航空機の安全 ― 2013年04月21日 02:38
航空機の安全
とうとう、B787が飛ぶことになった。
(米連邦航空局:ボーイング「787」の運航再開を承認)
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MLJ25P6K50XY01.html
「ただ、FAAも国家運輸安全委員会(NTSB)も、1月7日の日本航空 機のボストン空港での発火事故や、その後の全日空 機の日本国内での緊急着陸を招いたとされるバッテリーの不具合については原因を特定していない。」とある。
(ボーイングはいかにして787型機を救ったか)
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324309104578434111947978362.html
この記事に、ボーイングの対策の経緯が書かれていて、非常に興味深い。
「幹部は当初、FAAの担当者に対し、コックピットのチェックリストの変更や電池の検査強化、飛行中の電池の監視強化を実施すれば、問題は解決できると説明していた。」
「次に取り掛かったのは電池が内部でショートした原因を特定し、それについてエンジニアリングによる対策を考え出すことだった。」
「専門家は最新の検査を実施してもはっきりした結論が出ないことを認めた。(日米で起きた発火事故では電池がひどく焼け焦げていたため:とある)」
「原因となりうる要因に対応するため、電池内部にさまざまな対策を講じることにした。」
「エンジニアは格納容器が絶対確実な対策になると主張していた。」
FAAとのやり取りの中で、B社は、対応を小出しにしてきたことがわかる。
特に注目したのは、原因が付き止られそうもないことが分かった時、格納容器の導入を見送り、バッテリー単体の対応で済ませようとしたことである。
もちろん、追加の格納容器によって、バッテリーの発火抑制自体に何ら効果があるわけではない。
しかし、機能が失われたバッテリーの二次災害を、ほぼ完全に封じ込め、乗客の安全を高めることは確かである。技術部門からのサジェスチョンもあった。
それを封じ込めて、(手を抜いて?)対策しようとした。
この会社は、何かおかしいのではないか。
「電池に最悪の故障が起きても、航空機が目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明するには大変な努力が必要だった」というくだりには飽きれる。
この航空機にとって、電力の供給は、命綱である。多重の発電機が故障した場合、バッテリーがバックアップとしてあることで、動翼の制御が担保されている。
電気がなければ飛べない飛行機の、重要なバックアップ電源として位置付けられている。
このことは、B社が公開している資料の中でも明記されている。
(Batteries and Advanced Airplanes)
http://787updates.newairplane.com/787-Electrical-Systems/Batteries-and-Advanced-Airplanes#
「The main battery also provides backup power for critical systems during flight in the extremely unlikely event of a power failure.」
「The APU battery supplies power to start the APU, which in turn can start the airplane engines. The APU, and its battery, also serves as part of the multiple layers of redundancy that would ensure power in the rare possibility of a loss of primary sources of power.」
これを読んだ上で、しつこいようだが、先の記事から再度引用する。
「電池に最悪の故障が起きても、航空機が目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明するには大変な努力が必要だった」
この飛行機は、最寄の空港へ3時間かかるルートを飛行することが認められている。
(ETOPS/LROPS:ETOPS-120からETOPS-180へ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ETOPS/LROPS#ETOPS-120.E3.81.8B.E3.82.89ETOPS-180.E3.81.B8
バッテリーに最悪の事態が起きて、in the extremely unlikely eventの際に、provides backup power for critical systemsすることができなくなっても、a loss of primary sources of powerが起こった際にstart the airplane enginesすることができなくなっても、「目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明」しようとすること自体が理解できないし、規制当局が、それを認めたことは、もっと理解に苦しむ。
