😼メキシコへの道:第4章:補遺(一人で潜ったわけじゃない) ― 2024年12月21日 07:41
メキシコへの道:第4章:補遺(一人で潜ったわけじゃない)
ポーターをお願いしたチランゴさんは大男だ。
陽気でおしゃべり好きで、重いタンクを担いで歌を歌いながら運ぶ。
エントリー口が穴の底だったりするところでは、水際まで運んでくれる。
水中への設置など、センシティブなところはガイドのハイロさんや竹内さんが行う。
浮沈子は、自分の身体を運ぶのに精一杯だからな(2度も滑落したけど)。
ジジイがメキシコまで行って水中洞窟潜るには、多くの人々の協力が必要だ。
水中のことは自分で何とかするとしても、水から上がって人手に頼ることが出来る所は、遠慮せずに手を借りた。
その方が、チーム全体として時間の節約になるし、効率的な運用に繋がる。
安全管理上も好ましい。
足場の悪いところで、非力な浮沈子がいくらジタバタしても、チームの他のメンバーの足を引っ張るだけだからな。
もちろん、アンヘリータとかカリンバとか、足場のいいところでは浮沈子もタンクを運ぶ。
竹内さんに手伝ってもらったりしてるけど。
出来ることはやるけど、手助けは拒まない。
無理して転んでけがする方が迷惑をかけることになる。
いいとこ取りだが、そうしなければ浮沈子は潜れないのだ。
一人で潜ったわけじゃない。
手を借り、足を借り、背中を借りて潜る。
人様のおかげで潜る。
おかげ様ダイビングだ。
対価は払うけど、それはあくまで経済的な側面で、実際の現場では協力し合いながら総合力を発揮する。
浮沈子にケーブダイビングの経験を積ませるというミッション(そうだったのかあ?)を成功させるために力を合わせる。
浮沈子は、自分でしかできないところに集中し、そこで全力を尽くす。
手抜きしているわけじゃない。
日本で出来る所は可能な限りトレーニングし、現場で混乱しないように繰り返し練習した。
海洋でも、稲取のプールでも、市川の國富のプールでも、何度も潜ってスキルを向上させ、安定確実なものにするために取り組んで臨んだ。
竹内さんからは、ケーブダイビングを楽しむという課題を与えられていたんだが、それが果たせたかどうかは何とも言えない。
楽しくなかったわけじゃないけど、洞窟愛に目覚めたとは言えない。
アンヘリータは、まあ、1度潜れば十分な気がするけど、確かに一見の価値はあった。
1度も行かずに、他の洞窟潜水の経験だけを重ねていっても、それはそれでいいのかもしれないけど。
浮沈子的には行けて良かったと思っている。
他の洞窟も、天地が狭かったり(プルアンドグライドで、フィン動かさずに通りました)、幅がなかったり(縦になって通りました)、両方なかったり(タンク外して通りました)して、いろいろ大変だったけど、そして経験値は確かに上がったけど、それが楽しかったかどうかは別の話だ。
もちろん、達成感は十分過ぎるほどある。
1日のダイビングが終わり、帰りの車の中で飲むコカコーラゼロは格別だ(ぷはーっ!、ゲーップ・・・:失礼!)。
全ダイビング日程が終了して、アイスクリーム屋で食ったココア味のコーンアイスの味も忘れられない(そういうことかあ?)。
洞窟潜水を楽しむとは何か。
前回潜ってからの1年間、浮沈子は今年のメキシコ行きを目標にして、生活のリズムを整え、フィットネスに通い、夏ごろからはトレーニングダイブも重ねてきた。
家康の言葉に、「待つのが祭り」というのがあるそうだ。
(「待つのが祭り」とはよく言ったもの)
https://note.com/rikudounotsuji/n/nc145c23ce5fb
「祭りはその日が来るのが待ち遠しいもの。そのためにあれやこれや準備して備えるのだけど、いざ祭りの日となるとアッと言う間に終わってしまう。待っている間が楽しい」
そもそも、「待つ」という言葉自体が、祭りに通じるのだという話もある。
(祭りの語源/ホームメイト)
https://www.homemate-research-festival.com/useful/12700_tour_003/
「「待つ」はそのまま神が地上に降りてくるのを待つ、儀式の最中神がその場にいる間はそこで待っている、という意味を持ちます。(中略)祭りとはこの「まつ、まつろう、まいる」といった言葉が変化したもの、そして複数の意味合いを内包するとも考えられます。」
洞窟潜水の準備をしたり、その催行を待つ間こそが楽しいのだということなわけだ。
が、ぶっちゃけ、不安と期待が入り乱れ、楽しむどころではなかった。
浮沈子的には、大きなトラブルもなく無事にツアーを終え、こうして振り返りながらあれこれ思い出してブログを書いている時が一番楽しい気もする(そんなあ!)。
祭りの後だな(「後の祭り」じゃないです!)。
お世話になった現地の方はどうしているんだろうか。
ハイロさんは、相変わらずガイドに勤しんでいるだろう。
チランゴさんは、別のチームのポーターしているんだろうか?。
竹内さんは、インスピのインストラクターになっていて、年明けから講習が始まるので、その準備にかかっているんだろう(未確認)。
気持ちよく過ごせたポサダ06ホテルのスタッフ、深夜のオクソの店員、怪しげな英語と指差ししかできない浮沈子の注文を第6感で察して望みのタコスを作ってくれた屋台の兄ちゃんは、今日もタコスを手早く焼いているんだろうな。
セノーテに出発する前、何度もランチのサンドイッチを買った角のお店で、手早く紙でサンドイッチを包み、ナプキンを入れていたおねーさん(元おねーさん?)は、今日もサンドイッチを包んでいるんだろう。
お世話になった人々は、考えてみれば数知れない・・・。
質問を変えよう。
今年のメキシコツアーは楽しめたか?。
これはもう、掛け値なしに大満足だ!。
トレンマヤには乗れなかったけど、現代建築っぽいトゥルムの駅舎はこの目で見てきたし、今はもうダイバーが潜れなくなってしまったグランセノーテの水面も泳いできた。
