死滅回遊魚か季節来遊魚か、まあ、どっちでもいいんですが ― 2019年12月16日 17:39
死滅回遊魚か季節来遊魚か、まあ、どっちでもいいんですが
先月、富戸で潜った時にもミツボシクロスズメダイとかがいて、相変わらず南の海の魚が入ってきているのを感じる。
彼らは冬を越すことは出来ない。
(名前からして物悲しい『死滅回遊魚』を解説 映画で超有名なサカナも?)
https://www.excite.co.jp/news/article/Tsurinews_tsurinews71621/
「流されてしまった魚たちは、夏場は海水温も高いため問題なく元気に生きられますが、秋から冬になる頃には水温の低下や環境の変化に耐えきれず、本来の生息域に戻ることもできずに死んでしまいます。」
「このような悲しい理由から、彼らは死滅回遊魚と呼ばれています。最近では「季節来遊魚」という表現に置き換わりつつあります。」
ダイバーなら、ましてインストラクターくらいになれば、このくらいのことは知っている(たぶん)。
サカナを見分ける基準は食えるか食えないかで、水中の生き物は、ダイバー以外にあまり興味のない浮沈子でも、そのくらいのことは知っている。
ところが、地球温暖化の影響かどうかはともかく、最近、越年するやつら(南方系のサカナ)がいるという記事が出ていて焦った。
(冬越せぬはず…生き延びた死滅回遊魚 「初めて見た」)
https://www.asahi.com/articles/ASM425KGRM42UTPB00V.html
「例年は海水温が下がる2月から3月にかけて死滅するため「死滅回遊魚」とも呼ばれているが、今年は海水温が下がらず、4月になっても生き延びている。」
それだけではない。
なんと、子孫を残すやつまで現れたという。
(静岡)伊豆で越冬の「死滅回遊魚」が産卵)
https://www.asahi.com/articles/ASM7R64NHM7RUTPB023.html
「南方種の一種ニラミギンポの産卵が確認された。」
「紀伊半島や伊豆諸島での産卵例はあるが、伊豆半島での報告は初めて」
(寒さで死ぬ回遊魚、昨冬乗り越え今も成長 体長8倍に)
https://www.asahi.com/articles/ASMD96285MD9UTPB01G.html
「静岡県沼津市の内浦湾に浮かぶ淡島沖の海中。黒い魚体に白い星が際立つミツボシクロスズメダイが元気に泳ぎ回る。体長は7~8センチ。近くのサンゴイソギンチャクの触手の間にいる体長1センチほどの幼魚とは明らかに大きさが違う。イソギンチャクに隠れる幼魚特有の動作も取らない。」
なんか、可愛くないな・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
朝日の記事は、岡田記者が書いていて、今後も継続して記事が出るかもしれない。
ふうん・・・。
そういうこともあるかもな程度に考えていたが、次の記事を読んで、浮沈子は深く、深く深く、デコ出しするくらい深く考えさせられてしまった。
(「人類は宇宙へ行くべきか?」日本の宇宙活動の幕開けにEVAを担った飛行士の問い 『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』土井隆雄さん - 稲泉 連)
https://blogos.com/article/423615/
「自分の唯一の故郷である地球と、無限の宇宙を交互に見たときの、あの『何とも言いようのない感じ』。その感覚を言葉に置き換えるとしたら、人間とは地球だけの存在ではなく、その外の世界に広がっていく可能性を持つ存在だ、という表現が最も近い気がしたんです。」
何度も書いているけど、浮沈子は宇宙進出は掟破りだと考えている。
いいとこ無人探査、百歩譲って短期の地球低軌道止まり。
