りの見方になってしまう。
感覚的には、燃料電池車との比較が簡単でいい。
片や水素、此方ガソリンで発電する。
動かしているのは、モーターだけ。
まあ、もちろん、出力変動へのバッファとして、バッテリーは噛ませてあるけどな。
そのバッテリーに、横からズルして(?)充電しちゃうのが、プラグインハイブリッドだ。
それだって、エンジンの軸から動力出すのと、そうでないのがある。
今、パワートレインは、最適解を模索している。
環境問題(正確には、環境問題に対する販売地域の規制に対応するという問題)、エネルギー需要、インフラの整備、商品価値、リセールバリュー、企業イメージ、エトセエトセを勘案しながら、試行錯誤が続いていくんだろう。
技術開発も、大いに影響する。
バッテリー式も、電池のエネルギー密度が上げられるようになって、航続距離が伸びてきている。
燃料電池は、触媒の問題が解決すれば、技術的には大いに進展するだろう。
もちろん、両方とも、燃料(電気)の補充が、最大のネックである。
何千万台の電気自動車が充電できる設備なんて、日本にはないしな。
水素なんて、一部地域以外では、絶対に手に入らない。
今のところ、両方とも、地域限定の乗り物になる。
人口の少ない山間部や、島嶼では導入できない。
まあ、電気自動車なら、島でも大丈夫かもしれないな(移動距離、短いし)。
あれこれ考えれば、ガソリン使って電気で走るというのは、現実的な解かもしれない。
そもそも、燃料の問題は、石油資源が枯渇しても、自動車という商品を売り続ける手段として出てきた話だ。
電池式電気自動車の優れたメリットは、化石燃料だろうが、再生可能資源だろうが、電気さえ持ってくれば、どうにでもなるという点にある。
クルマ単体として、航続距離が短いとか、充電時間が長いとか、電池の重量が嵩んで、トラックには導入できないとか、そういう話ではないのだ。
石油なんか枯渇しても、自動車は不滅だという記号性のためのイメージ商品に過ぎない。
水素燃料電池についていえば、さらに記号性が高い。
トヨタをはじめとして、メーカーは、本気で普及させようなどとは考えていない。
そこにいくと、ガソリンを燃料としたハイブリッドは、現実的な解だ。
石油資源の枯渇が、少なくとも数百年は先の話になって、孫子の代まで心配なくなってきたことを考えれば、使えるものなら使っていこうという話になる。
エミッションの話も、燃費の向上という免罪符が付いていて、罪悪感の軽減にもなるしな。
浮沈子のような、ガソリンまき散らしながら走るクルマに対して、密かな優越感に浸ることもできる(浮沈子も、初代プリウスに乗ってた頃は、7リッターくらいのマッチョなアメ車に乗ってるやつが、テイノーに思えたもんだ)。
何より、ガソリン代が節約できるという現世利益が付いてくるのが有り難い。
販売価格を考えれば、税金の軽減を考えても、元を取るためには20年とか30年乗り続けなければならないけど、優越感と贖罪を考慮すれば、払う価値はある。
そう、ハイブリッドは、現実的なわけだ。
あとは、使い方次第で、いろいろなタイプを選べばいい。
どーせ、50年、100年先に乗って、乗り味がいいとか悪いとかを問題にするクルマじゃない。
10年か、いいとこ20年したら、スクラップにする機械だ。
しかし、たぶん、20年先になっても、世の中は90パーセント以上、ガソリン車や、ディーゼル車が走っているに違いない。
燃料の需給を考えれば、そう考えるのが当たり前だ。
しかし、パワートレインは、エンジンからモーターに軸足を移している可能性はある。
トヨタは、2050年までには、全部ハイブリッドにするといっているしな(ちょっと正確ではありませんが)。
そのなかで、シリーズ式は、最もわかりやすい形だ。
ガソリン入れて、モーターで走る。
少し気を利かして、プラグインに出来たり、高速走行時に、エンジンの軸からパワー取り出したりするのもあるかもしれないけど、基本的にはガソリン→モーターという形式だ。
20年後も、浮沈子が自動車に乗っているとすれば、周りはみんなウイーンとかいって走っているにきまっている。
その中で、大顰蹙買いながら、リッター5kmとか6kmとかのガソリンエンジン車を、排気ガス撒き散らして転がす快感・・・。