レンタルサイクルも借りたし、多くのお店で美味しい料理をたらふく食い、すっかり観光地化しているトゥルムの街を堪能した(マッサージ行けなかったのは心残りだがな)。
謎のラッパの正体も解明できたしな(屋台売りの菓子パン屋)。
それらを楽しめたのも、メインのイベントであるダイビングが順調にいったからに他ならない。
その充実がなければ、解放された後の街歩きも満足することはできなかったに違いない。
浮沈子にとって、洞窟潜水はミッションであり、チャレンジであり、克服すべき目標であり、越えなければならない地平であり、登らなければならない山々であり続けている。
ストレスを感じ、緊張し、リスクを冒す恐怖に打ち勝つためのあらゆる手立てを動員しなければならない目標として君臨したままだ。
それでいい。
無理に楽しい振りはしたくない。
克服すべき課題を見出し、次へと繋げる目標を発見する。
今回、それは隘路通過と基礎体力だった。
現地では、本場のダイバーが実際に潜っているわけで、それを見るのも楽しみの一つだ。
アイテムとしては、やっぱダイブライトのBCでしょ!。
(Dive Rite Nomad Ray Sidemount BC)
https://www.divegearexpress.com/dive-rite-nomad-ray-sidemount-bc?srsltid=AfmBOortj2NKCDaAay_XkS766PlTgb4THDUL8jEz04ttsp4ZVRrDeIFg
「Nomad Ray は、ダイバーの体にぴったりフィットするフラットで流線型のフィット感と人間工学に基づいた形状を備えた、非常に洗練されたサイドマウント システムです。そのユニークで革新的な機能は、あらゆるスキル レベルのサイドマウント ダイバーに魅力的です。」
ノマッドレイの宣伝動画とかを見ると、チョー狭い(天地が薄い)ところへ、背中をスリスリしながら潜っているけど(丈夫なプレートが売りだからな)、別にそんなヘンタイなところに行きたいわけじゃない。
単純にカッコイーからに過ぎない。
探検家じゃないんだから、そういうところで遊び心があってもいいだろう。
こういうアイテムに現地で出会うというのも、確かに楽しみの一つではある。
人のものを見ていると、無性に羨ましく、欲しくなっちまうというのは人情というものだ。
まあ、どうでもいいんですが。
多くの人々のおかげで、浮沈子はメキシコのセノーテダイビングツアーを楽しんだ。
洞窟愛には目覚めず、洞窟潜水を楽しむ余裕はなかったが、十分過ぎるほどの達成感は残った。
新たな課題と目標、そして将来の夢(ステージタンク持ち)。
(ステージケイブダイバー)
https://www.sditdierdi.jp/courses/tdi/tdi-stcv.html
「TDIステージケイブダイバーコースは、ステージシリンダーを使用し、潜水時間や潜水距離を延長する方法をトレーニングしたケイブダイバーに教えるためのコースです。ダイバーは、より長い潜水時間、複雑な潜水計画、複数のガスマネジメント方法を取り入れたダイビングを計画することを学びます。深度、ミックスガス、必要な減圧に関しては、講習生の現在の認定レベルと経験レベルを超えないようにします。」
最低でもBCを替えないと潜れんからな(現在のBCでは浮力が足りない)。
そこから始めることになる。
再び、コンフィギュレーションの迷路に突入し、あーでもないこーでもないを繰り返して、フィッティングしていかなければならない。
まあいい。
今のところは、ステージタンクを持つことは目標ではない。
身体的精神的に、2本持ちのサイドマウントで一杯一杯だからな。
あくまでも夢でいい。
夢を追う気持ちを持ち続けることが重要だ(そうなのかあ?)。
現地では、ステージ持ちのダイバーをたくさん見ちまったからな。
目の毒だ(そういうことかあ?)。
確認しておこう。
多くの人との出会いで、メキシコへの道:第4章は完結した。
ミッションコンプリート!。
隘路通過と基礎体力の課題解決に自信がつけば、第5章があるかもしれない。
直接間接にお世話になった方々に、心から感謝し、グラシアスの言葉を捧げたい・・・。
ポーターをお願いしたチランゴさんは大男だ。
陽気でおしゃべり好きで、重いタンクを担いで歌を歌いながら運ぶ。
エントリー口が穴の底だったりするところでは、水際まで運んでくれる。
水中への設置など、センシティブなところはガイドのハイロさんや竹内さんが行う。
浮沈子は、自分の身体を運ぶのに精一杯だからな(2度も滑落したけど)。
ジジイがメキシコまで行って水中洞窟潜るには、多くの人々の協力が必要だ。
水中のことは自分で何とかするとしても、水から上がって人手に頼ることが出来る所は、遠慮せずに手を借りた。
その方が、チーム全体として時間の節約になるし、効率的な運用に繋がる。
安全管理上も好ましい。
足場の悪いところで、非力な浮沈子がいくらジタバタしても、チームの他のメンバーの足を引っ張るだけだからな。
もちろん、アンヘリータとかカリンバとか、足場のいいところでは浮沈子もタンクを運ぶ。
竹内さんに手伝ってもらったりしてるけど。
出来ることはやるけど、手助けは拒まない。
無理して転んでけがする方が迷惑をかけることになる。
いいとこ取りだが、そうしなければ浮沈子は潜れないのだ。
一人で潜ったわけじゃない。
手を借り、足を借り、背中を借りて潜る。
人様のおかげで潜る。
おかげ様ダイビングだ。
対価は払うけど、それはあくまで経済的な側面で、実際の現場では協力し合いながら総合力を発揮する。
浮沈子にケーブダイビングの経験を積ませるというミッション(そうだったのかあ?)を成功させるために力を合わせる。
浮沈子は、自分でしかできないところに集中し、そこで全力を尽くす。
