直訴!? ― 2013年11月02日 17:45
直訴!?
だれもが、まさか!?、と思い、ある人々は、やられた!、と感じ、さもなければ、けしからん!、と怒りつつも、なす術のない、とんでもないパフォーマンスをしでかした人がいる。
(日本で新人議員が天皇に手紙、政界で批判高まる)
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/11/02/2013110200427.html
もちろん、天皇陛下は、お渡しした手紙をお読みになってはいないと思うが、憲法の規定により、国政に関する権能を有しないばかりか、選挙権や被選挙権まで、公職選挙法の付則により、時の政権から剥奪されている(当分の間とある)、形式的には浮沈子よりも政治権力を有しない相手に対して、何の目的で手紙を渡したのか。
(日本国憲法)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
「第一章 天皇
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
○2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。」
野党も含めて、この日本国憲法第一章を改正しようという政治勢力はないので、今のところ、天皇家の安泰は保証されているようだ。
(天皇に選挙権はありますか? ないのなら、その理由はなんですか?)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q115696881
まあ、政治家に政治的パフォーマンスをするな、というのは、ハナから無理があるし、法的には何ら問題ないらしいし(今は、不敬罪とかありません)、当該行為を非難するということ自体が、政治的パフォーマンス以外の何物でもないということは、多くの国民が分かっている。
我が国には、天皇家に対する特別の思いを有する人々が多く、おかげで天皇家は、おおっぴらに国民の税金を使って生活をしているのである(不敬罪だな・・・)。
世襲の身分とあるので、皇太子とか、天皇なんかになりたくないと思っていたとしても(そんなことはないと思うが)、イヤだ!とかいって、パン屋の職人になることは出来ないようだ(パン屋も世襲なのかあ?)。
まあいい。
考えてみれば、不自由な身の上であるな。
自動車に乗りたくても、概ね皇居の中とかでしか走れないし、高速を法定速度の倍以上でぶっ飛ばすことなど、夢のまた夢であろう(法定速度は守りましょう!)。
我が国のマスコミは、なぜ、大きく取り上げ、政治家は、なぜ、これほど反応しているのか。
そもそも、園遊会は、国事行為ではない。
天皇家のプライベートな催しだろう。
(園遊会)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%92%E9%81%8A%E4%BC%9A
「「園遊会」の名称で行われる行事は、1953年から始まる」
それほど古くからあるわけではない。
「皇太子をはじめ各皇族も列席する催しであり、招待客に内閣総理大臣、国務大臣、衆議院議長・参議院議長及び副議長、主な国会議員、統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、最高裁判所長官、裁判官、その他に認証官など三権各機関の要人、都道府県の知事・都道府県議会の議長、市町村の首長・議会の議長、各界の著名人(芸能人、著者など)、功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含めた約2,000名が招かれる。」
内閣総理大臣はじめ、国務大臣は招待される側なんだから、これを国事行為というのは、いささか無理があるような気がする(儀式じゃあないでしょ?)。
(天皇の公的行為)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E5%85%AC%E7%9A%84%E8%A1%8C%E7%82%BA
「外国賓客との会見は、憲法に定める内閣の助言と承認により行う「国事行為」ではなく、宮内庁長官が助言役を務める天皇の意思を反映した「公的行為」であり、皇室外交の国際礼譲である。最終的な責任は内閣が負うとの解釈が確立されている。外国訪問のうち、海外旅行については内閣の助言と承認に拘束されることなく、理論上、終局的には天皇の意思によって決定することになるとされる。」
なんだか、随分お堅い感じがするな。
「ガーデン・パーティは、19世紀後半にイギリスで行われるようになった。庭園の美しい時期(イギリスでは晩春・初夏)に、自宅や別荘の庭園、あるいは著名な庭園に多数の客を招き、軽食や音楽などでもてなす。」
英国王室との親交が深い天皇家は、この習慣を取り入れたのだろう。