そのためにも、大事に乗り続けなくっちゃな・・・。
ノート e-POWERに試乗 ― 2016年11月26日 12:34
ノート e-POWERに試乗
ノートeパワーに試乗した。
夕べ、記事を読んで、ヨタブログを書いて、頭の中だけで考えていたのでは、何もわからないと思い、近所の日産のお店に行って、いきなり試乗させてもらった。
変なクルマだ。
完全モーター駆動なのに、エンジンはガソリン車のモデルと同じものを使っている。
コストの問題なのか、発電量を確保しなければならなかったのか。
この手のシリーズ式ハイブリッド車は、エンジンをそのままにして、ポン付けで出来てしまうのかもしれない。
それで、元のクルマより、燃費やドラビリが向上するとすれば、ガソリンエンジンって、一体何なのかという話になる。
ミラーサイクルに直噴して、アイドリングストップを繰り返してちびちび節約して、パワー欲しいところはスーパーチャージャーで何とかする。
それでも、シリーズ式にしたハイブリッドの方がいいということだ。
もう、エンジンは、発電機を回すものと割り切ってしまう。
ガソリン車と同じエンジン使っているというのが、何とも悲しいな。
それとも、発電機用エンジンとしての適性の方が、駆動用としてよりも高かったとか?。
まあいい。
で、乗ってみてどーよ?。
印象は、軽いクルマだということ。
リーフの乗り心地を期待してはいけない。
あの、ドシッとしたバッテリーの重さを感じることはない。
ノートのガソリン車は乗ってないけど、約100kgの重さのネガを感じることはないだろう。
で、走り味は電気自動車そのもので、その点で不満はない。
ノーマルモードでは、回生も普通で、何の違和感もなく乗れる。
お願いして、エコモードにしてもらうと、ⅰ3と同じく、強力な回生ブレーキが掛かって、停止までする。
慣れれば、面白いかもしれない。
つーか、ブレーキ踏まずに、どこまで停止位置の精度を上げられるかという、ゲーム感覚にハマる。
まあ、どうでもいいんですが。
モード切替は、走行中も可能だ。
いきなり、エンジンブレーキが強烈になったような感じで、一瞬焦った。
さて、そのエンジンだが、エアコンをかけているので、電池満タンでも掛かったり止まったりを繰り返す。
掛かるときには、軽いショックがある。
音は、結構勇ましい。
電気自動車の静謐な乗り心地を期待すると、ガッカリするだろう。
うるさいとは言わないが、浮沈子は気になった。
たぶん、オープンサーキットの排気音のように、やがて慣れてしまうものだろう。
エアコンを止めてもらって、電気自動車としての純粋な走りを楽しませてもらう。
2人乗りで、街道沿いを走って、何の不満もない。
低速での乗り心地も、上等な感じだ。
リアの荷室を、お店に戻ってから、展示してあったメダリストで確認する。
バッテリー(駆動用ではなくエンジン始動用)、が、荷室の床下にあって、収納的なネガはない。
駆動用バッテリーは、前席シート下にあるようだ。
といっても、容量は小さいんだろう。
しかし、電気自動車として成立させるために、十分な容量は取ってあるはずだ。
Sグレードというのは、エアコンがオプションでも付かない、トンデモ車で、メーカーも売る気はないだろう。
燃費の良さをアピールするためだけの、形だけのグレードだ。
ガソリン車の同じグレードと比較すると、38万円高い。
それが、最上級クラス同士の比較では、26万円の価格差になる。
うーん、ビミョーだ。
売れ筋のXは、意外にも46万円以上高い(いずれも、本体価格)。
しかし、考えようによっては、この価格差で、電気自動車に乗れるわけだ。
いや、やっぱ、ガソリン車か。
シリーズ式は、難しいな。
自宅に車庫がなく、電気自動車を持つことを諦めていた人にとっては、ガソリンで走る電気自動車(!?)は、待ってましたのアイテムだろう。
これは、新しい自動車の提案かもしれない。
売れるだろうか?。
まあ、そこそこは売れるだろう。
乗り味は、完全に、電気自動車だ。
エンジンは、発電機と割り切っている。
もうちっと、静粛性を高めることが出来れば、高級感も出せるんだろうが、そういうセグメントのクルマじゃない。