手抜きしているわけじゃない。
日本で出来る所は可能な限りトレーニングし、現場で混乱しないように繰り返し練習した。
海洋でも、稲取のプールでも、市川の國富のプールでも、何度も潜ってスキルを向上させ、安定確実なものにするために取り組んで臨んだ。
竹内さんからは、ケーブダイビングを楽しむという課題を与えられていたんだが、それが果たせたかどうかは何とも言えない。
楽しくなかったわけじゃないけど、洞窟愛に目覚めたとは言えない。
アンヘリータは、まあ、1度潜れば十分な気がするけど、確かに一見の価値はあった。
1度も行かずに、他の洞窟潜水の経験だけを重ねていっても、それはそれでいいのかもしれないけど。
浮沈子的には行けて良かったと思っている。
他の洞窟も、天地が狭かったり(プルアンドグライドで、フィン動かさずに通りました)、幅がなかったり(縦になって通りました)、両方なかったり(タンク外して通りました)して、いろいろ大変だったけど、そして経験値は確かに上がったけど、それが楽しかったかどうかは別の話だ。
もちろん、達成感は十分過ぎるほどある。
1日のダイビングが終わり、帰りの車の中で飲むコカコーラゼロは格別だ(ぷはーっ!、ゲーップ・・・:失礼!)。
全ダイビング日程が終了して、アイスクリーム屋で食ったココア味のコーンアイスの味も忘れられない(そういうことかあ?)。
洞窟潜水を楽しむとは何か。
前回潜ってからの1年間、浮沈子は今年のメキシコ行きを目標にして、生活のリズムを整え、フィットネスに通い、夏ごろからはトレーニングダイブも重ねてきた。
家康の言葉に、「待つのが祭り」というのがあるそうだ。
(「待つのが祭り」とはよく言ったもの)
https://note.com/rikudounotsuji/n/nc145c23ce5fb
「祭りはその日が来るのが待ち遠しいもの。そのためにあれやこれや準備して備えるのだけど、いざ祭りの日となるとアッと言う間に終わってしまう。待っている間が楽しい」
そもそも、「待つ」という言葉自体が、祭りに通じるのだという話もある。
(祭りの語源/ホームメイト)
https://www.homemate-research-festival.com/useful/12700_tour_003/
「「待つ」はそのまま神が地上に降りてくるのを待つ、儀式の最中神がその場にいる間はそこで待っている、という意味を持ちます。(中略)祭りとはこの「まつ、まつろう、まいる」といった言葉が変化したもの、そして複数の意味合いを内包するとも考えられます。」
洞窟潜水の準備をしたり、その催行を待つ間こそが楽しいのだということなわけだ。
が、ぶっちゃけ、不安と期待が入り乱れ、楽しむどころではなかった。
浮沈子的には、大きなトラブルもなく無事にツアーを終え、こうして振り返りながらあれこれ思い出してブログを書いている時が一番楽しい気もする(そんなあ!)。
祭りの後だな(「後の祭り」じゃないです!)。
お世話になった現地の方はどうしているんだろうか。
ハイロさんは、相変わらずガイドに勤しんでいるだろう。
チランゴさんは、別のチームのポーターしているんだろうか?。
竹内さんは、インスピのインストラクターになっていて、年明けから講習が始まるので、その準備にかかっているんだろう(未確認)。
気持ちよく過ごせたポサダ06ホテルのスタッフ、深夜のオクソの店員、怪しげな英語と指差ししかできない浮沈子の注文を第6感で察して望みのタコスを作ってくれた屋台の兄ちゃんは、今日もタコスを手早く焼いているんだろうな。
セノーテに出発する前、何度もランチのサンドイッチを買った角のお店で、手早く紙でサンドイッチを包み、ナプキンを入れていたおねーさん(元おねーさん?)は、今日もサンドイッチを包んでいるんだろう。
お世話になった人々は、考えてみれば数知れない・・・。
質問を変えよう。
今年のメキシコツアーは楽しめたか?。
これはもう、掛け値なしに大満足だ!。
トレンマヤには乗れなかったけど、現代建築っぽいトゥルムの駅舎はこの目で見てきたし、今はもうダイバーが潜れなくなってしまったグランセノーテの水面も泳いできた。
レンタルサイクルも借りたし、多くのお店で美味しい料理をたらふく食い、すっかり観光地化しているトゥルムの街を堪能した(マッサージ行けなかったのは心残りだがな)。
謎のラッパの正体も解明できたしな(屋台売りの菓子パン屋)。
それらを楽しめたのも、メインのイベントであるダイビングが順調にいったからに他ならない。
その充実がなければ、解放された後の街歩きも満足することはできなかったに違いない。
浮沈子にとって、洞窟潜水はミッションであり、チャレンジであり、克服すべき目標であり、越えなければならない地平であり、登らなければならない山々であり続けている。
ストレスを感じ、緊張し、リスクを冒す恐怖に打ち勝つためのあらゆる手立てを動員しなければならない目標として君臨したままだ。
それでいい。
無理に楽しい振りはしたくない。
克服すべき課題を見出し、次へと繋げる目標を発見する。
今回、それは隘路通過と基礎体力だった。
現地では、本場のダイバーが実際に潜っているわけで、それを見るのも楽しみの一つだ。
アイテムとしては、やっぱダイブライトのBCでしょ!。
(Dive Rite Nomad Ray Sidemount BC)
https://www.divegearexpress.com/dive-rite-nomad-ray-sidemount-bc?srsltid=AfmBOortj2NKCDaAay_XkS766PlTgb4THDUL8jEz04ttsp4ZVRrDeIFg
「Nomad Ray は、ダイバーの体にぴったりフィットするフラットで流線型のフィット感と人間工学に基づいた形状を備えた、非常に洗練されたサイドマウント システムです。そのユニークで革新的な機能は、あらゆるスキル レベルのサイドマウント ダイバーに魅力的です。」