3時間以内の最寄の空港へダイバートさえしない。
(ダイバート)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88
「機体異常の発生などで緊急に最寄空港に着陸する必要がある場合」には当らないということだ。
そのまま、目的地まで飛ぶ。そういうことになった。
まあいい。
浮沈子は、専門家ではないし、航空機の運行についても知識はない。旅客機に関わるのは、乗客としてである。キャリアの株を持っているわけでもないので、通常料金で利用する。
その立場から見ると、何かおかしいと感じる。
そういえば、先の引用の中で、「日米で起きた発火事故では電池がひどく焼け焦げていたため」原因究明を諦めたとある。
(高松に緊急着陸したB787型機、APUバッテリーに膨らみ)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE91I03Y20130219
「APUバッテリーを構成する8個のリチウムイオン電池のうち、2個に膨らみが認められた。」とある。
2か月前になる。
続報がないので、詳細はわからないが、「ひどく焼け焦げて」いなければ、発火についての何らかの手がかりが得られるのではないか。
「国土交通省の運輸安全委員会は」「APUバッテリーの調査にも着手したという。」とある。
続報を待ちたいところだ。
とうとう、B787が飛ぶことになった。
(米連邦航空局:ボーイング「787」の運航再開を承認)
http://www.bloomberg.co.jp/news/123-MLJ25P6K50XY01.html
「ただ、FAAも国家運輸安全委員会(NTSB)も、1月7日の日本航空 機のボストン空港での発火事故や、その後の全日空 機の日本国内での緊急着陸を招いたとされるバッテリーの不具合については原因を特定していない。」とある。
(ボーイングはいかにして787型機を救ったか)
http://jp.wsj.com/article/SB10001424127887324309104578434111947978362.html
この記事に、ボーイングの対策の経緯が書かれていて、非常に興味深い。
「幹部は当初、FAAの担当者に対し、コックピットのチェックリストの変更や電池の検査強化、飛行中の電池の監視強化を実施すれば、問題は解決できると説明していた。」
「次に取り掛かったのは電池が内部でショートした原因を特定し、それについてエンジニアリングによる対策を考え出すことだった。」
「専門家は最新の検査を実施してもはっきりした結論が出ないことを認めた。(日米で起きた発火事故では電池がひどく焼け焦げていたため:とある)」
「原因となりうる要因に対応するため、電池内部にさまざまな対策を講じることにした。」
「エンジニアは格納容器が絶対確実な対策になると主張していた。」
FAAとのやり取りの中で、B社は、対応を小出しにしてきたことがわかる。
特に注目したのは、原因が付き止られそうもないことが分かった時、格納容器の導入を見送り、バッテリー単体の対応で済ませようとしたことである。
もちろん、追加の格納容器によって、バッテリーの発火抑制自体に何ら効果があるわけではない。
しかし、機能が失われたバッテリーの二次災害を、ほぼ完全に封じ込め、乗客の安全を高めることは確かである。技術部門からのサジェスチョンもあった。
それを封じ込めて、(手を抜いて?)対策しようとした。
この会社は、何かおかしいのではないか。
「電池に最悪の故障が起きても、航空機が目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明するには大変な努力が必要だった」というくだりには飽きれる。
この航空機にとって、電力の供給は、命綱である。多重の発電機が故障した場合、バッテリーがバックアップとしてあることで、動翼の制御が担保されている。
電気がなければ飛べない飛行機の、重要なバックアップ電源として位置付けられている。
このことは、B社が公開している資料の中でも明記されている。
(Batteries and Advanced Airplanes)
http://787updates.newairplane.com/787-Electrical-Systems/Batteries-and-Advanced-Airplanes#
「The main battery also provides backup power for critical systems during flight in the extremely unlikely event of a power failure.」
