USSニューヨーク2016年12月29日 00:38

USSニューヨーク
USSニューヨーク


テック40の講習で、しかも、慣れないダブルタンク(つーか、初めて)。

しかも、講師の石井さんご自身は、サイドマウントという状況(まあ、そんな感じ・・・)。

浮沈子も、たぶん、サイドマウントで受講した方が楽なんだろうが、そもそも、今回はダブルタンクを経験しておくということが目的なので、そうもいかない。

だいたい、テックサイドマウントが終わっていないしな。

それでも、バックマウントに比べたら、場数は踏んでいるので、扱いには困らないだろう。

しかし、それでは、バックマウントを体験するという当初の目的は果たせない。

浮沈子は、あくまでもレクリエーショナルレベルのCCR(決してSCRではない)のインストラクターを目指しているんだからな。

サイドマウントやダブルタンクというのは、行きがかり上やむを得ない状況の中で、浮沈子のインストラクターとしての肥やしというか、ダイビングの厚みと幅を増すために行っている(決して、体型ではない・・・)。

テクニカルレベルのダイビング(オープンであれクローズであれ)も、やはり同じだ。

インスピレーションと、ポセイドンセブンという異なる種類のCCRを使っているのも、「他の機種のことは知りません」というセリフを吐きたくないから。

本来は、もっと多くの経験を積んで、何でも使えるようにしておきたいんだがな。

先立つものもないしな。

まあ、どうでもいいんですが。

ダブルタンクは、2つの点で浮沈子向きではないと思っていた。

一つは、もちろん、重いこと。

獅子浜で器材チェックをした時、担げて歩けただけで感動した。

まあ、インスピのフル装備とさして変わらない。

スービックでの講習では、タンクの運搬、ボート上での装着(ボートのへりに置いてくれる)を、ローカルスタッフがやってくれるので、腕を通してハーネスを締めるだけという殿様講習である。

エキジットも、水面で脱げば、器材だけ引き上げてくれる(ついでに、ダイバーも引き上げて欲しいんだがな・・・)。

もう一つが、バルブシャットダウンドリル。

右肩の可動域に制約があるので、場合によっては認定されないことも覚悟して臨んだ。

案の定、スービックでの初日に、何とか手は届いたものの、バルブを回すことが出来ず(閉めることはできるのだが、全く開けられなかった)、講師の石井さんに心配をかけた。

翌日以降、左手でアイソレーターバルブを掴んでおくことで、なんとか回すこと(開閉とも)が出来るようになり、講習の目途が付いた時にはホッとした。

で、実質的な最終ダイビングであるニューヨークでの減圧ダイビング(実際には、デコ出しはしない)のプロファイルを画像で見てみる。

へたくそなデコだが、まあ、いろいろ事情があるので仕方ない。

最後の方で上がった後に戻っているのは、ちょっと事前の計画と異なってしまったからだ。

エントリー後、30分で浮上開始ということになっていたが、実際ジャスト30分というのは、マズかったと反省している。

講習だから、それでいいんだが、1分前の浮上を心掛けなければならんな。

最大深度は、一応30mとしていたが、浮沈子は28m弱だった。

ここは、一応、保守的に運用した。

石井さんは、29mまで行ったらしい。

それでも、30mを超えないようにしていた。

ニューヨーク自身については、ネットに多数情報が上がっている。

(ニューヨーク (装甲巡洋艦))
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF_(%E8%A3%85%E7%94%B2%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)

「・起工:1890年9月19日
・進水:1891年12月2日
・就役:1893年8月1日
・退役:1933年4月29日
・その後:1941年に海没処分」

「沈没の後、ニューヨークは人工岩礁として使用された。観光産業が成長し、スービック湾は潜水観光地となった。沈没したニューヨークはアジアにおける最も有名なダイビングスポットの1つとして知られるようになった。」

(First Dive on the USS New York at Subic Bay)
http://philippinesphil.blogspot.jp/2012/06/first-dive-on-uss-new-york-subic-bay.html