ノマッドレイの宣伝動画とかを見ると、チョー狭い(天地が薄い)ところへ、背中をスリスリしながら潜っているけど(丈夫なプレートが売りだからな)、別にそんなヘンタイなところに行きたいわけじゃない。
単純にカッコイーからに過ぎない。
探検家じゃないんだから、そういうところで遊び心があってもいいだろう。
こういうアイテムに現地で出会うというのも、確かに楽しみの一つではある。
人のものを見ていると、無性に羨ましく、欲しくなっちまうというのは人情というものだ。
まあ、どうでもいいんですが。
多くの人々のおかげで、浮沈子はメキシコのセノーテダイビングツアーを楽しんだ。
洞窟愛には目覚めず、洞窟潜水を楽しむ余裕はなかったが、十分過ぎるほどの達成感は残った。
新たな課題と目標、そして将来の夢(ステージタンク持ち)。
(ステージケイブダイバー)
https://www.sditdierdi.jp/courses/tdi/tdi-stcv.html
「TDIステージケイブダイバーコースは、ステージシリンダーを使用し、潜水時間や潜水距離を延長する方法をトレーニングしたケイブダイバーに教えるためのコースです。ダイバーは、より長い潜水時間、複雑な潜水計画、複数のガスマネジメント方法を取り入れたダイビングを計画することを学びます。深度、ミックスガス、必要な減圧に関しては、講習生の現在の認定レベルと経験レベルを超えないようにします。」
最低でもBCを替えないと潜れんからな(現在のBCでは浮力が足りない)。
そこから始めることになる。
再び、コンフィギュレーションの迷路に突入し、あーでもないこーでもないを繰り返して、フィッティングしていかなければならない。
まあいい。
今のところは、ステージタンクを持つことは目標ではない。
身体的精神的に、2本持ちのサイドマウントで一杯一杯だからな。
あくまでも夢でいい。
夢を追う気持ちを持ち続けることが重要だ(そうなのかあ?)。
現地では、ステージ持ちのダイバーをたくさん見ちまったからな。
目の毒だ(そういうことかあ?)。
確認しておこう。
多くの人との出会いで、メキシコへの道:第4章は完結した。
ミッションコンプリート!。
隘路通過と基礎体力の課題解決に自信がつけば、第5章があるかもしれない。
直接間接にお世話になった方々に、心から感謝し、グラシアスの言葉を捧げたい・・・。
😼メキシコへの道:第4章:補遺(浮沈子の部屋) ― 2024年12月21日 09:58
メキシコへの道:第4章:補遺(浮沈子の部屋)
12月4日夜から16日早朝(いずれも現地時間)まで12泊13日(初日と最終日は短時間ですが)過ごしたホテルポサダ06の15号室(フロントわきの階段上って2階左奥の部屋)。
画像の撮影は、ガス抜きの15日朝に、自転車借りて出かける前だ(ノートパソコンに表示されているアナログ時計によれば、8時半頃だな)。
持って行ったスマホで撮影できるかどうかのテストショット。
「Posada06」で検索し、グーグルマップを表示させると、「Boutique Hotel Posada 06 Tulum」と出てくる。
(公式ページ)
https://posada06tulum.com/
「トゥルム・プエブロにある改装済みのクラシックなホテル」
「中心部にありながらも静かな場所にあり、当ホテルが村の伝統的な建物を完全に改装された理由を発見してください。プールとサンルームを見渡せる広々とした客室には、冷蔵庫、ネスプレッソまたは標準のコーヒーメーカー、4 名様用のキング、クイーン、またはダブルベッドが備わっています。スーペリアスイートでは、屋外バスタブをお楽しみいただけます。 ビーチから戻ったら、屋上で他のゲストと社交的な夕日をお楽しみください。」
ちなみに、冷蔵庫、コーヒーメーカー、屋外バスタブは15号室にはない。
Wi-Fiは部屋でも良く繋がり、速度も十分出ていた(15号室は時々途切れたけど、竹内さんが泊まっていた14号室はバンバン繋がっていたそうです:ルーターがどこに設置されていたかは未確認)。
いずれにしても、持って行ったWi-Fiルーターに頼らなければならない事態にはならなかった。
ノートパソコンが置いてあるデスクっぽい台は、部屋と一体になった石造りで、イスはバルコニーにあったやつを部屋に入れた。
アルミ製で座り心地が良くなかったので、バスタオルやクッションを使って整える(背もたれに、ベージュのクッションを置いています)。
ノートパソコンの奥の壁にはコンセントがあって、2口取れる。
125ボルトで、日本で買って行ったテーブルタップはそのまま使えた。
形状は、日本と同じAタイプ。
ベッド脇のスタンドのところにもコンセントがあり、ここも2口取れる。
電源には不自由しなかったな。
冷蔵庫はないけど、24時間開いているコンビニが近くにあるので不便な感じはしない。
湯沸かし用のポットがなかったのは残念だ(フロントで借りられたかどうかは未確認)。
聞けばよかったな・・・。
コンビニに買い出しに行ったついでに、CANELAというコーヒーをサーバーから買って飲んでいた(多少甘いけど、癖になる味です)。
体力勝負の洞窟潜水では、食事は重要だ。
デスクの左側には、コカコーラゼロの1.5リットルペットボトルが鎮座している(2.5リットルのデカいやつは、浮沈子が全部買い占めてしまい、店の在庫がなかった!)。
赤キャップはたくさん残ってたけどな・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
夜は近所のディスコの音が聞こえて、通り沿いのこの部屋はお世辞にも静かとは言えない(プールのある中庭の奥の部屋は静かなのかも:未確認)。