「The APU battery supplies power to start the APU, which in turn can start the airplane engines. The APU, and its battery, also serves as part of the multiple layers of redundancy that would ensure power in the rare possibility of a loss of primary sources of power.」
これを読んだ上で、しつこいようだが、先の記事から再度引用する。
「電池に最悪の故障が起きても、航空機が目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明するには大変な努力が必要だった」
この飛行機は、最寄の空港へ3時間かかるルートを飛行することが認められている。
(ETOPS/LROPS:ETOPS-120からETOPS-180へ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/ETOPS/LROPS#ETOPS-120.E3.81.8B.E3.82.89ETOPS-180.E3.81.B8
バッテリーに最悪の事態が起きて、in the extremely unlikely eventの際に、provides backup power for critical systemsすることができなくなっても、a loss of primary sources of powerが起こった際にstart the airplane enginesすることができなくなっても、「目的地以外で着陸したり、緊急着陸したりする必要はないことを証明」しようとすること自体が理解できないし、規制当局が、それを認めたことは、もっと理解に苦しむ。
3時間以内の最寄の空港へダイバートさえしない。
(ダイバート)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88
「機体異常の発生などで緊急に最寄空港に着陸する必要がある場合」には当らないということだ。
そのまま、目的地まで飛ぶ。そういうことになった。
まあいい。
浮沈子は、専門家ではないし、航空機の運行についても知識はない。旅客機に関わるのは、乗客としてである。キャリアの株を持っているわけでもないので、通常料金で利用する。
その立場から見ると、何かおかしいと感じる。
そういえば、先の引用の中で、「日米で起きた発火事故では電池がひどく焼け焦げていたため」原因究明を諦めたとある。
(高松に緊急着陸したB787型機、APUバッテリーに膨らみ)
http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPTYE91I03Y20130219
「APUバッテリーを構成する8個のリチウムイオン電池のうち、2個に膨らみが認められた。」とある。
2か月前になる。
続報がないので、詳細はわからないが、「ひどく焼け焦げて」いなければ、発火についての何らかの手がかりが得られるのではないか。
「国土交通省の運輸安全委員会は」「APUバッテリーの調査にも着手したという。」とある。
続報を待ちたいところだ。
500E本 ― 2013年04月21日 13:12
500E本
乗る頻度は、所有する3台中最も多いのに、ブログへの登場は、最近は滅多にない。
未だにカテゴリーにもしてもらえない、邪険にされているクルマ・・・。
92年式500E・・・。
たまには、何か書こうかな。
そんな気軽な気持ちで、ネタ探しに定番のブログをチェックした(こっちも、ホント久しぶり・・・)。
(最近読ませて頂いた本について:Garage 500E (趣味の500Eガレージ))
http://ameblo.jp/jautoceo/entry-11484641789.html
(午前零時の自動車評論3:500E倶楽部 編集後記より)
http://mercedesbenznetcom.blog81.fc2.com/blog-entry-435.html
「午前零時の自動車評論3:沢村慎太郎 著」
沢村氏については、このブログでも触れたことがある。
(シャシー)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/06/17/6483367
(人間不信)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/06/18/6484923
浮沈子のブログなんかに担ぎ出されて、迷惑なことだ。
J-AUTOの松本代表も、新部敏氏も、500Eについては、一家言も二家言(?)もある方達だ。
そのエンスー達をして、「そこは流石、沢村慎太郎さんですね。」とか、「自分で所有せずに、車を短期間、短時間、ぱっとのって、これを導き出す自動車ライターの観察眼の凄さを感じさせる一遍です。」とか言わせるところが気になる。