人類の、いや、地球生物の限界に留まり、この星と運命を共にするという美学に酔い痴れている(そうなのかあ?)。
土井宇宙飛行士が、宇宙服1枚隔てて地球低軌道を周回して感じたことは、浮沈子には想像もつかない。
しかし、彼個人としての感想がどうあれ、人類が宇宙へ広がっていく存在であるということは、徐々に現実になろうとしている(当然、浮沈子の持論とも関係なく!)。
初出の記事には、こんなことが書いてある・・・。
「一見すると無駄死にのようですが、彼らがやって来ることにより、海の生物数は増え、豊かな海ができると言えます。」
「また、環境の変化とともに、今まで生息できなかった地域で生息できるようになる可能性もあります。」
「以前までは、「死滅回遊魚」と言われ、無駄死にする悲しい魚と言われていましたが、実は生きて種を絶やさないように進化を続けている頭のいい魚なのかも知れません。」
うーん、あんま頭がいいようには見えないんだがな。
まあいい。
死滅回遊魚の話が、宇宙開発へと一気に飛躍して、頭の中は大混乱する。
フィリピンとか行かなくても、伊豆で熱帯魚見られるからいいやとか、そういう卑近な話じゃない。
彼らの命がけの大戦略が、今、水中環境の変化という援軍(?)を得て成功しつつある。
コップ25は、大揉めに揉めて、トーンダウンや先送りの嵐になっているからな。
人類の活動による温暖化は益々進んで、我が国近海はフィリピンと同じになり、カクレクマノミの天下となるに違いない。
そして、人類は終いには地球なんかに棲んでいられなくなって、月や火星に逃げ出して行く・・・。
行くのかあ?。
浮沈子は行かない。
そもそも行けないし。
行けても行かないし。
変化する環境に適応できず、さりとて新しい世界にも馴染めずに死に絶えるのがいい。
人類は、少なくとも最近1万年くらいは安穏に暮らしているけど、この星とそこに棲む生命は、今までも数限りない災厄を経験している。
破局噴火、巨大隕石、ガンマー線バースト、酸素による汚染(昔は、こんなヤバいガスは無かったからな)、全球凍結などなど。
数万年、数百万年、数億年と長いスパンで見れば、この星は荒ぶる星だ。
自己の遺伝子をいじくり、巨大ロケットを建造してでも、何としてもエクソダスしなければならないのかもしれない。
「待ち時間の間にただただ地球を眺めていると、それがすごくあたたかく感じられたんです。下の方で地球がダーッとパノラマになって流れていました。青く、白く輝いている。大気層から飛び出してくる青い光は太陽光の反射ではなく、大気の分子自体が青く発光している散乱によるものです。それが素晴らしい。その美しさへの感動が、次第にあたたかみへと変わっていったのです」
「・・・土井は最後の光が地球の端に吸い込まれるように消えたとき、宇宙空間から地球そのものが失われてしまったように感じた。」
「そうすると非常に寂しくなる。振り返っても宇宙に見えるのは無限の闇だけです。そして、それは一種の畏怖、怖さを感じさせる闇なんです。地球が徐々に失われ、あとは暗黒の宇宙が永遠に広がっている。無限というものを直接、この目で見た、という感覚がありました」
その無限の彼方にあるのは死の世界だ。
陽の光の温もりも、風が運ぶ香りも、のどを潤す泉もない、漆黒の闇の世界・・・。
死滅回遊魚のように、行ったきりならそこで死絶えるしかない世界だ。
宇宙とは、現在の人類にとって、そういう絶体絶命の世界であることは間違いない。
そして、その世界に行くことが出来なければ、人類は確実に滅びる。
「人はなぜ宇宙へ行くのか」
進むも死、留まるも死だな。
人類の運命は、死滅回遊魚のようなものかもしれない。
累々たる屍の山だ。
浮沈子は、ダイビングする理由をたまに考えることがある。
水中もまた、人間にとっては死の世界だからな。
潜水艦で潜ろうが、環境圧で器材着けて潜ろうが、常に死と隣り合わせの世界であることに変わりはない。