営業さんは、アクアにガチにぶつけたクルマといっていた。
値引きはゼロ。
試乗車には、スマート・ルームミラーがメーカーオプションで付いていたが、通常表示にしてもらった。
やはり、焦点を合わせるのが一瞬遅れる。
慣れの問題だろうが、試乗程度では無理だと思った。
しかし、まあ、これからはサイドミラーも液晶表示になるらしいから、こういうものにも慣れていく必要があるのかもしれないな。
面白いクルマだったが、例によって、浮沈子のターゲットではない。
発電用エンジンと駆動用モーター&インバーターが、ミッドシップにマウントされて、後輪蹴っとばしながら走るようになったら、ちっとは考えてもいいんだけどな・・・。
ノートeパワーに試乗した。
夕べ、記事を読んで、ヨタブログを書いて、頭の中だけで考えていたのでは、何もわからないと思い、近所の日産のお店に行って、いきなり試乗させてもらった。
変なクルマだ。
完全モーター駆動なのに、エンジンはガソリン車のモデルと同じものを使っている。
コストの問題なのか、発電量を確保しなければならなかったのか。
この手のシリーズ式ハイブリッド車は、エンジンをそのままにして、ポン付けで出来てしまうのかもしれない。
それで、元のクルマより、燃費やドラビリが向上するとすれば、ガソリンエンジンって、一体何なのかという話になる。
ミラーサイクルに直噴して、アイドリングストップを繰り返してちびちび節約して、パワー欲しいところはスーパーチャージャーで何とかする。
それでも、シリーズ式にしたハイブリッドの方がいいということだ。
もう、エンジンは、発電機を回すものと割り切ってしまう。
ガソリン車と同じエンジン使っているというのが、何とも悲しいな。
それとも、発電機用エンジンとしての適性の方が、駆動用としてよりも高かったとか?。
まあいい。
で、乗ってみてどーよ?。
印象は、軽いクルマだということ。
リーフの乗り心地を期待してはいけない。
あの、ドシッとしたバッテリーの重さを感じることはない。
ノートのガソリン車は乗ってないけど、約100kgの重さのネガを感じることはないだろう。
で、走り味は電気自動車そのもので、その点で不満はない。
ノーマルモードでは、回生も普通で、何の違和感もなく乗れる。
お願いして、エコモードにしてもらうと、ⅰ3と同じく、強力な回生ブレーキが掛かって、停止までする。
慣れれば、面白いかもしれない。
つーか、ブレーキ踏まずに、どこまで停止位置の精度を上げられるかという、ゲーム感覚にハマる。
まあ、どうでもいいんですが。
モード切替は、走行中も可能だ。
いきなり、エンジンブレーキが強烈になったような感じで、一瞬焦った。
さて、そのエンジンだが、エアコンをかけているので、電池満タンでも掛かったり止まったりを繰り返す。
掛かるときには、軽いショックがある。
音は、結構勇ましい。
電気自動車の静謐な乗り心地を期待すると、ガッカリするだろう。
うるさいとは言わないが、浮沈子は気になった。
たぶん、オープンサーキットの排気音のように、やがて慣れてしまうものだろう。
エアコンを止めてもらって、電気自動車としての純粋な走りを楽しませてもらう。
2人乗りで、街道沿いを走って、何の不満もない。
低速での乗り心地も、上等な感じだ。
リアの荷室を、お店に戻ってから、展示してあったメダリストで確認する。
バッテリー(駆動用ではなくエンジン始動用)、が、荷室の床下にあって、収納的なネガはない。
駆動用バッテリーは、前席シート下にあるようだ。
といっても、容量は小さいんだろう。
しかし、電気自動車として成立させるために、十分な容量は取ってあるはずだ。
Sグレードというのは、エアコンがオプションでも付かない、トンデモ車で、メーカーも売る気はないだろう。
燃費の良さをアピールするためだけの、形だけのグレードだ。
ガソリン車の同じグレードと比較すると、38万円高い。
それが、最上級クラス同士の比較では、26万円の価格差になる。
うーん、ビミョーだ。
売れ筋のXは、意外にも46万円以上高い(いずれも、本体価格)。
しかし、考えようによっては、この価格差で、電気自動車に乗れるわけだ。