(アマゾンへのリンク)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%88%E5%89%8D%E9%9B%B6%E6%99%82%E3%81%AE%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E8%A9%95%E8%AB%963-%E6%B2%A2%E6%9D%91-%E6%85%8E%E5%A4%AA%E6%9C%97/dp/4904076257/ref=pd_sim_b_2
「スポーツカーの定義というのはひとによって様々ですが、おれは地球上に生きる以上厳然としてそこに存在する物理の法則から逃れて、可能な限り自由に運動したいという欲望のためのマシンだと考えています。
引力から始まって特殊相対性理論の範疇まで、われわれが生きている間じゅう逃れられない縛り、そこからひと時でも解放してくれるもの、それがスポーツカーだと。」
おそらく、書籍の一節であろう「商品の記述」を読んで、「気持ちは分かるが、そりゃ無理だろう!」とか、「特殊相対性理論からの開放って、光速以上で走行するってことかあ?」とか、「引力なけりゃ、タイヤが接地しないじゃん!」などと突っ込みたくなるより先に、「その通りだ!、同感同感!」と頷いてしまう。
ダイビングを嗜む浮沈子としては、特に、「引力からの開放」というコンセプトに「わかるわかる!」と感じ入る。
「コンテンツ
1.「氷の宮殿」
2.「灰色のジュリエッタ」
3.「500Eだけの理由」
4.「おれとZとスカイライン」
5.「スポーツカーを買うならば」
6.「アクア試乗記」
7.「推理小説『アルファロメオ・スパイダー』」
8.「アルミの咎」
9.「ベンツに非ず」
10.「楽園」」とある。
以前、アクアの試乗でガックリきて、トヨタのコストダウンを痛感した記憶があるので、個人的には「アクア試乗記」が気になる。
「サクラムの宇野さんからもご推薦いただいている名著です。」と、ぞっこんなのが新部さんならば、「とにかく、この一冊を読ませて頂き、余りの面白さに立て続けに「午前零時の自動車評論」二・四巻も購入し、一気に完読しました。」と、中毒になってしまったのは松本さん(ど-せ、再版された1巻も読むでしょうな)。
こうなれば、読まないわけにはいかないだろう。
「“スポーツカーを買うならば”の章では、「もしもこれからスポーツカーを買おうとするならば」という設問に対して沢村先生の自説が書かれています。‘ロードスター’と‘911’なんですね!?。」と、書評にある。
かつて、NBロードスター(1600)を所有し、現在83タルガを買い求めた浮沈子としては、この2車が物理の法則を超えて自由に運動したいという欲望を満たしてくれると、なぜ沢村氏が考えたのかも気になる。
よし!、これから蔦屋に買いに行こう!。
乗る頻度は、所有する3台中最も多いのに、ブログへの登場は、最近は滅多にない。
未だにカテゴリーにもしてもらえない、邪険にされているクルマ・・・。
92年式500E・・・。
たまには、何か書こうかな。
そんな気軽な気持ちで、ネタ探しに定番のブログをチェックした(こっちも、ホント久しぶり・・・)。
(最近読ませて頂いた本について:Garage 500E (趣味の500Eガレージ))
http://ameblo.jp/jautoceo/entry-11484641789.html
(午前零時の自動車評論3:500E倶楽部 編集後記より)
http://mercedesbenznetcom.blog81.fc2.com/blog-entry-435.html
「午前零時の自動車評論3:沢村慎太郎 著」
沢村氏については、このブログでも触れたことがある。
(シャシー)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/06/17/6483367
(人間不信)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2012/06/18/6484923
浮沈子のブログなんかに担ぎ出されて、迷惑なことだ。
J-AUTOの松本代表も、新部敏氏も、500Eについては、一家言も二家言(?)もある方達だ。
そのエンスー達をして、「そこは流石、沢村慎太郎さんですね。」とか、「自分で所有せずに、車を短期間、短時間、ぱっとのって、これを導き出す自動車ライターの観察眼の凄さを感じさせる一遍です。」とか言わせるところが気になる。
(アマゾンへのリンク)
http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%88%E5%89%8D%E9%9B%B6%E6%99%82%E3%81%AE%E8%87%AA%E5%8B%95%E8%BB%8A%E8%A9%95%E8%AB%963-%E6%B2%A2%E6%9D%91-%E6%85%8E%E5%A4%AA%E6%9C%97/dp/4904076257/ref=pd_sim_b_2
「スポーツカーの定義というのはひとによって様々ですが、おれは地球上に生きる以上厳然としてそこに存在する物理の法則から逃れて、可能な限り自由に運動したいという欲望のためのマシンだと考えています。
引力から始まって特殊相対性理論の範疇まで、われわれが生きている間じゅう逃れられない縛り、そこからひと時でも解放してくれるもの、それがスポーツカーだと。」