ひょっとしたら、生物の内に秘めた種の生存への本能が、傍目からは無謀にも思える行為に駆り立てているのかもしれない・・・。
「日本の宇宙開発も今後、国家としてのビジョンを明確に持つべきだと話した。」
具体的に何を指しているのかは分からないが、端的に言えば、宇宙に行って死んで来いということだな(そうなのかあ?)。
その屍にビビって、ぬくぬくとした日常に埋もれて滅びるか、それを乗り越えて新天地を得るか(確率低いですが)。
リスクを避け、課題を先送りし、真に守るべきものを守れなければ、この星で生きていくことさえできない。
そのために必要ならば、犠牲を厭わない姿勢を見せろと。
腹を括れということだな。
浮沈子は、日頃、そんな覚悟でダイビングしているわけではない。
余裕をもって自分の限界の範囲に留まる。
最大限の安全を確保するために、安全管理下で半歩先の講習も積むけど、その先に出ることはない(たぶん)。
死滅回遊魚、有人宇宙開発、ダイビング、書いているうちに、人間の生き方そのものが、それらの話とつながっていることに気付く。
探検や冒険の相対価値が低い文化の中で、土井宇宙飛行士が描くビジョン(?)が実現するかどうかは知らない。
ソ連も米国も、試練を乗り越えて突っ走ってきた(今のロシアは、突っ走る金が足りないかも)。
中国やインドが、やがて追いつき追い越そうとしている。
本当に宇宙に広がる存在かどうかは、人類には決めることが出来ないのかもしれない。
その選択は、本能的なもので避けることはできない。
死滅覚悟でどれだけ犠牲(人的損耗とは限らない)を出せるかだな。
無人探査機だって、その意味では犠牲といえなくもないか。
死屍累々の状況を乗り越えて進むことを止めれば、美しい滅亡の時は確実にやってくる。
遊泳力がない幼魚の時に流されるに過ぎないとはいえ、死滅することが確実な世界に旅立つわけだからな。
存在を賭けた壮絶な戦いを乗り越えた越年回遊魚に拍手だな・・・。
あっぱれ!。
先月、富戸で潜った時にもミツボシクロスズメダイとかがいて、相変わらず南の海の魚が入ってきているのを感じる。
彼らは冬を越すことは出来ない。
(名前からして物悲しい『死滅回遊魚』を解説 映画で超有名なサカナも?)
https://www.excite.co.jp/news/article/Tsurinews_tsurinews71621/
「流されてしまった魚たちは、夏場は海水温も高いため問題なく元気に生きられますが、秋から冬になる頃には水温の低下や環境の変化に耐えきれず、本来の生息域に戻ることもできずに死んでしまいます。」
「このような悲しい理由から、彼らは死滅回遊魚と呼ばれています。最近では「季節来遊魚」という表現に置き換わりつつあります。」
ダイバーなら、ましてインストラクターくらいになれば、このくらいのことは知っている(たぶん)。
サカナを見分ける基準は食えるか食えないかで、水中の生き物は、ダイバー以外にあまり興味のない浮沈子でも、そのくらいのことは知っている。
ところが、地球温暖化の影響かどうかはともかく、最近、越年するやつら(南方系のサカナ)がいるという記事が出ていて焦った。
(冬越せぬはず…生き延びた死滅回遊魚 「初めて見た」)
https://www.asahi.com/articles/ASM425KGRM42UTPB00V.html
「例年は海水温が下がる2月から3月にかけて死滅するため「死滅回遊魚」とも呼ばれているが、今年は海水温が下がらず、4月になっても生き延びている。」
それだけではない。
なんと、子孫を残すやつまで現れたという。
(静岡)伊豆で越冬の「死滅回遊魚」が産卵)
https://www.asahi.com/articles/ASM7R64NHM7RUTPB023.html
「南方種の一種ニラミギンポの産卵が確認された。」
「紀伊半島や伊豆諸島での産卵例はあるが、伊豆半島での報告は初めて」