皇室と市民が親しく交わる場を持つという意味では、浮沈子などは好ましい行事であると考えている(普通の人だし・・・)。
公的か私的かはともかく、そういう場で「直訴」するというのは、いかに傍若無人の浮沈子でも、さすがに大人気ない行為のような気がする。
マナーのレベルだな(それ以上でも、それ以下でもない)。
当事者には、少し、ハズカシイ思いをしてもらった方がいいかもしれない(国会議員を辞めるかどうかより、その反省のほうが大切だと思うんだが)。
それと、国政に関する権能を有しない天皇に、「直訴」するという当事者の時代錯誤的な感覚も、思いっきりズレている。
左翼系の「識者」は、与党が行った行事に天皇を招き、天皇陛下バンザイを唱えたことを問題にしているが、その与党を選挙で選んだのは、われわれ国民であり、明らかな違法行為がなければ、象徴天皇であっても、時の政権に利用されるというのは自然な成り行きだと思われる。
むしろ、そんなことは一切しないというのなら、象徴天皇を蔑ろにすることになるのではないか。
書類にサインしたり、大使とかを接受(接待ではない)するだけなら、誰でもいいわけで、長い歴史のある我が国切っての名家の当主が行う意味はない。
過去の歴史はそれとして、21世紀の天皇の果たす役割を、もう少し前向きに考えていく必要があるのではないか。
このブログは、なるべく政治向きの話には触れないようにしているのだが、天皇の地位は、民主主義の我が国においては、タブーにしてはならないと考える(憲法にも、日本国民の総意によると、明記されているし)。
象徴ではなく、正真正銘の国家元首として担ぐつもりなら、せめて、選挙権くらい与えてあげないと、かわいそうなんじゃない?。
だれもが、まさか!?、と思い、ある人々は、やられた!、と感じ、さもなければ、けしからん!、と怒りつつも、なす術のない、とんでもないパフォーマンスをしでかした人がいる。
(日本で新人議員が天皇に手紙、政界で批判高まる)
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2013/11/02/2013110200427.html
もちろん、天皇陛下は、お渡しした手紙をお読みになってはいないと思うが、憲法の規定により、国政に関する権能を有しないばかりか、選挙権や被選挙権まで、公職選挙法の付則により、時の政権から剥奪されている(当分の間とある)、形式的には浮沈子よりも政治権力を有しない相手に対して、何の目的で手紙を渡したのか。
(日本国憲法)
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
「第一章 天皇
第一条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第二条 皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範 の定めるところにより、これを継承する。
第三条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。
第四条 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。
○2 天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。
第五条 皇室典範 の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。
第六条 天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する。
○2 天皇は、内閣の指名に基いて、最高裁判所の長たる裁判官を任命する。
第七条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
一 憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二 国会を召集すること。
三 衆議院を解散すること。
四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七 栄典を授与すること。
八 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九 外国の大使及び公使を接受すること。
十 儀式を行ふこと。
第八条 皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基かなければならない。」
野党も含めて、この日本国憲法第一章を改正しようという政治勢力はないので、今のところ、天皇家の安泰は保証されているようだ。
(天皇に選挙権はありますか? ないのなら、その理由はなんですか?)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q115696881