事実上、寝て身体を休めるために帰ってくる部屋で、シャワー浴びて横になり、飯を食いに行って帰ってきて爆睡、目が覚めて早い朝食(2時から3時くらい)を食べて二度寝して、器材の用意をしてダイビングに出かける毎日だった。
何日間かブログも書いたけど、疲れている時にはパスした。
ホテルライフを楽しみに来たわけじゃないからな。
必要にして十分な設備だ。
右手にシャワーがあって、ドアもなく、寝室と一体だったのが特筆すべきかもしれない。
3年前、一人で来た時にプラヤデルカルメンで泊まった部屋も、シャワー室との間の扉は形だけだったが、今回は扉もない。
トイレと洗面所が一緒のやつは、扉で仕切られていた。
まあいい。
浮沈子は、滞在中エアコンは一度も入れず、網戸のあるバルコニーの引き戸式のガラス扉を開けて換気しただけだが、湿度を維持するためにはシャワーの湿気があった方がいいかも知れない。
3日目くらいから風邪をひき、37.4度まで体温が上昇して往生したけど、大事には至らず、アンヘリータでもなんとか耳抜き出来て潜れた。
食欲だけは無くならなかったからな(食えば治る!)。
潜るために食い、潜るために寝て過ごしたホテルの部屋。
2週間近くもいると、すっかり馴染んでしまって、もう、何がどこにあるかを照明点けずに探り当てられるようになった。
日常感覚は、そういう細部に宿る気がする。
ルームキーを持ったかどうかを確認し、ドアノブのロックをカチッと押し込み、電灯スイッチを切りながら後ろ手でドアを閉める・・・。
一連の流れがスムーズになり、我が家のような感覚になる。
生活感が落ち着くと、ダイビングにも集中できるからな。
旅行先で、早くそうなると、アクティビティを余裕をもって楽しむことが出来るようになる。
ホテルの部屋は、ダイビングにとって器材の一部のようなものかもしれない。
イスやテーブルの上のアイテムの配置、ダイビング器材の置き場所、タオルを吊るしておく場所など、自分の使いやすいコンフィギュレーションを整えることは、準備漏れや忘れ物を防ぐことにも繋がる。
一貫した手順は、トラブルを防止するうえで重要だからな。
ピローチップは20ペソ(メキシコドル)または1ドル(米ドル)を置いた(為替上もそんなもんでした:1ドル=19.5ペソ)。
数日前までいたのに、この写真を見ると何故か懐かしい気がする。
そう、帰国して自分の部屋に帰ると、日常生活はそっちに切り替わり、過去の栄光(?)は忘却の彼方に消えていく・・・。
ホテルの部屋は、隠れた器材であると同時に、連日のダイビングを支えてくれた影のチームメンバーかも知れないな・・・。
12月4日夜から16日早朝(いずれも現地時間)まで12泊13日(初日と最終日は短時間ですが)過ごしたホテルポサダ06の15号室(フロントわきの階段上って2階左奥の部屋)。
画像の撮影は、ガス抜きの15日朝に、自転車借りて出かける前だ(ノートパソコンに表示されているアナログ時計によれば、8時半頃だな)。
持って行ったスマホで撮影できるかどうかのテストショット。
「Posada06」で検索し、グーグルマップを表示させると、「Boutique Hotel Posada 06 Tulum」と出てくる。
(公式ページ)
https://posada06tulum.com/
「トゥルム・プエブロにある改装済みのクラシックなホテル」
「中心部にありながらも静かな場所にあり、当ホテルが村の伝統的な建物を完全に改装された理由を発見してください。プールとサンルームを見渡せる広々とした客室には、冷蔵庫、ネスプレッソまたは標準のコーヒーメーカー、4 名様用のキング、クイーン、またはダブルベッドが備わっています。スーペリアスイートでは、屋外バスタブをお楽しみいただけます。 ビーチから戻ったら、屋上で他のゲストと社交的な夕日をお楽しみください。」
ちなみに、冷蔵庫、コーヒーメーカー、屋外バスタブは15号室にはない。
Wi-Fiは部屋でも良く繋がり、速度も十分出ていた(15号室は時々途切れたけど、竹内さんが泊まっていた14号室はバンバン繋がっていたそうです:ルーターがどこに設置されていたかは未確認)。
いずれにしても、持って行ったWi-Fiルーターに頼らなければならない事態にはならなかった。
ノートパソコンが置いてあるデスクっぽい台は、部屋と一体になった石造りで、イスはバルコニーにあったやつを部屋に入れた。
アルミ製で座り心地が良くなかったので、バスタオルやクッションを使って整える(背もたれに、ベージュのクッションを置いています)。
ノートパソコンの奥の壁にはコンセントがあって、2口取れる。
125ボルトで、日本で買って行ったテーブルタップはそのまま使えた。
形状は、日本と同じAタイプ。
ベッド脇のスタンドのところにもコンセントがあり、ここも2口取れる。
電源には不自由しなかったな。
冷蔵庫はないけど、24時間開いているコンビニが近くにあるので不便な感じはしない。
湯沸かし用のポットがなかったのは残念だ(フロントで借りられたかどうかは未確認)。
聞けばよかったな・・・。
コンビニに買い出しに行ったついでに、CANELAというコーヒーをサーバーから買って飲んでいた(多少甘いけど、癖になる味です)。
体力勝負の洞窟潜水では、食事は重要だ。
デスクの左側には、コカコーラゼロの1.5リットルペットボトルが鎮座している(2.5リットルのデカいやつは、浮沈子が全部買い占めてしまい、店の在庫がなかった!)。
赤キャップはたくさん残ってたけどな・・・。
まあ、どうでもいいんですが。
夜は近所のディスコの音が聞こえて、通り沿いのこの部屋はお世辞にも静かとは言えない(プールのある中庭の奥の部屋は静かなのかも:未確認)。
事実上、寝て身体を休めるために帰ってくる部屋で、シャワー浴びて横になり、飯を食いに行って帰ってきて爆睡、目が覚めて早い朝食(2時から3時くらい)を食べて二度寝して、器材の用意をしてダイビングに出かける毎日だった。