いや、やっぱ、ガソリン車か。
シリーズ式は、難しいな。
自宅に車庫がなく、電気自動車を持つことを諦めていた人にとっては、ガソリンで走る電気自動車(!?)は、待ってましたのアイテムだろう。
これは、新しい自動車の提案かもしれない。
売れるだろうか?。
まあ、そこそこは売れるだろう。
乗り味は、完全に、電気自動車だ。
エンジンは、発電機と割り切っている。
もうちっと、静粛性を高めることが出来れば、高級感も出せるんだろうが、そういうセグメントのクルマじゃない。
営業さんは、アクアにガチにぶつけたクルマといっていた。
値引きはゼロ。
試乗車には、スマート・ルームミラーがメーカーオプションで付いていたが、通常表示にしてもらった。
やはり、焦点を合わせるのが一瞬遅れる。
慣れの問題だろうが、試乗程度では無理だと思った。
しかし、まあ、これからはサイドミラーも液晶表示になるらしいから、こういうものにも慣れていく必要があるのかもしれないな。
面白いクルマだったが、例によって、浮沈子のターゲットではない。
発電用エンジンと駆動用モーター&インバーターが、ミッドシップにマウントされて、後輪蹴っとばしながら走るようになったら、ちっとは考えてもいいんだけどな・・・。
鬼が笑う話? ― 2016年11月26日 22:58
鬼が笑う話?
予定では、浮沈子が富戸で正月を過ごしているであろう来年の1月1日に、天文学的(?)イベントがある。
(「うるう秒」挿入のお知らせ
~ 来年の元日はいつもより1秒長い日となります ~)
https://www.nict.go.jp/press/2016/07/08-1.html
「【今回のうるう秒の調整】:
平成29年(2017年)1月1日(日)午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に「8時59分60秒」を挿入します。」
日本時間で午前9時というから、世界協定時では、年末ということになる。
2016年は、1秒長い・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
(閏秒)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8F%E7%A7%92
「地球の自転速度が徐々に遅くなっているために、これと国際原子時との差を調整するために閏秒を挿入している」(注)
「頻繁に閏秒が挿入されてきたのは、地球の自転が徐々に遅くなっており、この遅れを調整するためである。」(注)
(注)「以上の説明は、間違った理解に基づくものである」
えーっ、ホントですかあ!?。
浮沈子は、てっきりそうだとばかり、ついさっきまで信じていたんですが・・・。
「正しくは、:
国際原子時の歩度(セシウム遷移の9 192 631 770周期)は、1750年 - 1892年の間(平均的には、1820年頃)に行われた天文観測からサイモン・ニューカムが計算した(Tables of the Sunに基づく)秒の長さに基づいて決められたために、1958年当時の地球自転の歩度(86 400.0025 SI秒程度)とは、合わなくなっていた」
「国際原子時の歩度を、セシウム遷移の9 192 631 770周期ではなく、9 192 631 997周期にしておけば、1972年以降、2回のマイナス(閏秒の削除)と1回のプラス(閏秒の挿入)の3回だけの閏秒の削除・挿入で済んでいた」
「地球の自転が長期的な傾向としては徐々に遅くなる(LODが大きくなる)のは事実であるが、それは1ユリウス世紀につき1.7ms/日 程度の変化(USNOの解説では、1ユリウス世紀につき1.4ms/日 程度の変化としている)の極めて小さなものである」
「1972年以降の地球自転速度の変化は、上記の遅れによるものではなく、数年ないし数十年周期の、もっと大きく、不規則な変動によるものである」
「ここ40年間では、一日の長さ (LOD) はむしろ短くなっている(地球自転速度が速くなっている)のである。」
「LODの年単位より長周期の変動の原因は分かっておらず、未解決の課題である。」