まあ、政治家に政治的パフォーマンスをするな、というのは、ハナから無理があるし、法的には何ら問題ないらしいし(今は、不敬罪とかありません)、当該行為を非難するということ自体が、政治的パフォーマンス以外の何物でもないということは、多くの国民が分かっている。
我が国には、天皇家に対する特別の思いを有する人々が多く、おかげで天皇家は、おおっぴらに国民の税金を使って生活をしているのである(不敬罪だな・・・)。
世襲の身分とあるので、皇太子とか、天皇なんかになりたくないと思っていたとしても(そんなことはないと思うが)、イヤだ!とかいって、パン屋の職人になることは出来ないようだ(パン屋も世襲なのかあ?)。
まあいい。
考えてみれば、不自由な身の上であるな。
自動車に乗りたくても、概ね皇居の中とかでしか走れないし、高速を法定速度の倍以上でぶっ飛ばすことなど、夢のまた夢であろう(法定速度は守りましょう!)。
我が国のマスコミは、なぜ、大きく取り上げ、政治家は、なぜ、これほど反応しているのか。
そもそも、園遊会は、国事行為ではない。
天皇家のプライベートな催しだろう。
(園遊会)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%92%E9%81%8A%E4%BC%9A
「「園遊会」の名称で行われる行事は、1953年から始まる」
それほど古くからあるわけではない。
「皇太子をはじめ各皇族も列席する催しであり、招待客に内閣総理大臣、国務大臣、衆議院議長・参議院議長及び副議長、主な国会議員、統合幕僚長(旧統合幕僚会議議長)、最高裁判所長官、裁判官、その他に認証官など三権各機関の要人、都道府県の知事・都道府県議会の議長、市町村の首長・議会の議長、各界の著名人(芸能人、著者など)、功績者(勲章の受賞者:メダリストなど)と、その配偶者を含めた約2,000名が招かれる。」
内閣総理大臣はじめ、国務大臣は招待される側なんだから、これを国事行為というのは、いささか無理があるような気がする(儀式じゃあないでしょ?)。
(天皇の公的行為)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E3%81%AE%E5%85%AC%E7%9A%84%E8%A1%8C%E7%82%BA
「外国賓客との会見は、憲法に定める内閣の助言と承認により行う「国事行為」ではなく、宮内庁長官が助言役を務める天皇の意思を反映した「公的行為」であり、皇室外交の国際礼譲である。最終的な責任は内閣が負うとの解釈が確立されている。外国訪問のうち、海外旅行については内閣の助言と承認に拘束されることなく、理論上、終局的には天皇の意思によって決定することになるとされる。」
なんだか、随分お堅い感じがするな。
「ガーデン・パーティは、19世紀後半にイギリスで行われるようになった。庭園の美しい時期(イギリスでは晩春・初夏)に、自宅や別荘の庭園、あるいは著名な庭園に多数の客を招き、軽食や音楽などでもてなす。」
英国王室との親交が深い天皇家は、この習慣を取り入れたのだろう。
皇室と市民が親しく交わる場を持つという意味では、浮沈子などは好ましい行事であると考えている(普通の人だし・・・)。
公的か私的かはともかく、そういう場で「直訴」するというのは、いかに傍若無人の浮沈子でも、さすがに大人気ない行為のような気がする。
マナーのレベルだな(それ以上でも、それ以下でもない)。
当事者には、少し、ハズカシイ思いをしてもらった方がいいかもしれない(国会議員を辞めるかどうかより、その反省のほうが大切だと思うんだが)。
それと、国政に関する権能を有しない天皇に、「直訴」するという当事者の時代錯誤的な感覚も、思いっきりズレている。
左翼系の「識者」は、与党が行った行事に天皇を招き、天皇陛下バンザイを唱えたことを問題にしているが、その与党を選挙で選んだのは、われわれ国民であり、明らかな違法行為がなければ、象徴天皇であっても、時の政権に利用されるというのは自然な成り行きだと思われる。
むしろ、そんなことは一切しないというのなら、象徴天皇を蔑ろにすることになるのではないか。
書類にサインしたり、大使とかを接受(接待ではない)するだけなら、誰でもいいわけで、長い歴史のある我が国切っての名家の当主が行う意味はない。
過去の歴史はそれとして、21世紀の天皇の果たす役割を、もう少し前向きに考えていく必要があるのではないか。
このブログは、なるべく政治向きの話には触れないようにしているのだが、天皇の地位は、民主主義の我が国においては、タブーにしてはならないと考える(憲法にも、日本国民の総意によると、明記されているし)。
象徴ではなく、正真正銘の国家元首として担ぐつもりなら、せめて、選挙権くらい与えてあげないと、かわいそうなんじゃない?。
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