おそらく、書籍の一節であろう「商品の記述」を読んで、「気持ちは分かるが、そりゃ無理だろう!」とか、「特殊相対性理論からの開放って、光速以上で走行するってことかあ?」とか、「引力なけりゃ、タイヤが接地しないじゃん!」などと突っ込みたくなるより先に、「その通りだ!、同感同感!」と頷いてしまう。
ダイビングを嗜む浮沈子としては、特に、「引力からの開放」というコンセプトに「わかるわかる!」と感じ入る。
「コンテンツ
1.「氷の宮殿」
2.「灰色のジュリエッタ」
3.「500Eだけの理由」
4.「おれとZとスカイライン」
5.「スポーツカーを買うならば」
6.「アクア試乗記」
7.「推理小説『アルファロメオ・スパイダー』」
8.「アルミの咎」
9.「ベンツに非ず」
10.「楽園」」とある。
以前、アクアの試乗でガックリきて、トヨタのコストダウンを痛感した記憶があるので、個人的には「アクア試乗記」が気になる。
「サクラムの宇野さんからもご推薦いただいている名著です。」と、ぞっこんなのが新部さんならば、「とにかく、この一冊を読ませて頂き、余りの面白さに立て続けに「午前零時の自動車評論」二・四巻も購入し、一気に完読しました。」と、中毒になってしまったのは松本さん(ど-せ、再版された1巻も読むでしょうな)。
こうなれば、読まないわけにはいかないだろう。
「“スポーツカーを買うならば”の章では、「もしもこれからスポーツカーを買おうとするならば」という設問に対して沢村先生の自説が書かれています。‘ロードスター’と‘911’なんですね!?。」と、書評にある。
かつて、NBロードスター(1600)を所有し、現在83タルガを買い求めた浮沈子としては、この2車が物理の法則を超えて自由に運動したいという欲望を満たしてくれると、なぜ沢村氏が考えたのかも気になる。
よし!、これから蔦屋に買いに行こう!。
端倪(たんげい) ― 2013年04月21日 23:30
端倪(たんげい)
毎度で恐縮だが、人様の書いたものをあれこれいうのは、気が引けるし、そのことが我が身に降りかかったりした時のことを考えると、躊躇せざるを得ない(浮沈子は、時々、自分で書いたこのブログを引用したりする時に読み返しては、唖然として書き直すことが頻繁にある)。
難しい言葉を覚えた。
(たん‐げい【端×倪】:)
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/139818/m0u/
本来は、「事の始終」「あらかじめ予想すること」の意。否定する形で、「先々どう発展、成長するか分からない」という語感から、「侮れない、優れた素質がある」という意味でも使うようだ。
睥睨(へいげい:上から目線で(?)睨(にら)むこと)の「睨」の別字で「倪」を使うこともあるらしく、端倪を「軽く見て侮る」などの意味と取り違えていた。「端」ははじめ、「倪」はおわりの意とある。
今日は、読書の日。
代官山の蔦屋に500Eで乗りつけ、沢村慎太郎の「午前零時」シリーズ1~4巻をオトナ買いしたのみならず、にわか空冷911乗りのバイブル、「ヘインズ」の「ポルシェ911 1965~1986 メンテナンス&リペア・マニュアル」(もちろん、日本語訳!)を5,985円(税込み)で衝動買いする。
「午前零時」の3巻にある「500Eだけの理由」については、別の書籍に書かれていたことを膨らませただけだったのでガッカリした(内容は、素晴らしいと思う:オーナーとしては・・・)。
(「Mercedes-Benz OWNER'S BIBLE2007-2008」~16年目のメルセデスが語る真の実力とは?500E最強伝説を検証する~:これとほぼ同じ内容)
http://www.jauto.co.jp/86087.html
個人的に気になっていた「アクア試乗記」にしても、回りくどい言葉が延々と連なっていて、200万円を切る価格で登場したアクアは、買いなのか、そうでないのか、一向に判然としないまま読み進むうちに、「トヨタの努力は認めるが、クルマとしてはボツ!」という結論(ま、当然ですな・・・)。
浮沈子は、乗って30秒で、「あ、こりゃダメだ!」と思ったが、「ジドウシャヒョウロンカ」の人って、いろいろ理由付けが必要で、大変だなあ(読むほうも大変ですが)と思ってしまう。
しかし、「スポーツカーを買うならば」の章は、氏の経験や、スポーツカーについての明快な視点があり、小気味良い。
物理の法則から逃れるためには、物理の法則に従った操作(メソッド)を身体に叩き込むしかない、という氏の考え方は、余りに健全すぎて、正直、ツマラン。
もちろん、そのためのツールがスポーツカーであり、それはライトウエイト・スポーツならロードスター、中級以上を目指すのなら911に表象されているというわけだ。
エリーゼの評価には、ちょっと驚いたが、乗って走らせたことがないので何ともいえない。
ボクスターについても書かれているが、最近の981などは優れた操縦性を見せているので、浮沈子は、端倪すべからざるものがあると思っている(「端倪」は、こんな感じで使う:P.101、L.9は、誤植?)