「月による潮汐摩擦、地震による地球内部の質量の分布変化、マントルと外核の相互作用、氷床の消長、地球内部の核、風、海水などによる影響が考えられているが、定量的には分かっていない。」
たぶん、あれだな、高地にあった氷床が溶けて、海面の高さになれば、それだけ回転中心に近いところに重いものが集まるわけだから、時点速度が速くなるという話だろうな(例によって、テキトーな予想ですが)。
ともあれ、世界の年末=日本の元旦は、1秒長くなる。
この自転が変わる話とは関係なく、周期的に変化している天文学的な現象がある。
(天の北極)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E5%8C%97%E6%A5%B5
「地球の歳差運動に伴い、天の北極の位置は黄道北極を中心にした円を描くように約25900年周期で移動しているように見える。」
再差の周期を25900年としている記述は、ここだけかもしれない。
(問題1(歳差運動について))
http://saisokuspi.com/gengo/bunnsetunonarabikae/2/10/
「文中の1~4の空欄にア~エの語句を入れて文を完成させなさい。
北極星は、21世紀現在
( 1 )( 2 )( 3 )( 4 )
はくちょう座α星(デネブ)となることが予測されている。
ア西暦10,200年頃には
イこぐま座α星とされているが
ウ約25,900年の周期で移り変わり
エ地球の歳差運動の影響により」
言語関係の適性検査だから、まあいいか。
(地球の歳差周期の正確な時間(年)を知ってい)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1431722989
「恒星年と太陽年の差が,年々積み重なって1恒星年になるときが求める周期となりますので,
365.25636/(365.25636-365.24219)≒25776.7 になります(単位は年で計算してありますが,分に直して割り算しても同じです)。
もともと,変動のある値ですので,約2万5千800年くらいで,100年未満の桁は誤差です。」
(質問10-7)歳差ってなに?)
http://www.nao.ac.jp/faq/a1007.html
「地軸は、公転面に垂直な方向に対して半径約23.4度の円を描くように移動し、約26000年の周期で一回りしています。」
浮沈子に一番わかりやすいレベルで書かれた国立天文台のQ&Aでは、約26000年となっている。
北極星が時代によって変わっていくという話だ。
(恒星年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%92%E6%98%9F%E5%B9%B4
「恒星年の長さは 365日06時間09分09.765 秒 = 365.256 363 02日(2016.5年での値)である。」
(太陽年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%B9%B4
「2015年年央値(天文年鑑2015による)・・・365日5時間48分45.168秒 = 31 556 925.168秒 = 約365.242 189 44日」
電卓をたたくと、25770.22622513155年ということになる。
まあいい。
で、今の北極星はこぐま座のアルファ星ということになっている。
(ポラリス (恒星))
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%B9_(%E6%81%92%E6%98%9F)
「ポラリスは三重連星で、黄色輝巨星(または超巨星)でケフェイド変光星でもあるポラリスAと、薄黄色の主系列星であるポラリスBとが約2400au離れて回り合う実視連星となっている」
「1929年に分光観測によって、ポラリスAにもう1つ非常に距離の近い伴星(ポラリスP、ポラリスa、ポラリスAbなどと呼ばれる)が存在することが明らかになった。」