何日間かブログも書いたけど、疲れている時にはパスした。
ホテルライフを楽しみに来たわけじゃないからな。
必要にして十分な設備だ。
右手にシャワーがあって、ドアもなく、寝室と一体だったのが特筆すべきかもしれない。
3年前、一人で来た時にプラヤデルカルメンで泊まった部屋も、シャワー室との間の扉は形だけだったが、今回は扉もない。
トイレと洗面所が一緒のやつは、扉で仕切られていた。
まあいい。
浮沈子は、滞在中エアコンは一度も入れず、網戸のあるバルコニーの引き戸式のガラス扉を開けて換気しただけだが、湿度を維持するためにはシャワーの湿気があった方がいいかも知れない。
3日目くらいから風邪をひき、37.4度まで体温が上昇して往生したけど、大事には至らず、アンヘリータでもなんとか耳抜き出来て潜れた。
食欲だけは無くならなかったからな(食えば治る!)。
潜るために食い、潜るために寝て過ごしたホテルの部屋。
2週間近くもいると、すっかり馴染んでしまって、もう、何がどこにあるかを照明点けずに探り当てられるようになった。
日常感覚は、そういう細部に宿る気がする。
ルームキーを持ったかどうかを確認し、ドアノブのロックをカチッと押し込み、電灯スイッチを切りながら後ろ手でドアを閉める・・・。
一連の流れがスムーズになり、我が家のような感覚になる。
生活感が落ち着くと、ダイビングにも集中できるからな。
旅行先で、早くそうなると、アクティビティを余裕をもって楽しむことが出来るようになる。
ホテルの部屋は、ダイビングにとって器材の一部のようなものかもしれない。
イスやテーブルの上のアイテムの配置、ダイビング器材の置き場所、タオルを吊るしておく場所など、自分の使いやすいコンフィギュレーションを整えることは、準備漏れや忘れ物を防ぐことにも繋がる。
一貫した手順は、トラブルを防止するうえで重要だからな。
ピローチップは20ペソ(メキシコドル)または1ドル(米ドル)を置いた(為替上もそんなもんでした:1ドル=19.5ペソ)。
数日前までいたのに、この写真を見ると何故か懐かしい気がする。
そう、帰国して自分の部屋に帰ると、日常生活はそっちに切り替わり、過去の栄光(?)は忘却の彼方に消えていく・・・。
ホテルの部屋は、隠れた器材であると同時に、連日のダイビングを支えてくれた影のチームメンバーかも知れないな・・・。
😼メキシコへの道:第4章:補遺(スリットな隘路) ― 2024年12月21日 16:27
メキシコへの道:第4章:補遺(スリットな隘路)
画像は、カリンバで潜った時に通った縦長のスリットな隘路。
身体を真横にして通り抜けるお約束なシチュエーションだ。
日本で特訓していったんだが(海洋でもプールでも)、見て分かる通り角度が足りない。
本人は90度傾けているつもりなんだがな・・・。
そのことは、海洋でのトレーニングダイブの時にも竹内さんに指摘されている。
鍾乳石は、その形成の原理から、概ね垂直になっているわけだから(一部例外もあります)、角度が足りなければスタックするかへし折るか辛うじて通れたとしても、スムーズに抜けられなかったりする。
練習で出来ないことは本番でもできない。
画像を見ればわかるが、上から垂れ下がっているつらら石はかなり繊細で、強くキックしたりすれば覿面に破壊される(今回は折らずに済んだようです)。
1m延びるのに1万年かかっていると言われるからな・・・。
貴重なものだ。
記憶では、比較的丈夫な石筍(下から生えているやつ)をそーっと押して、プルアドグライドで通り抜けた気がしている。
ガイドのハイロさんは、確かワンキックで抜けている。
格が違う・・・。
こういうところは何か所かあって、極端に狭いわけではないけど、サイドマウントでなければ通り抜けが困難な隘路だ(たぶん、ダブルタンクじゃムリポ?:未確認)。
スキル的には初級クラスで、横になって止まっていたりするのは海洋でも練習できるけど、そのまま進んでいくというのはなかなか練習の機会がない。
大瀬の漁礁の一つに似たところがあって、そこで練習した。
プールでは側壁を使って、角度のチェックを繰り返す。
どっちを下にするかというのは、先頭を行くハイロさんの真似をしているだけだ(基本はラインを目視できる方:その先で角度を付けて泳がなければならないところなど例外はあります)。
突入する前に十分速度を落として、入念に浮力のチェックをするんだが、姿勢を変えたとたんにバランスを崩す。
やれやれ・・・。
こういう状態が延々続くところもあるそうだが、そういうのは探検家クラスに任せて、浮沈子的にはなるべく触らずにそーっと通り抜けることに専念する。
プラクティス、プラクティス、プラクティス・・・。
タンクが通り抜けたと思って、元の水平の位置に戻そうとすると、カツンと当たったりする。
車両感覚の不足だな。
更に、タンクが無事に通り抜けたとしても、フィンのかかとが引っ掛かったりする。
やれやれ・・・。
こういうところは、決して例外とか特殊なところではなく、今回のルートではふつーにあった。
天地が狭いところもあったけど、通り抜け程度のところはガイドさんもブリーフィングの時には触れない。
長い距離続くところだけ説明してくれる(20mくらいとか)。
サイドマウントなんだから、天地が低いところを通り抜けるのは当たり前で、そんなところをいちいち解説していたのではキリがない。
画像の箇所も、さらっと触れた程度だった気がする(忘れちまっただけじゃないのかあ?)。
まあいい。
単に横向きになって通り抜ける所は、サイドマウントの場合、隘路のうちには入らないのかもしれない(未確認)。
が、しかし、ケーブダイビング初心者の浮沈子は、アドレナリン出まくり心臓バクバク呼吸は乱れ頭の中は真っ白で、んな所に連れてきた相方(誰?)を恨みながら、べそかいて通り抜けてきた。
そう、決して楽しいもんじゃないのだ(浮沈子はヘンタイダイバーじゃないからな)。