クルマは常に進化しており、だからこそ楽しく、かつ、「ジドウシャヒョウロンカ」のお仕事は、永遠に尽きることはない。
まあいい。
「午前零時」シリーズは、一気読みしてしまうと勿体無いような気がする。少しずつ読み進めることにしよう。
というわけで、今度はヘインズ本を手にとって眺めてみる(重い)。
パラパラとめくって見る(配線図が豊富だ)。
プロ向けの整備マニュアルではない。オーナーが、日頃の点検や調整、簡易な部品の交換を行う際の参考書の位置付けである(それにしては、第1章から「エンジン取り外しの方法」とか書いてある!)。
予想外に、内容が簡略化されていて、実際にメンテナンスをDIYで行っている方向けの本である。
確かに、具体的な作業手順や規定値が書かれていて実用にはなるが、写真はモノクロで、眺めて楽しい本ではない(浮沈子は、結構楽しめそうですが)。
試しに、サスペンションのところを見てみたのだが(読んだわけではない・・・)、トーションバーの絵がない!。ガイディング・アームとかはあるのに!。
この本を手に取る人にとっては、トーショーンバーなんて、きっと見慣れているに違いない。
そういう意味では、ある程度の知識と経験がある読者を対象に書かれていると思われる。
全ての作業の解説図があるというわけでもないようだ(文章では書かれていることもある)。
特筆すべきは、「スポルトマチック・トランスミッション」(セミオートマですな)について、20ページに渡って書いてあることだ。
この本は、基本的には1975年までの911向けの本に、その後(1985年まで)の変更点を補足したものである。86年については、85年と殆んど変わっていないことから、そこまで対象にしているということになっている。
締め付けトルクとかも書かれているので、この本に載っている作業を行う際の手元参考書としての価値は高い。
実際の整備や点検を、浮沈子が行うことは、まずない。
修理に出したときにもらう、見積書の用語解説書くらいにしか役に立つことはないかもしれないが、時折眺めて楽しむのもいい。
ハードカバーの大判の本だが、油まみれのガレージに置いておくというよりは、オーナーの書斎の本棚に納まっているのが似合う装丁だ。
当たり前のことだが、911が機械であることが良く分かる。同時に、配線図を見ると(読んではいない・・・)、電気仕掛けのクルマであることも理解できる。
ま、ブログネタを漁るのには、ちょうどいいかもしれないな。
毎度で恐縮だが、人様の書いたものをあれこれいうのは、気が引けるし、そのことが我が身に降りかかったりした時のことを考えると、躊躇せざるを得ない(浮沈子は、時々、自分で書いたこのブログを引用したりする時に読み返しては、唖然として書き直すことが頻繁にある)。
難しい言葉を覚えた。
(たん‐げい【端×倪】:)
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/139818/m0u/
本来は、「事の始終」「あらかじめ予想すること」の意。否定する形で、「先々どう発展、成長するか分からない」という語感から、「侮れない、優れた素質がある」という意味でも使うようだ。
睥睨(へいげい:上から目線で(?)睨(にら)むこと)の「睨」の別字で「倪」を使うこともあるらしく、端倪を「軽く見て侮る」などの意味と取り違えていた。「端」ははじめ、「倪」はおわりの意とある。
今日は、読書の日。
代官山の蔦屋に500Eで乗りつけ、沢村慎太郎の「午前零時」シリーズ1~4巻をオトナ買いしたのみならず、にわか空冷911乗りのバイブル、「ヘインズ」の「ポルシェ911 1965~1986 メンテナンス&リペア・マニュアル」(もちろん、日本語訳!)を5,985円(税込み)で衝動買いする。
「午前零時」の3巻にある「500Eだけの理由」については、別の書籍に書かれていたことを膨らませただけだったのでガッカリした(内容は、素晴らしいと思う:オーナーとしては・・・)。
(「Mercedes-Benz OWNER'S BIBLE2007-2008」~16年目のメルセデスが語る真の実力とは?500E最強伝説を検証する~:これとほぼ同じ内容)