「2006年1月にアメリカ航空宇宙局はハッブル宇宙望遠鏡でポラリスを撮影し、3つ全ての星を直接撮影することに成功した。ポラリスAに近い方の伴星は主星であるポラリスAからの距離が17auしか離れていないため、主星の光に埋もれてほとんど見ることができない」
「固有名のポラリス (Polaris) は、ラテン語で「極の」を意味する言葉で、近世になってこの星が天の北極に最も近くなったことから名付けられた。2016年6月30日に国際天文学連合の恒星の命名に関するワーキンググループ (Working Group on Star Names, WGSN) は、Polaris をこぐま座α星Aの固有名として正式に承認した」
へえーっ、今年になって、正式に固有名になったとは知らなかったな。
つーことは、あれだな、北極星というのは、その時代で天の北極に一番近いところにたまたまある星の一般名称ということなわけだ。
(北極星)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%A5%B5%E6%98%9F
「北極星(ほっきょくせい、Pole star )は、天の北極に最も近い輝星を意味する。」
「21世紀時点の地球の北極星は、こぐま座α星のポラリスである。」
「過去の北極星:
・ベガ(こと座α星):紀元前11,500年頃
・りゅう座α星:紀元前2790年頃
・こぐま座β星:紀元前1100年頃」
「現在の北極星:
・ポラリス(こぐま座α星):西暦2100年頃、もっとも天の北極に近づく。」
「未来の北極星:
・ケフェウス座γ星:西暦4100年頃(※西暦3100年頃からポラリスより天の北極に近づくため北極星となる)
・ケフェウス座β星:西暦6000年頃(※西暦5100年頃からケフェウス座γ星より天の北極に近づくため北極星となる)
・ケフェウス座α星:西暦7800年頃
・デネブ(はくちょう座α星):西暦10,200年頃
・はくちょう座δ星:西暦11,600年頃
・ベガ(こと座α星):西暦13,000年頃」
デネブやベガが北極星になれば、目立っていいかもしれない。
上記の星を、約25800年かけて、順繰りに回っているわけだな。
もっとも、恒星自身が固有運動しているから、星座も変わり、単純なローテーションではなくなるんだろう。
地球の自転といい、歳差運動といい、地べたに張り付いている人類は、驚きと感動で受け止めてきたに違いない。
天文学の発達で、それらの現象が精密に観測され、原子時計が時を刻むようになり、うるう秒とか、ややっこしい問題も出てきた。
お日様が上って1日が始まり、西に沈んで1日が終わる時代じゃない。
しかし、考えてみれば、うるう秒というのは、その地球の自転にコンピューターを合わせる作業だ。
地球の自転で1日を刻む、人間中心的な配慮でもある。
精密な時間を長期的に観測するような実験とかでは、その挿入回数とかを意識しなければならないんだろうけど、日常生活で困ることはない。
パソコンの時計は、ネットで同期するし、電波時計もある。
歳差運動に至っては、生きてる間は問題ない(北極星は、ポラリスだしな)。
北極星は、日周運動が少ないことから、神格化されたりしてきた。
何事によらず、動かないことは尊いことなわけだ。
今日は、午後から体調悪く、フィットネスはサボり。
動かざること、トドの如し・・・。
こっちの方は、全然尊くないんだけどなあ・・・。
予定では、浮沈子が富戸で正月を過ごしているであろう来年の1月1日に、天文学的(?)イベントがある。
(「うるう秒」挿入のお知らせ
~ 来年の元日はいつもより1秒長い日となります ~)
https://www.nict.go.jp/press/2016/07/08-1.html
「【今回のうるう秒の調整】:
平成29年(2017年)1月1日(日)午前8時59分59秒と午前9時00分00秒の間に「8時59分60秒」を挿入します。」
日本時間で午前9時というから、世界協定時では、年末ということになる。
2016年は、1秒長い・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
(閏秒)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8F%E7%A7%92