(寒さで死ぬ回遊魚、昨冬乗り越え今も成長 体長8倍に)
https://www.asahi.com/articles/ASMD96285MD9UTPB01G.html
「静岡県沼津市の内浦湾に浮かぶ淡島沖の海中。黒い魚体に白い星が際立つミツボシクロスズメダイが元気に泳ぎ回る。体長は7~8センチ。近くのサンゴイソギンチャクの触手の間にいる体長1センチほどの幼魚とは明らかに大きさが違う。イソギンチャクに隠れる幼魚特有の動作も取らない。」
なんか、可愛くないな・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
朝日の記事は、岡田記者が書いていて、今後も継続して記事が出るかもしれない。
ふうん・・・。
そういうこともあるかもな程度に考えていたが、次の記事を読んで、浮沈子は深く、深く深く、デコ出しするくらい深く考えさせられてしまった。
(「人類は宇宙へ行くべきか?」日本の宇宙活動の幕開けにEVAを担った飛行士の問い 『宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言』土井隆雄さん - 稲泉 連)
https://blogos.com/article/423615/
「自分の唯一の故郷である地球と、無限の宇宙を交互に見たときの、あの『何とも言いようのない感じ』。その感覚を言葉に置き換えるとしたら、人間とは地球だけの存在ではなく、その外の世界に広がっていく可能性を持つ存在だ、という表現が最も近い気がしたんです。」
何度も書いているけど、浮沈子は宇宙進出は掟破りだと考えている。
いいとこ無人探査、百歩譲って短期の地球低軌道止まり。
人類の、いや、地球生物の限界に留まり、この星と運命を共にするという美学に酔い痴れている(そうなのかあ?)。
土井宇宙飛行士が、宇宙服1枚隔てて地球低軌道を周回して感じたことは、浮沈子には想像もつかない。
しかし、彼個人としての感想がどうあれ、人類が宇宙へ広がっていく存在であるということは、徐々に現実になろうとしている(当然、浮沈子の持論とも関係なく!)。
初出の記事には、こんなことが書いてある・・・。
「一見すると無駄死にのようですが、彼らがやって来ることにより、海の生物数は増え、豊かな海ができると言えます。」
「また、環境の変化とともに、今まで生息できなかった地域で生息できるようになる可能性もあります。」
「以前までは、「死滅回遊魚」と言われ、無駄死にする悲しい魚と言われていましたが、実は生きて種を絶やさないように進化を続けている頭のいい魚なのかも知れません。」
うーん、あんま頭がいいようには見えないんだがな。
まあいい。
死滅回遊魚の話が、宇宙開発へと一気に飛躍して、頭の中は大混乱する。
フィリピンとか行かなくても、伊豆で熱帯魚見られるからいいやとか、そういう卑近な話じゃない。
彼らの命がけの大戦略が、今、水中環境の変化という援軍(?)を得て成功しつつある。
コップ25は、大揉めに揉めて、トーンダウンや先送りの嵐になっているからな。
人類の活動による温暖化は益々進んで、我が国近海はフィリピンと同じになり、カクレクマノミの天下となるに違いない。
そして、人類は終いには地球なんかに棲んでいられなくなって、月や火星に逃げ出して行く・・・。
行くのかあ?。
浮沈子は行かない。
そもそも行けないし。
行けても行かないし。
変化する環境に適応できず、さりとて新しい世界にも馴染めずに死に絶えるのがいい。
人類は、少なくとも最近1万年くらいは安穏に暮らしているけど、この星とそこに棲む生命は、今までも数限りない災厄を経験している。
破局噴火、巨大隕石、ガンマー線バースト、酸素による汚染(昔は、こんなヤバいガスは無かったからな)、全球凍結などなど。
数万年、数百万年、数億年と長いスパンで見れば、この星は荒ぶる星だ。