http://www.jauto.co.jp/86087.html
個人的に気になっていた「アクア試乗記」にしても、回りくどい言葉が延々と連なっていて、200万円を切る価格で登場したアクアは、買いなのか、そうでないのか、一向に判然としないまま読み進むうちに、「トヨタの努力は認めるが、クルマとしてはボツ!」という結論(ま、当然ですな・・・)。
浮沈子は、乗って30秒で、「あ、こりゃダメだ!」と思ったが、「ジドウシャヒョウロンカ」の人って、いろいろ理由付けが必要で、大変だなあ(読むほうも大変ですが)と思ってしまう。
しかし、「スポーツカーを買うならば」の章は、氏の経験や、スポーツカーについての明快な視点があり、小気味良い。
物理の法則から逃れるためには、物理の法則に従った操作(メソッド)を身体に叩き込むしかない、という氏の考え方は、余りに健全すぎて、正直、ツマラン。
もちろん、そのためのツールがスポーツカーであり、それはライトウエイト・スポーツならロードスター、中級以上を目指すのなら911に表象されているというわけだ。
エリーゼの評価には、ちょっと驚いたが、乗って走らせたことがないので何ともいえない。
ボクスターについても書かれているが、最近の981などは優れた操縦性を見せているので、浮沈子は、端倪すべからざるものがあると思っている(「端倪」は、こんな感じで使う:P.101、L.9は、誤植?)
クルマは常に進化しており、だからこそ楽しく、かつ、「ジドウシャヒョウロンカ」のお仕事は、永遠に尽きることはない。
まあいい。
「午前零時」シリーズは、一気読みしてしまうと勿体無いような気がする。少しずつ読み進めることにしよう。
というわけで、今度はヘインズ本を手にとって眺めてみる(重い)。
パラパラとめくって見る(配線図が豊富だ)。
プロ向けの整備マニュアルではない。オーナーが、日頃の点検や調整、簡易な部品の交換を行う際の参考書の位置付けである(それにしては、第1章から「エンジン取り外しの方法」とか書いてある!)。
予想外に、内容が簡略化されていて、実際にメンテナンスをDIYで行っている方向けの本である。
確かに、具体的な作業手順や規定値が書かれていて実用にはなるが、写真はモノクロで、眺めて楽しい本ではない(浮沈子は、結構楽しめそうですが)。
試しに、サスペンションのところを見てみたのだが(読んだわけではない・・・)、トーションバーの絵がない!。ガイディング・アームとかはあるのに!。
この本を手に取る人にとっては、トーショーンバーなんて、きっと見慣れているに違いない。
そういう意味では、ある程度の知識と経験がある読者を対象に書かれていると思われる。
全ての作業の解説図があるというわけでもないようだ(文章では書かれていることもある)。
特筆すべきは、「スポルトマチック・トランスミッション」(セミオートマですな)について、20ページに渡って書いてあることだ。
この本は、基本的には1975年までの911向けの本に、その後(1985年まで)の変更点を補足したものである。86年については、85年と殆んど変わっていないことから、そこまで対象にしているということになっている。
締め付けトルクとかも書かれているので、この本に載っている作業を行う際の手元参考書としての価値は高い。
実際の整備や点検を、浮沈子が行うことは、まずない。
修理に出したときにもらう、見積書の用語解説書くらいにしか役に立つことはないかもしれないが、時折眺めて楽しむのもいい。
ハードカバーの大判の本だが、油まみれのガレージに置いておくというよりは、オーナーの書斎の本棚に納まっているのが似合う装丁だ。
当たり前のことだが、911が機械であることが良く分かる。同時に、配線図を見ると(読んではいない・・・)、電気仕掛けのクルマであることも理解できる。
ま、ブログネタを漁るのには、ちょうどいいかもしれないな。
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