繊細なつらら石見ると喜ぶ輩もいるんだろうが、浮沈子的には全然嬉しくない(そんなあ!)。
ぶっちゃけ、「やだなあ・・・」って感じてしまう。
洞窟愛が足りない。
それが言い訳だと分かっている。
練習不足でスキルが未熟なことを棚に上げ、洞窟潜水を楽しめない理由にしている。
愛が足りないのではなく、まだまだトレーニングが足りないだけなのだ。
精神的な余裕がなければ、楽しむどころではない。
浮沈子のスキルレベルは、だだっ広い海洋で、テキトーにフィンキックして泳いでいるレベルに、多少毛が生えた程度だ(えーと、頭髪との関係はありませんが)。
何もせずに止まっている静止スキルは出来ても、何かし始めるとフィンがフヨフヨと動いてしまう。
やれやれ・・・。
フィンキックは、未だに怪しい。
ハイロさんのキックは、リカバリーするときの幅も狭く、推進力を最大にして綺麗に蹴っているけど、浮沈子は同じペースで蹴ると距離が開いてしまうからな。
蹴った後のフィンの角度も、抵抗が少ない角度に保っていて、ぴたりと止まっている。
それは、隘路を通過する時も同じだ。
縦になっても横になっても、まるで計ったように正確に蹴り続けている。
浮沈子は、小刻みに蹴って調整したりするけど、そういうフィンワークは希だ。
何気ない通常のキックのように見えて、間合いを計り、微調整をしているわけだな(たぶん)。
洞窟にも優しい。
洞窟を愛し、洞窟に愛されているのを感じる。
穏やかな会話を楽しむように泳いでいる。
浮沈子はそうじゃない。
洞窟と格闘している。
この隘路をどう攻略するか、広いところでも、どうスムーズに進むかを必死で考え、突破しようとする。
ダイビングでも何でも、初心者にありがちな「りきみ」のようなものを感じている。
リラックス出来ていない。
それを最初から求めること自体が無理な話なのだ。
講習を含め、浮沈子がセノーテに潜りに行くのはまだ4回目だからな。
何十回何百回も潜っている竹内さんや、何千回何万回も潜っているハイロさんと次元が異なるのは当然だ。
そして、あることに気づいて愕然とする。
この先、何年潜れるか分からないけど、ひょっとすると生涯洞窟潜水を楽しめないまま終わってしまうんじゃないだろうか・・・。
自然が作り出した驚異の造形、どこまでもどこまでも澄み切った水、光に照らされて浮かび上がる地底世界の冒険は、安全に管理されたディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンのアトラクションではない。
一つ間違えば、命に係わるリスクを伴う、本物の冒険なのだ。
今日は、たまたまこんな記事を読んだ。
(私はケイブダイバーになる準備ができているでしょうか?)
https://www.sditdierdi.jp/blog/entry-2075.html
「適切なトレーニング、適切な装備、適切な経験、そして適切な姿勢があれば、ケイブダイビングは非常に安全に行うことができると思います。私はよく冗談で、ケイブダイビングで最も危険なのはダイビングスポットまでの車の運転だと言っています!」
まあ、それはそれで、その通りかもしれない。
この記事では次のような言及もある。
「ケイブダイビングで最も重要なことは安全であることだと伝えますが、次に重要なのは楽しさです!」
ひょっとすると、今回のルート設定は、浮沈子には難し過ぎたのかもしれない。
スキルの習得は人それぞれだ。
浮沈子は、ステージタンクの携行が出来ないことから、PADIのテックサイドマウント講習を修了できないでいる(未だに不合格のままです)。
サイドマウントを後から始めた方々に、次々と追い抜かれている。
それは別に構わない。
そして、おそらく終了できないまま終わるだろう。
それはそれでいいんだが、洞窟ダイビングを楽しめないままで終わるかも知れないというのはショックだ。
しかし、愕然としようがショックを受けようが、できないものはできない。
少なくとも今はムリポだ。
どうするか。
まだ、帰国して数日しか経っていない。
もうしばらく時間を置いて、気持ちの整理をする必要があるかもしれない。
<この稿続く>
画像は、カリンバで潜った時に通った縦長のスリットな隘路。
身体を真横にして通り抜けるお約束なシチュエーションだ。
日本で特訓していったんだが(海洋でもプールでも)、見て分かる通り角度が足りない。
本人は90度傾けているつもりなんだがな・・・。
そのことは、海洋でのトレーニングダイブの時にも竹内さんに指摘されている。
鍾乳石は、その形成の原理から、概ね垂直になっているわけだから(一部例外もあります)、角度が足りなければスタックするかへし折るか辛うじて通れたとしても、スムーズに抜けられなかったりする。
練習で出来ないことは本番でもできない。
画像を見ればわかるが、上から垂れ下がっているつらら石はかなり繊細で、強くキックしたりすれば覿面に破壊される(今回は折らずに済んだようです)。
1m延びるのに1万年かかっていると言われるからな・・・。
貴重なものだ。
記憶では、比較的丈夫な石筍(下から生えているやつ)をそーっと押して、プルアドグライドで通り抜けた気がしている。
ガイドのハイロさんは、確かワンキックで抜けている。
格が違う・・・。
こういうところは何か所かあって、極端に狭いわけではないけど、サイドマウントでなければ通り抜けが困難な隘路だ(たぶん、ダブルタンクじゃムリポ?:未確認)。
スキル的には初級クラスで、横になって止まっていたりするのは海洋でも練習できるけど、そのまま進んでいくというのはなかなか練習の機会がない。
大瀬の漁礁の一つに似たところがあって、そこで練習した。
プールでは側壁を使って、角度のチェックを繰り返す。
どっちを下にするかというのは、先頭を行くハイロさんの真似をしているだけだ(基本はラインを目視できる方:その先で角度を付けて泳がなければならないところなど例外はあります)。