自己の遺伝子をいじくり、巨大ロケットを建造してでも、何としてもエクソダスしなければならないのかもしれない。
「待ち時間の間にただただ地球を眺めていると、それがすごくあたたかく感じられたんです。下の方で地球がダーッとパノラマになって流れていました。青く、白く輝いている。大気層から飛び出してくる青い光は太陽光の反射ではなく、大気の分子自体が青く発光している散乱によるものです。それが素晴らしい。その美しさへの感動が、次第にあたたかみへと変わっていったのです」
「・・・土井は最後の光が地球の端に吸い込まれるように消えたとき、宇宙空間から地球そのものが失われてしまったように感じた。」
「そうすると非常に寂しくなる。振り返っても宇宙に見えるのは無限の闇だけです。そして、それは一種の畏怖、怖さを感じさせる闇なんです。地球が徐々に失われ、あとは暗黒の宇宙が永遠に広がっている。無限というものを直接、この目で見た、という感覚がありました」
その無限の彼方にあるのは死の世界だ。
陽の光の温もりも、風が運ぶ香りも、のどを潤す泉もない、漆黒の闇の世界・・・。
死滅回遊魚のように、行ったきりならそこで死絶えるしかない世界だ。
宇宙とは、現在の人類にとって、そういう絶体絶命の世界であることは間違いない。
そして、その世界に行くことが出来なければ、人類は確実に滅びる。
「人はなぜ宇宙へ行くのか」
進むも死、留まるも死だな。
人類の運命は、死滅回遊魚のようなものかもしれない。
累々たる屍の山だ。
浮沈子は、ダイビングする理由をたまに考えることがある。
水中もまた、人間にとっては死の世界だからな。
潜水艦で潜ろうが、環境圧で器材着けて潜ろうが、常に死と隣り合わせの世界であることに変わりはない。
ひょっとしたら、生物の内に秘めた種の生存への本能が、傍目からは無謀にも思える行為に駆り立てているのかもしれない・・・。
「日本の宇宙開発も今後、国家としてのビジョンを明確に持つべきだと話した。」
具体的に何を指しているのかは分からないが、端的に言えば、宇宙に行って死んで来いということだな(そうなのかあ?)。
その屍にビビって、ぬくぬくとした日常に埋もれて滅びるか、それを乗り越えて新天地を得るか(確率低いですが)。
リスクを避け、課題を先送りし、真に守るべきものを守れなければ、この星で生きていくことさえできない。
そのために必要ならば、犠牲を厭わない姿勢を見せろと。
腹を括れということだな。
浮沈子は、日頃、そんな覚悟でダイビングしているわけではない。
余裕をもって自分の限界の範囲に留まる。
最大限の安全を確保するために、安全管理下で半歩先の講習も積むけど、その先に出ることはない(たぶん)。
死滅回遊魚、有人宇宙開発、ダイビング、書いているうちに、人間の生き方そのものが、それらの話とつながっていることに気付く。
探検や冒険の相対価値が低い文化の中で、土井宇宙飛行士が描くビジョン(?)が実現するかどうかは知らない。
ソ連も米国も、試練を乗り越えて突っ走ってきた(今のロシアは、突っ走る金が足りないかも)。
中国やインドが、やがて追いつき追い越そうとしている。
本当に宇宙に広がる存在かどうかは、人類には決めることが出来ないのかもしれない。
その選択は、本能的なもので避けることはできない。
死滅覚悟でどれだけ犠牲(人的損耗とは限らない)を出せるかだな。
無人探査機だって、その意味では犠牲といえなくもないか。
死屍累々の状況を乗り越えて進むことを止めれば、美しい滅亡の時は確実にやってくる。
遊泳力がない幼魚の時に流されるに過ぎないとはいえ、死滅することが確実な世界に旅立つわけだからな。
存在を賭けた壮絶な戦いを乗り越えた越年回遊魚に拍手だな・・・。
あっぱれ!。
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