「地球の自転速度が徐々に遅くなっているために、これと国際原子時との差を調整するために閏秒を挿入している」(注)
「頻繁に閏秒が挿入されてきたのは、地球の自転が徐々に遅くなっており、この遅れを調整するためである。」(注)
(注)「以上の説明は、間違った理解に基づくものである」
えーっ、ホントですかあ!?。
浮沈子は、てっきりそうだとばかり、ついさっきまで信じていたんですが・・・。
「正しくは、:
国際原子時の歩度(セシウム遷移の9 192 631 770周期)は、1750年 - 1892年の間(平均的には、1820年頃)に行われた天文観測からサイモン・ニューカムが計算した(Tables of the Sunに基づく)秒の長さに基づいて決められたために、1958年当時の地球自転の歩度(86 400.0025 SI秒程度)とは、合わなくなっていた」
「国際原子時の歩度を、セシウム遷移の9 192 631 770周期ではなく、9 192 631 997周期にしておけば、1972年以降、2回のマイナス(閏秒の削除)と1回のプラス(閏秒の挿入)の3回だけの閏秒の削除・挿入で済んでいた」
「地球の自転が長期的な傾向としては徐々に遅くなる(LODが大きくなる)のは事実であるが、それは1ユリウス世紀につき1.7ms/日 程度の変化(USNOの解説では、1ユリウス世紀につき1.4ms/日 程度の変化としている)の極めて小さなものである」
「1972年以降の地球自転速度の変化は、上記の遅れによるものではなく、数年ないし数十年周期の、もっと大きく、不規則な変動によるものである」
「ここ40年間では、一日の長さ (LOD) はむしろ短くなっている(地球自転速度が速くなっている)のである。」
「LODの年単位より長周期の変動の原因は分かっておらず、未解決の課題である。」
「月による潮汐摩擦、地震による地球内部の質量の分布変化、マントルと外核の相互作用、氷床の消長、地球内部の核、風、海水などによる影響が考えられているが、定量的には分かっていない。」
たぶん、あれだな、高地にあった氷床が溶けて、海面の高さになれば、それだけ回転中心に近いところに重いものが集まるわけだから、時点速度が速くなるという話だろうな(例によって、テキトーな予想ですが)。
ともあれ、世界の年末=日本の元旦は、1秒長くなる。
この自転が変わる話とは関係なく、周期的に変化している天文学的な現象がある。
(天の北極)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E3%81%AE%E5%8C%97%E6%A5%B5
「地球の歳差運動に伴い、天の北極の位置は黄道北極を中心にした円を描くように約25900年周期で移動しているように見える。」
再差の周期を25900年としている記述は、ここだけかもしれない。
(問題1(歳差運動について))
http://saisokuspi.com/gengo/bunnsetunonarabikae/2/10/
「文中の1~4の空欄にア~エの語句を入れて文を完成させなさい。
北極星は、21世紀現在
( 1 )( 2 )( 3 )( 4 )
はくちょう座α星(デネブ)となることが予測されている。
ア西暦10,200年頃には
イこぐま座α星とされているが
ウ約25,900年の周期で移り変わり
エ地球の歳差運動の影響により」
言語関係の適性検査だから、まあいいか。
(地球の歳差周期の正確な時間(年)を知ってい)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1431722989
「恒星年と太陽年の差が,年々積み重なって1恒星年になるときが求める周期となりますので,
365.25636/(365.25636-365.24219)≒25776.7 になります(単位は年で計算してありますが,分に直して割り算しても同じです)。
もともと,変動のある値ですので,約2万5千800年くらいで,100年未満の桁は誤差です。」
(質問10-7)歳差ってなに?)