突入する前に十分速度を落として、入念に浮力のチェックをするんだが、姿勢を変えたとたんにバランスを崩す。
やれやれ・・・。
こういう状態が延々続くところもあるそうだが、そういうのは探検家クラスに任せて、浮沈子的にはなるべく触らずにそーっと通り抜けることに専念する。
プラクティス、プラクティス、プラクティス・・・。
タンクが通り抜けたと思って、元の水平の位置に戻そうとすると、カツンと当たったりする。
車両感覚の不足だな。
更に、タンクが無事に通り抜けたとしても、フィンのかかとが引っ掛かったりする。
やれやれ・・・。
こういうところは、決して例外とか特殊なところではなく、今回のルートではふつーにあった。
天地が狭いところもあったけど、通り抜け程度のところはガイドさんもブリーフィングの時には触れない。
長い距離続くところだけ説明してくれる(20mくらいとか)。
サイドマウントなんだから、天地が低いところを通り抜けるのは当たり前で、そんなところをいちいち解説していたのではキリがない。
画像の箇所も、さらっと触れた程度だった気がする(忘れちまっただけじゃないのかあ?)。
まあいい。
単に横向きになって通り抜ける所は、サイドマウントの場合、隘路のうちには入らないのかもしれない(未確認)。
が、しかし、ケーブダイビング初心者の浮沈子は、アドレナリン出まくり心臓バクバク呼吸は乱れ頭の中は真っ白で、んな所に連れてきた相方(誰?)を恨みながら、べそかいて通り抜けてきた。
そう、決して楽しいもんじゃないのだ(浮沈子はヘンタイダイバーじゃないからな)。
繊細なつらら石見ると喜ぶ輩もいるんだろうが、浮沈子的には全然嬉しくない(そんなあ!)。
ぶっちゃけ、「やだなあ・・・」って感じてしまう。
洞窟愛が足りない。
それが言い訳だと分かっている。
練習不足でスキルが未熟なことを棚に上げ、洞窟潜水を楽しめない理由にしている。
愛が足りないのではなく、まだまだトレーニングが足りないだけなのだ。
精神的な余裕がなければ、楽しむどころではない。
浮沈子のスキルレベルは、だだっ広い海洋で、テキトーにフィンキックして泳いでいるレベルに、多少毛が生えた程度だ(えーと、頭髪との関係はありませんが)。
何もせずに止まっている静止スキルは出来ても、何かし始めるとフィンがフヨフヨと動いてしまう。
やれやれ・・・。
フィンキックは、未だに怪しい。
ハイロさんのキックは、リカバリーするときの幅も狭く、推進力を最大にして綺麗に蹴っているけど、浮沈子は同じペースで蹴ると距離が開いてしまうからな。
蹴った後のフィンの角度も、抵抗が少ない角度に保っていて、ぴたりと止まっている。
それは、隘路を通過する時も同じだ。
縦になっても横になっても、まるで計ったように正確に蹴り続けている。
浮沈子は、小刻みに蹴って調整したりするけど、そういうフィンワークは希だ。
何気ない通常のキックのように見えて、間合いを計り、微調整をしているわけだな(たぶん)。
洞窟にも優しい。
洞窟を愛し、洞窟に愛されているのを感じる。
穏やかな会話を楽しむように泳いでいる。
浮沈子はそうじゃない。
洞窟と格闘している。
この隘路をどう攻略するか、広いところでも、どうスムーズに進むかを必死で考え、突破しようとする。
ダイビングでも何でも、初心者にありがちな「りきみ」のようなものを感じている。
リラックス出来ていない。
それを最初から求めること自体が無理な話なのだ。
講習を含め、浮沈子がセノーテに潜りに行くのはまだ4回目だからな。
何十回何百回も潜っている竹内さんや、何千回何万回も潜っているハイロさんと次元が異なるのは当然だ。
そして、あることに気づいて愕然とする。
この先、何年潜れるか分からないけど、ひょっとすると生涯洞窟潜水を楽しめないまま終わってしまうんじゃないだろうか・・・。
自然が作り出した驚異の造形、どこまでもどこまでも澄み切った水、光に照らされて浮かび上がる地底世界の冒険は、安全に管理されたディズニーランドやユニバーサルスタジオジャパンのアトラクションではない。
一つ間違えば、命に係わるリスクを伴う、本物の冒険なのだ。
今日は、たまたまこんな記事を読んだ。
(私はケイブダイバーになる準備ができているでしょうか?)
https://www.sditdierdi.jp/blog/entry-2075.html
「適切なトレーニング、適切な装備、適切な経験、そして適切な姿勢があれば、ケイブダイビングは非常に安全に行うことができると思います。私はよく冗談で、ケイブダイビングで最も危険なのはダイビングスポットまでの車の運転だと言っています!」
まあ、それはそれで、その通りかもしれない。
この記事では次のような言及もある。
「ケイブダイビングで最も重要なことは安全であることだと伝えますが、次に重要なのは楽しさです!」
ひょっとすると、今回のルート設定は、浮沈子には難し過ぎたのかもしれない。
スキルの習得は人それぞれだ。
浮沈子は、ステージタンクの携行が出来ないことから、PADIのテックサイドマウント講習を修了できないでいる(未だに不合格のままです)。
サイドマウントを後から始めた方々に、次々と追い抜かれている。
それは別に構わない。
そして、おそらく終了できないまま終わるだろう。
それはそれでいいんだが、洞窟ダイビングを楽しめないままで終わるかも知れないというのはショックだ。
しかし、愕然としようがショックを受けようが、できないものはできない。
少なくとも今はムリポだ。
どうするか。
まだ、帰国して数日しか経っていない。
もうしばらく時間を置いて、気持ちの整理をする必要があるかもしれない。
<この稿続く>
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