少し前だが、同じダイビングサービスを使って潜った記事があった。

記事には、動画が貼り付けてある。

浮沈子が潜った時のビジビリティは、この半分もなかったな。

まあ、外側から見るニューヨークは、大したことはない。

この船は、たぶん、ペネトレーションしてナンボの船だ。

石井さんの話では、戦艦というのは、通路が狭くて、複雑な構造になっているので、潜っていて楽しいんだそうだ(ヘンタイ・・・)。

この講習中も、裂け目とかあると、吸い寄せられるように近づいていく(おいおい・・・)。

後で聞くところによれば、通常はちゃんとした(狭い)ハッチから入るらしい。

大きな裂け目から入ったことがないので、ここから入ったら、どのあたりに行くのかが気になったんだそうだ。

うーん、付いていけないな。

話にも、もちろん、レックダイビングにも。

高度なテクニックを要するテクニカルレックペネトレーションは、浮沈子の与り知らぬ世界だ

もちろん、真っ暗な洞窟の中など、論外である。

そういう所に入りたがるのは、自分がそこに入ることが出来るスキルがあるということを、自分自身で確認し、自己満足の世界に浸りたいためじゃないんだろうか?。

あんな難しいところや、こんな狭いところを通り抜け、誰も行ったことがないそんなとこまで行けたぞ、と・・・。

それはそれで、凄いことなのかもしれないし、浮沈子は到底真似することが出来ないわけだから、へへーっと平伏して聞くしかない。

エンジンルーム見たぞとか、その先に行ったぞとか。

世界で5人しか見たことがない洞窟の奥まで行ったぞとか。

浮沈子は、そういう世界を否定するつもりはないのだ。

ヘンタイとか、大ヘンタイとか、チョーヘンタイとか書いているが、それは尊敬や憧れの裏返しでもある。

ダイビングスキルは、とてつもなく高くて、浮沈子には想像することすらできない。

理解できない世界だ。

浅く、明るく、暖かい海なのに・・・。

せっかく、そういう環境にある沈船の奥深く、狭くて暗い、ダイビングライトの一条の光に照らされただけの世界に、わざわざ分け入っていく・・・。

そして、その1本のダイビングの充実を求めて、安全に潜ることが出来るスキルに、さらに磨きをかけていくのだ。

もちろん、そこには避けることが出来ないリスクが常にある。

脆い構造物、深いシルト、鋭利なエッジ、狭い通路、エトセエトセ・・・。

減圧を伴う長時間の深潜りは、更なるリスクを与える。

まあ、ダブルタンクくらいが正解だな。

それを担いで行くことが出来る範囲は、限られている。

サイドマウントなんて始めたら、スービックではどこまでも先(奥?)に行くことが出来るだろう。

それを望むチョーヘンタイダイバー(!)にとっては、USSニューヨークは天国に違いない。

この船には、大砲の傍に、十字架が置かれ、酒の瓶が供えられていた。

もちろん、沈んだときには死者はいない。

米軍自身の手で沈められた。

だから、潜っている時に、フィンを引っ張られることがあっても、それは、この船の魅力に取りつかれたダイバーが、ボトムタイムをオーバーしそうになっていることを気付かせようとしているガイドがしているのであって、黄泉の国から迎えが来ているわけではない。

安心していい。

英語版の記述にはこうある。

(USS New York (ACR-2):USS Rochester (ACR-2/CA-2))
https://en.wikipedia.org/wiki/USS_New_York_(ACR-2)#USS_Rochester_.28ACR-2.2FCA-2.29

「Her name was struck from the Naval Vessel Register on 28 October 1938, and she was scuttled on 24 December 1941 to prevent her capture by the Japanese.」

浮沈子が潜ったのは、この船が沈められてから、丁度75年後になる(沈められたのはクリスマスイブなので、1日前ですが)。

ニューヨークから、サラトガへ、サラトガからロチェスターへ。

船名を2度も替えながら、半世紀の役割を終えた後は、ダイビングスポットとして、第二の人生を謳歌している。

毎度で恐縮だが、浮沈子が沈船に抱く気持ちは、穏やかなものだ。

亡くなった将兵の御霊や、激しい戦闘の傷跡を残す船であっても、それは同じだ。

(ダイビングの対象としての沈船)
http://kfujito2.asablo.jp/blog/2016/10/08/8217775

「戦争で無残に壊され、水底に眠る沈船は、平穏そのものである。

魚たちの住みかとなり、貝やソフトコーラルのゆりかごとなりながら、静かに時を刻んでいる。

人の手を離れ、神の御手に委ねられた至福の存在として・・・。

人が作りしものであった僅かな時間の何百倍、何千倍もの時間を沈船として過ごす。

そう考えると、沈船というのは、船という構造物の本来の姿なのではないかとすら思える。

神が人の手を借りて、この世に生み出し、水底に置かれたオブジェ。

浮かんでいた時の名前が何であれ、それは浮沈子にはどうでもいいような気がするのだ。

沈船。

それで十分ではないか。」

我ながら、詩人だな・・・。

まあ、今回は、講習のネタとしての沈船だからな。

そこまでの詩情を感じながら潜ったわけではない。

中に入ろうが、外から眺めるだけだろうが、それは変わらない。

何かの縁があって、また、スービックを訪れ、潜る機会があれば、再び潜ってみてもいい。

その時は、出来ればもう少しビジビリのいいことを願おう。

20m位からは、2mもなかったからな。

沈船は、概ね鉄でできている。

鉄は、地球の海に溶けていた。

水中の植物が生産した酸素が、その鉄のイオンと結びついて沈殿し、鉄鉱石となった。

そもそも、鉄は星(恒星)の中で作られ、宇宙にばらまかれたものだ。

我々もまた、星屑から生まれた。

我々の祖先は、遠い昔に海で生まれた。

そして、何十億年という年月が流れ、人間が再び水中で鉄の塊と出会う。

有機物と無機物との違いを超えて、星の子供たちが、平和の海で戯れている。

幸せな時間だ・・・。

それは、悠久の宇宙の時の流れの中では、束の間の夢のような瞬間に過ぎない。

50億年後、地球上の生命が消え、地球そのものも太陽のガスに焼かれて消えてしまうかもしれない。

かつて沈船であった鉄と、かつて人間であった元素は、再び宇宙の塵となり、次の生命と、次の沈船を生み出すのかもしれない。

ああ、もちろん、沈船の前には、船造んなくっちゃならんけどな・・・。

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