http://www.nao.ac.jp/faq/a1007.html
「地軸は、公転面に垂直な方向に対して半径約23.4度の円を描くように移動し、約26000年の周期で一回りしています。」
浮沈子に一番わかりやすいレベルで書かれた国立天文台のQ&Aでは、約26000年となっている。
北極星が時代によって変わっていくという話だ。
(恒星年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%81%92%E6%98%9F%E5%B9%B4
「恒星年の長さは 365日06時間09分09.765 秒 = 365.256 363 02日(2016.5年での値)である。」
(太陽年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E5%B9%B4
「2015年年央値(天文年鑑2015による)・・・365日5時間48分45.168秒 = 31 556 925.168秒 = 約365.242 189 44日」
電卓をたたくと、25770.22622513155年ということになる。
まあいい。
で、今の北極星はこぐま座のアルファ星ということになっている。
(ポラリス (恒星))
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%A9%E3%83%AA%E3%82%B9_(%E6%81%92%E6%98%9F)
「ポラリスは三重連星で、黄色輝巨星(または超巨星)でケフェイド変光星でもあるポラリスAと、薄黄色の主系列星であるポラリスBとが約2400au離れて回り合う実視連星となっている」
「1929年に分光観測によって、ポラリスAにもう1つ非常に距離の近い伴星(ポラリスP、ポラリスa、ポラリスAbなどと呼ばれる)が存在することが明らかになった。」
「2006年1月にアメリカ航空宇宙局はハッブル宇宙望遠鏡でポラリスを撮影し、3つ全ての星を直接撮影することに成功した。ポラリスAに近い方の伴星は主星であるポラリスAからの距離が17auしか離れていないため、主星の光に埋もれてほとんど見ることができない」
「固有名のポラリス (Polaris) は、ラテン語で「極の」を意味する言葉で、近世になってこの星が天の北極に最も近くなったことから名付けられた。2016年6月30日に国際天文学連合の恒星の命名に関するワーキンググループ (Working Group on Star Names, WGSN) は、Polaris をこぐま座α星Aの固有名として正式に承認した」
へえーっ、今年になって、正式に固有名になったとは知らなかったな。
つーことは、あれだな、北極星というのは、その時代で天の北極に一番近いところにたまたまある星の一般名称ということなわけだ。
(北極星)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E6%A5%B5%E6%98%9F
「北極星(ほっきょくせい、Pole star )は、天の北極に最も近い輝星を意味する。」
「21世紀時点の地球の北極星は、こぐま座α星のポラリスである。」
「過去の北極星:
・ベガ(こと座α星):紀元前11,500年頃
・りゅう座α星:紀元前2790年頃
・こぐま座β星:紀元前1100年頃」
「現在の北極星:
・ポラリス(こぐま座α星):西暦2100年頃、もっとも天の北極に近づく。」
「未来の北極星:
・ケフェウス座γ星:西暦4100年頃(※西暦3100年頃からポラリスより天の北極に近づくため北極星となる)
・ケフェウス座β星:西暦6000年頃(※西暦5100年頃からケフェウス座γ星より天の北極に近づくため北極星となる)
・ケフェウス座α星:西暦7800年頃
・デネブ(はくちょう座α星):西暦10,200年頃
・はくちょう座δ星:西暦11,600年頃
・ベガ(こと座α星):西暦13,000年頃」
デネブやベガが北極星になれば、目立っていいかもしれない。
上記の星を、約25800年かけて、順繰りに回っているわけだな。
もっとも、恒星自身が固有運動しているから、星座も変わり、単純なローテーションではなくなるんだろう。
地球の自転といい、歳差運動といい、地べたに張り付いている人類は、驚きと感動で受け止めてきたに違いない。
天文学の発達で、それらの現象が精密に観測され、原子時計が時を刻むようになり、うるう秒とか、ややっこしい問題も出てきた。
お日様が上って1日が始まり、西に沈んで1日が終わる時代じゃない。
しかし、考えてみれば、うるう秒というのは、その地球の自転にコンピューターを合わせる作業だ。
地球の自転で1日を刻む、人間中心的な配慮でもある。
精密な時間を長期的に観測するような実験とかでは、その挿入回数とかを意識しなければならないんだろうけど、日常生活で困ることはない。
パソコンの時計は、ネットで同期するし、電波時計もある。
歳差運動に至っては、生きてる間は問題ない(北極星は、ポラリスだしな)。
北極星は、日周運動が少ないことから、神格化されたりしてきた。
何事によらず、動かないことは尊いことなわけだ。
今日は、午後から体調悪く、フィットネスはサボり。
動かざること、トドの如し・・・。
こっちの方は、全然尊くないんだけどなあ・・・。


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